幕間 わたしは悪くない
わたしは貴族の血を引く母の娘で、当然、貴族であるべきだった。
それなのに世間はわたしを認めなかった。
だから認めさせてやりたかった。
可愛く笑っていればいい。
そう言われるがままに振る舞った。
褒めそやして欲しがっている男たちには、いつだって愛想良く振る舞った。
だからといって他の令嬢たちに対して、悪意を持って接したことはない。
でも気がつけば、嫌われていた。
男性にばかり媚びを売る、平民くずれって裏で言われていると知った時には頭に血が上るかと思った。
違う、違う、違う!
わたしはちゃんと貴族の血を引いている!
そして今は伯爵家の令嬢なのに!!
(媚びを売っているですって?)
彼らは気位ばかり高い貴女たちみたいな令嬢を相手にするのが疲れるっていうから、わたしはただ『大変ですね』って労っただけだわ。
すごいって褒めてあげれば済む話を、やって当然みたいに言う令嬢たちのなんと多いことか!
勿論、男性たちも『褒められて当然』という態度が透けているからその程度の連中だったと言えばその通り。
貴族なんて気取ったところで、結局人間だもの。
皮一枚剥いでしまえばみんな同じ、自分勝手なのよ。
だから私が自分勝手で、何が悪いの?
フォーレ様だってそう。お姉様の婚約者になったけど、わたしの方が可愛いって言ってくれたのに。
愛してるよ、誰よりも大事にするよって言ってくれたの。
それなのにお腹の赤ちゃんは自分の子じゃないだなんて……ひどいわ!
お姉様やグレッグの手前そう言うしかなかったんじゃないかって思ったけど、彼は本気だった。
『君とは一時の遊びだったんだよ。遊ぶのには十分可愛かったし、馬鹿だから金も貢いでくれたし……だけど君は平民同然じゃないか。君と一緒にいたら、僕まで貴族じゃなくなってしまうんだよ』
平民同然。
また身分を出して、わたしを馬鹿にしてくる。
「違うわ、わたしは伯爵令嬢なの。お姉様と同じ、伯爵令嬢なのよ」
何が違うの?
笑って、着飾って、おしゃべりしていたあの令嬢たちと、わたしは何が違うの?
見窄らしいお姉様が『本物』だというならば、綺麗に着飾ったわたしはどうして『偽物』なの?
おかしいじゃない!
わたしだってお義父様に認められた娘なのに!
今やわたしは縛り上げられて、お母様なんて暴れるものだから目隠しに猿ぐつわまでされている。
どこからどう見ても罪人の扱いに、わたしたちはそれほどのことをしたのだろうかと考えずにはいられない。
確かにお姉様に対しては、少しばかりひどいことをしたかもしれない。
だけどそれは貴族令嬢としてふんぞり返っていたお姉様が悪いのであって、そして主導したのはお母様であって、グレッグであって、わたしを選んだフォーレ様であって……。
わたしにそれを悪いことだと教えてくれなかった、周りが悪いのであって。
「……気分が、悪いわ」
「大人しくしていろ」
なんて使えない男なのかしら!
妊婦に優しくない騎士だなんて……毛布を寄越しただけで優しさなんて言わないのよ。
せめてわたしだけのために馬車を用意して、クッションくらい準備してよ。
お姉様がここにいれば、なにくれとなく気づいて準備してくれるのに。
(ああ、ああ、みんな役立たずだわ!)
でも知っているの。
本当は、わたしが一番の役立たずに成り下がったんだわ。
「ふふ……」
笑い出したわたしのことを、騎士が気持ち悪そうに見ていることには気がついていた。
だけどもう、気にならなかった。
なにもかもどうでもよくなってしまったから。
ああ、誰か早くこの茶番劇の幕を下ろして。
これはきっと悪い夢なんだから!




