40話
国軍の騎士さんたちがテオと私のいる部屋に来たのは、その後わりとすぐのことだった。
騎士さんたちに敬意を払われているテオを見て、それがただの『国賓だから』ってだけではない雰囲気をさすがに私も感じざるを得ない。
尋ねたら、多分、テオは包み隠さず話してくれるような気がする。
これまでも私が聞けば彼は必ずきちんと話してくれたから……いや、私の負担にならないよう適宜伏せられていたってことは感じていたけど、私も私で見ない振りをしていたから余計に何もわかっていないんだろう。
でも今聞いても、ただでさえ混乱している私の頭が処理できるとは思えず、ぼんやりとグレッグが引きずられていくのを見送ることしかできなかった。
「ちょっとやめなさい! 触らないでちょうだい! あたしは伯爵夫人なのよ!? あんたたちみたいな卑賤な野蛮人たちとは違うのよ!」
「フォーレ、フォーレ、わたしは貴方を許さないんだからアアアア!」
「違うんだ、ぼくは関係ない。違う、違う違うんだったら!」
引っ立てられていく元家族と、何の感慨もわかない元婚約者。
ただオルヘン伯爵家はこれで終わったな……とどこかぼんやり、彼らが馬車に押し込まれるのを見送ってそう思う。
騎士さんたちが私に気を使ってくれたのか、それともテオの指示なのかはわからないけど……彼らと私が接触しないで済むよう配慮してくれたのは、とてもありがたいことだった。
「それでは我々はこれで」
「ああ」
「我々が王城に帰着次第、手筈通りに人員が送られる予定です」
「わかった。王城にはこちらの用事が済んだら行くとユノス王に伝えてくれ」
指揮を執っていたらしい騎士さんが、テオにぺこりと頭を下げる。
騎士さんは去り際、私を値踏みするように見ていたけれど……テオに睨まれて慌てて去って行った。
「ふう、これでようやく落ち着いて話ができるね」
「テオ……」
私を前に、いつものように微笑むテオ。
でももうそれで良かったとは、思えない。
人がいなくなった、がらんとしたオルヘン伯爵家。
もうお茶を出してくれる人すらおらず、室内は大捕物のせいであちこち破損すらしている。
もうどこから手をつけていいのかわからない。
かつて私の両親が愛した花壇も、ラモーナの手によって変えられて元々見る影もなくなっていたけれど……今は無残に踏み荒らされていた。
「……当面は、ユノス国王が派遣してくれた文官が支援してくれるはずだよ。少なくとも、リウィアが成人するまではね。成人してからどうしたいか、それを君が決めてから判断することになるかな」
「私が成人するまで……陛下が。そう……」
テオの言葉は、喜ばしいことだ。
そう、喜ばしいことのはずなのだ。
私が望んでいた――貴族院に駆け込んで、国にグレッグたちによるオルヘン伯爵家乗っ取り計画を阻止してもらって、そして私が伯爵位に就くかどうかという未来。
それに限りなく近しい結果だと思う。
なのに、私の胸にはぽっかりと、大きな穴が空いているようだった。
それはまるで、屋敷の壁に空いた穴のよう。
「……この穴、なあに」
「ああ……ええと、それは僕が……」
「テオが!?」
「うん。ちょっとこう、抑えきれなくて」
「抑えきれなくて!?」
何をどう抑えきれなかったら壁に大穴が開くというのだろうか。
呆然としている中、私はふと気がついた。
テオの黒髪の中に何かが突き出している。
そして、彼の目は変わらず綺麗な金色だけど……なんだか、少し普段と違うような気がする?
私の視線を受けて、テオは視線をあちこちに彷徨わせてから大きなため息をついた。
「もうちょっと落ち着いてから話そうと思ったけど……どうする? 聞きたいことはちゃんと答えるよ」
「……」
空っぽの家。
何が起きたか、何もわからないままの私。
知りたくないような、だけど知らなくてはならないのだろう。
だってもう、この家には私しかいないのだ。
「じゃあ、教えてテオ」
「うん」
「……貴方は、何者なの……?」
でもまずは知りたい。
貴方のことを。
「僕は……いいや、俺は、俺の名前は正式にはテオバルド。テオバルド・イル・ユェール・メギドラ。初代国王と同じ竜族としての力を受け継いだ、今代のメギドラの王だ。――そして、君の幼馴染みでもある」
私の中で、いろいろなことに納得がいった。
どうしてあんなにも無茶な――使節団に身元もよくわからない、家出娘を簡単に雇うことができたのか、とか。
テオの名前を呼ぶ時に、使節団のみんなが戸惑うところがあったのか、とか。
なんでテオばっかり王城に足を運んでいたのか、とか。
全てが、繋がった気がした。




