39話
「テ、テオ……!?」
「くそっ、いつの間に……足止めしろと言っていたのに使えねえやつらめ……!」
悪態を吐きながら、グレッグが懐からナイフを取り出してそのままテオに突進する。
それに気づいて私はグレッグを止めようと手を伸ばしたけど、宙を掴むだけだった。
「この期に及んで無様極まりないな」
「ぐぁっ……」
冷たい声。
軽くテオが手を振った、それだけでグレッグが見えない力に押し潰されたように床に突っ伏した。
グレッグが何かを言おうとしても、不思議なことに声も聞こえない。
それどころか顔を上げたはずのグレッグが、また押さえつけられるように伏せたではないか。
テオも私もその場から一歩も動いていないし、当然、指一本グレッグに触れていないというのに!
「リウィア」
「……テ、テオ。どうして、ここに?」
「君を迎えに。怖かったろう? 遅くなってごめん」
それまでの冷たい表情が嘘のように、テオがしょぼくれた様子で私に歩み寄る。
さりげなくグレッグを踏みつけていたところに思わず笑いそうになってしまった。
だってあれ、絶対にわざとだもの!
「いったい、何が起こっているの……?」
「端的に言うならば、彼や彼の手下どもはユノス、メギドラの両国にとって許しがたい犯罪行為に手を染めた一味と関わり合いがあるんだ。たまたまそれがオルヘン伯爵家を根城にしていたから国軍が動いた。そして僕はリウィアを助けたかったから同行した」
「犯罪行為……一味……」
突然のことに、理解が追いつかない。
ただなんとなくわかる気はした。
だってグレッグのやっていたことは、これまでだって犯罪行為だ。
私を脅したことも、軟禁したことも、暴力を振るったことも、業務を代行させていたことも……どれもこれも、身勝手極まりない、愚劣な行いで、そしてこの国では許されない行為ばかり。
改めてそれらが『犯罪だ』と言われても、何も不思議ではなかった。
けれど、テオの言っているのはきっとそれだけの話では済まない何かなのだろう。
ぞっとする。下手をしたら私はとんでもないことに巻き込まれていたかもしれないのでは?
そして次いで私はハッとしてテオを見上げた。
「ラモーナとカトリンは!?」
「? 誰?」
「あ……ええと、私の義母と義妹なんだけど、血の繋がりはなくて……義母のラモーナはグレッグと愛人関係にあって、それで……ええと? それから、婚約者って勝手に連れてきていたフォーレ様とカトリンは恋仲で……ああ! カトリンは今妊娠しているって話で……!」
説明すればするほど自分でも訳がわからない状況だなと渋い顔になってしまった。
聞いているテオはきっと何が何やらまるでわからないに違いない。
彼は目を丸くしたままパチパチと何回か瞬きを繰り返し、そして『ふはっ』と笑った。
「それがその人たちかはわからないけど、さっきすごい勢いで文句を言っているオバさんと、すごいキレながら暴れる女の子と、それからその女の子に引っかかれている男が捕縛されていたけど……話を聞く限りリウィアが気にしている人たちっぽいんじゃないかな?」
「ああ……」
なんだろう、彼らが逃げ果せなかったのは喜ばしいことなんだろうに、この残念感ときたら!
私が知らないところで、何もかもが勝手に進行して、そして勝手に終わっていく。
そのことに私は遠い目をせざるを得なかった。




