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薄幸令嬢、自分で道を切り拓く!~諦めが悪くて何が悪い!~  作者: 玉響なつめ
第四幕 何もかもを取り戻す

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38話

 腹が立った。

 もう後先なんて考えられなかった。


 けど。


「……え……?」


 おかしなことに、グレッグが吹っ飛んだ(・・・・・)

 私の拳の威力なんてたかがしれている。

 みんな(・・・)がいくら護身術を教えてくれたからって、一朝一夕で形になるものではないし、あれはあくまで心構えとかそういうものであって……。


 それに当たった、って言っても私の感触的には掠ったみたいな……手も痛くないし。

 どういうこと!?


「リウィア、てめえ……!」


「えっ、えっ!」


 拳とグレッグを見比べていたら、グレッグが怒り出した。

 そりゃそうだ、殴られたんだから怒らないわけないよね!


 呆気に取られている場合じゃなかったと、今度は男の振り上げられた手から自分を庇うように腕を顔の前で交差する。


 衝撃、次いで痛み。

 そして殴られた衝撃で家具にぶつかるかも――そこまで想定してぎゅっと身をちぢこませたところで轟音が鳴り響いた。


「なんだ……!?」


「……!?」


 その音と振動にはグレッグも驚いて手を止めた。

 ハッとして逃げ出すべきかと思ったけど、私が行動に移すより先にグレッグが私に指を突きつけていた。


「いいか、ここにいろ。逃げだそうもんなら即座に王都にいる手下に連絡が行くようにしてあるからな、お前に逃げ場はないと思え。それでも逃げるってぇんならてめえを売り飛ばしてやるからな!」


「……っ」


 私に殴られたせいで鼻血を垂らしているせいもあって、随分と格好がつかない姿ではあるものの……それでも自分よりも体格のいい男性の、本気の怒号を浴びせられればやはり体が竦むのはどうしようもできないことだった。


 それでもなんとか睨み返すことはできたけど……これは私にとって、かなりな進歩だったように思う。


 私の態度が気に食わないにしろ、先程の轟音を確かめにグレッグは出て行く。

 使用人を本当に最低限にしているせいで、報せに来る人もいないだなんて……本末転倒もいいところじゃないだろうか?


 グレッグが部屋を出て行けば途端にしんとなる室内。

 私は座りっぱなしではあったものの、ずるりと態勢を崩した。


「こわかったあ……」


 言葉にしてみると一層恐怖が身にしみるようだった。

 ぶるりと震える体をさすって、私は窓辺に寄る。何か見えないだろうか。


 空は晴天、雲一つ無い青空はまるでテオと再会したあの日のようだ、なんて思った。

 しかし周囲に何か掟騒ぎになっている様子は見受けられなかったし轟音の理由はとんとわからない。


(わからないと言えば、グレッグを殴ったあれはなんだったんだろう?)


 拳を握って殴ると手を痛めるってヨアヒムさんからは聞いていたんだけど……全然痛くないどころか、私の手には何の痕跡もない。

 物を握っていれば勢いが増すなんて話もあるらしいけれど、たかがお守りの小さな鈴程度で変化があるようには思えないし……いったい何だったのかしら。


 グレッグが鼻血を出す程度には、強い衝撃を与えたってことは事実だけどどうにも私には現実味がなかった。


 そんなことを考えていると、俄に館の中が慌ただしくなったような気がする。

 ざわめきと、眼下では逃げ出す人の姿があるではないか。


「んん?」


 見れば、走って逃げようとしているのは我が家の使用人の制服を着た人たちではないか。

 いや、我が家から飛び出てきたならそうなのだろうけれど。


 その使用人たちを追うのは、王国軍の制服を着た騎士たちだ。


「どういうこと……!?」


 思わず窓に張り付くようにして見ても、目の前の光景に理解が追いつかないでいる。

 いったい全体何が起こっているのだろう。

 どうしてこんな長閑な田舎の領地に、王国軍の騎士がいて、そしてオルヘン伯爵家の使用人を捕らえていっているのか。


 呆然とする私の背後で、派手な音を立てて扉が開いた。


「リウィア! 来い!!」


「アッ……」


 それは血相を変えたグレッグだった。

 ポケットからは高そうなアクセサリーがはみ出ている。


「お前が、お前がいればまだ何とでもなる。いいか、おれは悪くない。悪いのはラモーナだ。わかったな!」


「何を……貴方が首謀者でしょう!」


「いいから話を合わせろって言ってんだよ、頭悪ィなあ! 騙されるしか能の無い小娘は大人しく従っとけ!!」


「きゃあ!」


 乱暴に手首を掴まれそうになった瞬間、グレッグと私の間に雷が落ちた。

 そう、雷が。

 この室内に。


 思わず呆然と焦げた床をグレッグと二人で見つめていると、扉の方から馴染みのある声が聞こえてきた。


「リウィアをこれ以上煩わせることは許さない」


 そこにいたのは、テオだった。

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