34話
呆然としている間に、私は客間に通された。
それにはちょっと驚かされたけど……どうやらグレッグは現在の状況を踏まえて私を懐柔する作戦にでも出るつもりなんだろうと気づく。
(ってことは、考えていた中で最悪のパターンは免れたのかな……)
フォーレ様に既成事実を作らせて、どうあっても私が彼と結婚せざるを得ない状況に持ち込まれるのが一番最悪だと私は考えていた。
たとえ成人後に私が何を訴えようとフォーレ様の子を身ごもってしまう可能性がある以上、子供のために醜聞を避けるだろうと踏んでのことだろう。
実際、そんなことになったら……以前の私は口を噤んでいたかもしれない。
ただ今はそれが正解だとは思わない。
たとえ私自身が醜聞に塗れても、子供ができたとしても、あんなやつらと一緒にいるよりはずっとましなはずだと思える。
どんな屈辱的な状況でも、堂々として信頼を勝ち取っていった彼らの傍にいたのだ。
私も彼らに恥ずかしくない人間でありたい。
一緒に暮らしたのはラモーナやカトリンたちよりずっと短いのに、私の心を守り、そして指標になってくれた人たち。
偉そうなところなんてなくて、どちらかというと世話が焼けて、だけどいつだって頼りになったあの人たちが私にたくさんのことを教えてくれた。
ありがとうと言ってくれて、私の仕事を認めてくれて。
そんな小さなことの積み重なりが、私のすり減ってしまっていた自尊心をどれほど救ってくれたことか。
彼らは〝メギドラ人〟という括りで低く見られていても、決して俯かなかった。
堂々として、人々の嘲笑や侮蔑の言葉、眼差しを前にも前を向いて笑ってみせた。
私にはそれが、とても、とても眩しかった。
彼らみたいに強くなりたくて、でも自分には無理だって初めから諦めていた。
でもそんな私の手を、彼らは……テオは、見下すことなく取ってくれた。
(落ち着いて状況を把握するのよ、リウィア!)
解かれた両手を握りしめて、開いて、自分の頬を軽く叩く。
パチンといい音がして、少しの痛みに緊張していた気持ちが少しだけしゃっきりとした。
(……部屋に鍵をかけると言っていたけど見張りがいるとは言っていなかった)
グレッグは今、この家の主人だ。
悔しいけれどそれが現実で、誰も逆らえない状態になっている。
でも爵位を継承するためには、私という直系が必要になる。
私の代役を立てることも考えただろうけど、もしもそれが露見した場合、死罪では済まないことを考えればそこまではしない、と思う。
グレッグは非常に狡猾で、けちで、小心者だ。
危ない橋を渡るより、ある程度逃げ道を用意して自分は早々に逃げ出すのがあの男の手段なのだから。
だからオルヘン家の財産に手をつけてもそれは横領程度で、きちんと領地の運営は私にさせていたし、社交もラモーナたちにさせていた。
何かあってもお金をくすねて、責任は私たちに押しつけて逃げられるように。
そういう小狡い男なのだ。
ラモーナたちもそれはわかっているからこそ、今グレッグに逃げられては自分たちも危ういと知って大人しく彼に従っているはず。
なら当面は彼女たちが私を虐げてくることもない、かもしれない。
楽観視はできないけれど、期待はできるんじゃないだろうか?
(……グレッグを前にしたら、やっぱり怖くて動けなかった)
つまり、体に染みついた恐怖はそう簡単には拭い去れないってことだ。
それはきっとラモーナとカトリンを前にした時もそうなる予想ができるってこと。
ということは、私がすべきはグレッグたちと顔を合わせない、殴られないようにして恐怖をより強めない、フォーレ様との既成事実が完成してしまう状況を作らない……ってところだろうか。
あと一ヶ月未満で私の成人、跡取りとしてのお披露目。
その間に懐柔したいであろうグレッグの機嫌を損ねれば、きっと安易にフォーレ様……いいえ、フォーレ様以外の婚約者を連れてくる可能性だってある。
(きっとそれはフォーレ様と同じようにろくでなしに違いないんだから、これ以上ややこしくならないように……)
現状を維持する方法は今のところこのくらいしか思いつかない。
もっと何かないか?
私にできることはないか?
やつらをぶん殴って颯爽と逃げ出せたらそれが一番なんだけど……さすがにそれは無理だし。
(ぶん殴る……そうだ、武器になりそうなものないかな!?)
これまで私が従順だったこともあってあの人たちは油断しているはずだ。
とはいえ、逃げ出したという実績がある以上警戒はされているだろうけど。
それでも何も準備しないよりは絶対にいいはずだと私は客間の中をくまなく調べることにしたのだった。




