33話
「そ、そんなことより! 僕は手柄を立てたんですよ!!」
「そんなことですって!?」
「ああ? 手柄ア?」
その会話に思わずびくりと身が竦む。
覚悟は決まっていたはずなのにと思うと、また悔しさに手をギュッと握るしかできない。
思わず俯いてしまったところで、光が遮られる。
「ほォ……」
恐る恐る顔を上げた先には、グレッグが見たこともないほど気味の悪い笑みを浮かべている姿があった。
悲鳴すら上げられず、私はただ息を呑む。
グレッグは私を見つめたまま、ぐっと馬車に乗り込んで顎を片手で掴んだ。
容赦のない力加減に思わず声が出そうになったけど、グレッグはまるで検品をするかのように私のことをあちこち見て、ホッと息を吐き出した。
「……いいだろう。てめエの今回のミスは我らがリウィアお嬢様を連れ戻したことで不問にしてやらぁ」
「ありがとう、グレッグ殿!!」
「けど、次にまた馬鹿な真似をしやがったら鉱山に売り飛ばすから覚悟しとけェ」
「あ、ああ、肝に銘じるよ……」
ぐいっと両腕を縛る布ごと掴まれて、乱暴に馬車から降ろされる。
地面に膝をついたその痛みに顔をしかめてしまったけれど、私を見たラモーナたちの表情の方が恐ろしくて痛みなどすぐどこかに行ってしまった。
「リウィア、あんた……!」
カトリンの傍らに立っていたラモーナが、足早に私に近づいて手を振り上げる。
ああ殴られる、そう思ってギュッと目を瞑って衝撃に耐える準備をした瞬間、パァンと乾いた音が派手に響いた。
「……?」
痛くない。殴られた音はしたはずなのに?
恐る恐る顔を上げると、そこには私を守るように立ちはだかったグレッグと頬を押さえるラモーナの姿があった。
(……どういうこと……?)
わけがわからなくて呆然としていると、同じように呆然とした表情を浮かべたラモーナが何かを言う前にグレッグが口を開く。
「いい加減にしろ! これ以上おれの商品に傷をつけさせん!」
「な……なんですって!? 誰のおかげでアンタみたいなゴロツキ風情が貴族家に入り込めたと思ってンのよ! このあたしがいたからじゃあないの!!」
「ああ、ああ、そうだなあ。けどよ、その貴族家を紹介してやったのはおれだってことを忘れてねえか? どんだけ頭が弱くても切り札が育ちきる数年くらい我慢もできるかと思えばてんで使えなかった上に商品を二つもだめにするところだったんだ。今後は好き勝手にできると思うなよ」
吐き捨てるようなグレッグの言葉に、誰も理解が追いつかない。
いいや、理解はできている。
グレッグにとっては誰も彼もが駒であり、そして商品なんだという現実に反吐が出そうだ。
私はオルヘン伯爵家という財産を得るための〝鍵〟であり、私が継ぐ爵位とその次代を使って商売をするための〝商品〟だ。
それを足がかりにして他の貴族たちとの繋がりを得たいのかもしれない。
カトリンは、その見目の良さから婚家からの支援金か何かを得るための〝商品〟だったのだろう。
フォーレ様に恋をして、身ごもってしまったから価値が下がったと言うのはそういうこと、よね?
そしてラモーナ。
彼女とは愛人関係で、少なからず情があると思っていたけれど……それも違うのか。
(どうして……なんでこんな、酷いことができるの)
私には理解できない。
いいえ、理解できなくていい話ばかりだった。
誰もが不満と疑念を隠せないまま、グレッグだけが機嫌良く腕を大きく広げた。
「ハッハア! おれはまだツキに見放されちゃいなかった。こいつさえいればなんとかなる! ラモーナ、いい子にしてろよ。今度こそお前の娘を見張ってろ。フォーレもだ。好き勝手すんじゃねえ」
「……」
「わ、わかったわよ……」
カトリンは呆然としていた。
そしてゆるゆると私を見て、怒りを滲ませた眼差しを向けてくる。
どうしてあの子はあんなにも、私を憎むのだろうか。
わからない。
何もわかりたくない。
「リウィアお嬢様も大人しくさえしていりゃあ大事に大事にして差し上げますよ。ええ、ええ、おれが放っておいたのが悪かった。あんなのが家族と、それから婚約者だと思えば逃げたくもなるよなあ」
くつくつと笑うグレッグは本当に楽しそうに私を見下ろす。
逃げ出してやろう、そうついさっきまで思っていたはずなのに――私はただ、今起きた出来事があまりにも衝撃的過ぎて、ただただぼうっとそれを眺めていることしかできなかった。




