31話
ああ、着いた。
着いてしまった、懐かしの我が家!
いつかは戻ってあの人たちとも対峙する予定でいたけど、まさか計画よりも前倒しで連れ戻される日が来ようとは……。
ちょっとも想像していなかったとは言わない。
だけど、想定していた中でも割と悪いパターンで笑ってしまいそうだ。
私だって魔導扉を通ってからも脱出の機会を狙わなかったわけじゃない。
最終的にソワソワしすぎてフォーレ様に両手首を縛られてしまい、足と口もされたくなければ大人しくしていろと言われて大人しくするしかなくなってしまった。
ヨアヒムさんとレウドルフさんから護身術講座を受けたのに、相手に気取られるなって部分からまず躓いて自分の迂闊さを呪いたい。
だってこんなに早く実践の機会に恵まれるだなんて思わなかったんだもの!
むしろそんなもの、恵まれなくていい機会だけどね!!
(……それにしても我が家ってこんなに汚れていたっけ……?)
前はもう少し掃除や手入れをしていたから、古いながらもそれなりに綺麗な状態を保っていたはずなんだけど。
それにオルヘン伯爵家の客人として迎えられているフォーレ様がお使いから戻ってきたってのに、出迎えの人もいないだなんておかしい。
(違う、使用人が減ってる?)
私がいなくなった時、まだ領地の運営状況も伯爵家の財政も、そこまで悪くなかったはずだ。
ラモーナやカトリンは考えなしに散財したかもしれないけど……財布の紐を握っているのは最終的にグレッグなので、彼は自分が不利益を被ると感じ取った段階で彼女たちに余分なお金は渡していないはず。
(でもフォーレ様はカトリンのお財布からお金を抜いたって言ってたわよね?)
ってことはあの子にお小遣いが渡される程度には資金はあるってことだから……単純に、人件費をケチっていたのかもしれない。
ラモーナは貴族は贅沢をすべきだという考えを持っていた。
でもその贅沢がなんのためのものなのかは、まるで考えていなかった。
家を豪華に見せるのも、着飾るのも、美食を求めるのも、彼女の見栄でしかない。
だから社交も華やかな場所に行くだけで、本来の意味の社交は何もしていない……とグレッグが愚痴を零していたこともあったほどだ。
けれど、それがグレッグにとっては扱いやすさでもあったのだからなんとも皮肉なものよね。
(それを理解しているグレッグが、家を保つためのお金までケチっているってことは……見捨てる気なのかもしれない)
私が逃げ出したことで、オルヘン伯爵家を自由にできないと踏んで少しでも多くの財産を残し持ち逃げする積もりだったに違いない。
(……私が戻ったと知れば、また最低限の人は雇うんでしょうね)
そういうところだけは仕事が早いって私は知っているんだから!
私はぐっと自分の拳を強く握る。
まだ対峙する覚悟はなかった。
何も対抗手段を準備できていない状況で、戻るつもりもなかった。
せいぜいが、前よりも健康な体を手に入れたくらい?
ああ、でもそれだけじゃない。
「さあ、もういい加減覚悟を決めた?」
「……」
小馬鹿にするような笑いを含んだフォーレ様のその言葉に、いちいち反応なんてしていられない。
そう、覚悟を決めなければ。
(もう無様な姿を晒してなるものか)
フォーレ様を前にしただけで震えてしまった私の手足。
けれど、少しだけ心構えを作る時間が合ったから……ラモーナたちを前に、少しでも私は堂々と振る舞いたい。
「さあ、もうそろそろ馬車が止まるよ。せっかくだから馬車から降りる際には手を貸してあげようか、婚約者殿」
「結構よ」
普通の婚約者なら、いいえ、貴族なら、馬車から下りる女性に手を貸すのは当然のこと。
なのにわざわざそんな〝貸してあげる〟なんて言い方をされるこの屈辱。
彼らにとって私は路傍の石と変わらない、見下して当然の相手と思われているのだと改めて認識して、そのことに思わず安堵していた。
(ここで態度を改められたところで、私の気持ちは変わらないけどね)
それでも動揺はきっとしてしまっただろうし、どこかで期待する気持ちがまた出てこないとも限らない。
私はどこまでいっても甘ったれな小娘のまま成長してしまったと自覚をしているから。
箱入りで大事に育てられたのではなく、箱入りであまりにもものを知らないまま図体だけ育ってしまったのだと知っている。
立ち向かうにはあまりにも無力で、何も持たない私が勝てる方法なんて少ない。
でも、抗えないわけじゃない。
そうやって自分を奮い立たせる。
グレッグやラモーナから逃げられたとしても、きっとこれからも苦難は続くのだ。
今はこの苦境をいかに乗り越えるのか、賢い立ち回りってのはどうすべきなのか――それに意識を向けるのだった。




