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薄幸令嬢、自分で道を切り拓く!~諦めが悪くて何が悪い!~  作者: 玉響なつめ
第三幕 名前のついた気持ちと覚悟

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30話

 フォーレ様が言っていたとおり、馬車は形式的な問答だけで中に誰がいるのかを確認すらせず、門を通り抜けてしまった。

 

 一縷の望みすら叶わず、私は悔しさに唇を噛みしめる。

 魔導扉で馬車ごと抜ければ、後はもうオルヘン伯爵家まであっという間だろう。


(お手洗いに行きたいとか……無理よね)


 余り騒いで結局殴られたり気絶させられたら、余計に私が消耗してしまうだけ。

 それなら私がどこに向かっているのかを伝えられたらいいのに。


「そうそう。そうやって大人しくしていれば僕も決して君を悪く扱うことはないさ。妻として大事にしてあげるよ?」


 満足そうに笑うフォーレ様を見るのも嫌で、私はふいっと顔を背けるしかできない。

 今できることがこの程度の反抗だなんて悔しくてたまらないけど、それでもどこかで機会を見つけて逃げ出さなければ。


 そのためには耐えなければならないのだ。


(絶対、逃げ出してやるんだから……!)


 今戻れば、グレッグのことだ。

 私とフォーレ様に既成事実があるとかなんとか教会にでも告げて、この婚姻を絶対に成立させようとするに違いない。


 実際に閨を共にするかどうかじゃない。

 そう(・・)してしまえるようにする方法をあの男は知っている。


 賄賂であったり、恫喝であったり、まっとうな手段ではないことをあの男は当然のように指示する。

 オルヘン伯爵家を乗っ取ろうと思うのだ、教会に対して偽りの申告なんて息を吐くようにしてのけるだろう。


 フォーレ様はカトリンを気に入ってはいても、あの子のことを妻にしたいわけじゃない。

 だからきっと私を抱いて子を成すことに反対もしない。


 彼は責任から逃れたいけれど、貴族としての特権は手放したくないのだもの!


(本当に最低な人たちだ……!)


「それにしても急いで戻るからおつかい(・・・・)がまだ済んでないんだよねえ。ま、君を連れて帰るって大手柄を立てたんだからグレッグも怒ったりしないでしょ。カトリンは機嫌が悪くなるかもしれないけど……」


「……」


「ありゃ、だんまり? 少しは可愛く僕に『守って』っておねだりでもすればいいのにねえ。そういう可愛げのない態度だと萎えちゃうなあ~、僕らは夫婦になるんだよ?」


「……」


「まあ鞭は使わないようにくらいは言ってあげる。ボロボロの女の子を抱くなんてさすがにその気になれないかもしれないでしょ? あーあ、僕って優しいなあ!」


(どこがよ!)


 言っている内容に反吐が出そうだけど、言い返しても無駄な気がした。

 それよりも体力を温存しておかなければ。


 オルヘン伯爵家に戻れば、きっとラモーナとカトリンは私のことを鞭で打つに違いない。

 私がいなくて、領地運営も滞っていただろうからグレッグもきっと苛立っていることだろう。


(グレッグはお金儲けはできても、経営とか運営には向いていない……)


 まっとうな手段をあの男は面倒がる。

 楽な方法で、手っ取り早く全てを手に入れたい強欲な男。


 どうにかぎゃふんと言わせてやりたいけれど、今の私には思いつかない。

 

(せいぜい、本当にどうにもならない時は最悪噛みつくくらいかしら)


 その場面を思い浮かべたら、少しだけスカッとした。

 いいかもしれない。

 やられっぱなしなんて、癪だもの。


 彼らは私を殺したいと思っても殺せない。

 オルヘン伯爵家を手に入れるには、どうやったって私という人間と、そして私が産む子供が必要なのだから。


 尊厳をこれ以上踏みにじられる前にと思っていたけれど、それが難しいのであればそれはそれで次の機会を待つだけだ。

 ……本当は、そんなの、いやだけど。


(テオ)


 会いたい。

 今、ものすごく会いたいよ。


『リウィア』


(告白するって決めたのになあ)


 テオの優しい声で、もう一度名前を呼ばれたかった。

 もっと早くに覚悟を決められていたら、何か変わっていたのだろうか?


 結局私は後悔ばかり。

 私がため息を吐いた瞬間、ガクンと馬車が揺れる。


「わっ……おい! 気をつけろよ! 御者なんだからちゃんと馬たちを扱え!!」


「ちゃんとやってますぜ旦那ア! 馬共が癇癪起こすのはアンタらがいっつも無茶ばっか言うから……」


 頭を軽くぶつけたフォーレ様が御者に文句を言っていたけど、私はいい気味だとしか思わない。

 ただ、うるさいなと思って目を軽く閉じる。


『リウィア』


 遠くで、彼が私を呼ぶ声が聞こえた気がした。


 テオがいてくれたから。

 彼らとの生活があったから。


(まだ、諦めない)


 私はまだやれる。

 砕け散った自尊心は、この短い間でたくさん、彼らに拾い上げてもらった。


 私は、オルヘン伯爵家のリウィアとして。

 彼らに対して泣きべそをかいて諦める姿よりも――立ち向かって、再会できる日を待ちたいと、そう思ったのだった。

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