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薄幸令嬢、自分で道を切り拓く!~諦めが悪くて何が悪い!~  作者: 玉響なつめ
第三幕 名前のついた気持ちと覚悟

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29話

(もうイチかバチかで馬車から飛び降りる?)


 でも残念ながらやろうにも勇気が出ない。

 こんな時だってのに、私にはどうにも勇気が出なかった。


(せめて、外が見えたら……)


 カーテンをぴっちり閉められている馬車の中からでは外の様子は覗えない。

 もし私の行動一つで気分を損ねたフォード様に殴られでもしたらと思うと、カーテンをめくることすら怖かった。

 

 気持ちの上では逆らいたいのに、体はすっかり怯えきっているのが滑稽で、自分がとても嫌になる。


 それでもまだ、諦めたくなかった。

 

(いったい、私は今どこにいるんだろう?)


 王都にある魔導扉は城壁の向こうだ。

 私たちが生活している城壁の、反対方向の門から出てすぐだったことを覚えている。

 

(レウドルフさんはもう宿舎に戻ったよね)


 なら、今頃誰かが動いてくれているに違いない。

 今日はテオはお城に行ったはずだから、贈り物はレウドルフさんの手の中だろう。


 ポケットの中に入れてあるテオのお守りを返せば良かった。

 そのまま持っていてくれって言われるままにしていたけれど、彼にとって大事なものだっていうことだけは知っているのに。


(そうよ、検問所!)


 王都から出るのには、検問のようなところを通る。

 基本的には身分証明書を出して犯罪者が逃げ果せないように取り締まっているのだから、一度はこの馬車も止まるはずだと思い至って私はそこに希望を見出した。


 けど、そんな私の希望をフォーレ様は嘲笑う。


「検問所で確かに止まるよ。でも僕の側の窓から話をするだけだ。だって僕は貴族だし、君は婚約者だからね? グレッグがすでに話を通して(・・・・・)あるから、検問所の兵士には顔が利くんだ」


「それってまさか、賄賂……!?」


「ふふっ、正解(せいかぁい)。だから、助けを求めても無駄だよ」


 甘ったるい声と笑顔でそう答えるフォーレ様に、私は愕然とする。

 王都を守る兵士に、賄賂だなんて。

 そのお金だって、オルヘン伯爵家の民からの税だろうに。


 爪が手のひらに食い込んでいたかったけど、それでもその痛みの分だけ――今は負けてなるものか。

 なんとしてでもここから逃げ出して、グレッグの手が及んでいない兵士か、あるいはメギドラの使節団の誰でもいいから、合流して……そうすれば、まだ猶予がある。


 私が成人さえしてしまえば、この人たちの好き勝手になんかさせずに済む。

 

(せめて、それまではなんとか……!)


「妙な考えを持たないよう、もう一つ教えておこうか。この馬車はねえ、内側からは開かないよ」


「……!?」


「だって君を護送(・・)しているんだからね? 簡単に逃げられると思われちゃ困るんだ。君を乗せた段階で御者と護衛に対処はさせているに決まっているだろ?」


 そういえば、乗せられた時は状況を把握することに精一杯だったからうろ覚えだけど、外側で音がしたかもしれない。

 こんな馬車に乗ること自体何年ぶりかもわからないから、すっかり忘れていた。


(町の外に出る前に、呼び止められようが騒ぎになろうが飛び降りて逃げさえすれば――そう思っていたのに!)


 馬車は私の貧弱な体当たりで扉が開くような、そんな柔な作りではないことくらいわかっている。

 グレッグがフォーレ様を重用しているようには思わないけれど、あくまで彼は現段階ではビアント男爵家の令息なのだ。

 いろいろあって溺愛する父親からもとうとう勘当を言い渡されそうだったところを、私との婚約話が持ち上がって婿入りすることが決まったから首の皮一枚繋がっているだけだけど……。


(グレッグにとっては都合のいい駒に違いないもの。フォーレ様も、私も……オルヘン伯爵家すらも)


 使い道のある駒が従順であるなら、グレッグもそれなりの待遇をするのだろう。

 私に関しても、領地の運営が上手くいった時にはラモーナたちから庇ってくれることもあったくらいだ。


(一時期はそれでいい人なのかもって思ったこともあったっけ……)


 まあすぐに酔っ払って乱暴な口調で怒鳴ったり、意見する人を殴ったりするところを見て錯覚だって気づけたのは幸いだったと思う。


(……グレッグに従うふり(・・)をして、もっと上手く立ち回るべきだったのかな)


 後悔しても今更だし、当時は何もかもが許せなくて……媚を売るような真似だけは、決してするもんかって意地になっていた。

 今思えば、もっと賢くやる方法はいくらでもあっただろうなって思う。


 商会の書類に、気づかれない程度に助けてほしいという文を入れていれば誰か気づいてくれたかもしれない。

 クビになって去って行く使用人たちに、少しばかり用立ててあげられていれば彼らがよそに伝えてくれたかもしれない。


 かもしれない、なんて思っている段階でもう遅いということはわかっている。

 いつだって、後から反省するから後悔なのだ。


(テオ)


 このまま連れ戻されたら、もう会えないのだろうか。

 きっとオルヘン伯爵家に戻れば、私は外に出られない。


 涙が零れそうになるのをグッと堪えるしか、今の私にはできそうになかった。

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