28話
フォーレ様は、私を引きずるようにして路地をあちこち歩き回り、そうして一台の……紋章も何もない、ずいぶんと質素な馬車に私を押し込めた。
「いやあ、カトリンの財布からちょっと拝借して王都に遊びに来たら大収穫だよね。君がいてくれなきゃあ僕は困っちゃうからさ」
「……」
「カトリンとは遊びだよ。あの子はわかっちゃいないが、僕は生粋の貴族だからね……爵位の継承がどんなものかくらい理解している」
小馬鹿にしたような笑いは、きっとここにいないカトリンに向けてだ。
なんてことだろう、この男はどこまでも責任を負うつもりはなく、ただただ楽をしたいだけなのだと改めて思い知らされた。
私の婚約者として連れて来られた日、つまらなそうに私の姿を見て鼻を鳴らした人。
次第にカトリンに身を寄せ、義姉の婚約者を奪うことに愉悦を覚えたカトリンを夢中にさせて、そんな光景を楽しんでいた人。
「カトリンは見た目も可愛いし、馬鹿な子だから恋人にするにはいいけどね。嫉妬深いのは面倒だけど、チョロいから適当に誤魔化せばなんとでもなるし。でもあの子、平民だからさ」
妻にはできないよね。
そう朗らかに笑うフォーレ様は、私から見れば気持ちの悪い人、それに尽きた。
(グレッグはフォーレ様のことを〝ろくでなし〟って言ったけど、私に言わせれば〝人でなし〟だわ!)
カトリンに同情するわけではないけれど、それでもこの言い様はなんとも身勝手で、聞いているだけでムカムカとするではないか。
(それよりも馬車に乗せられてしまった……)
匂いを辿るにしたって、こうした乗り物ではわからなくなってしまう。
さすがに王都だからフォーレ様も遠くには行けないだろうと高をくくったせいで余計に問題になってしまったかもしれないと私は内心動揺を隠せない。
そんな私を見てフォーレ様は笑みを深めた。
「あの野蛮人共が君を追ってきてくれると信じているの? 純粋だねえ」
「……」
「彼らはこの国で騒ぎを起こせない。そうだろう?」
「だからって貴方が彼らを侮辱していい理由にもならない。彼らはこの国の賓客なのだから」
「まあ表向きはそうだよねえ。けど、今でもメギドラ人に対して思うところがあるのはみんな同じさ。僕はただ家出した婚約者を連れ戻そうとした、そうだろ?」
「……」
そう、フォーレ様は間違っていない。
私が認めていないからって、私の保護者である義母のラモーナが認めてしまった以上、彼が私の婚約者であることは確固たる事実だ。
そして、私が家出したという事実も変わらない。
(あと少しだったのに)
成人まで、ほんの僅かだったのに。
ああ、油断した。油断していた。
安穏とした生活に、守られているという安心感に、油断しきっていた自分が情けなくてたまらない。
(それでも諦めちゃ駄目だ)
馬車から飛び降りる?
位置がわかるよう、持ち物を落とす?
……だめだ。現実的じゃない。
もっと冷静にならなくちゃ。
オルヘン伯爵領に戻るには、王都は遠すぎる。
いくらフォーレ様がカトリンのお財布からちょっと拝借したからって、そう簡単に行き来できる距離でも金額でもない。
おそらくフォーレ様は、ご実家が運営する商会にでも寝泊まりしているんじゃないだろうか? それならお金がかからないものね。
なら、この馬車の目的地は、その商会なのかもしれない。
それならまだ王都内だ、イェルクさんが私を見つけてくれる可能性だってある。
でもこのだらしない人のことだ、カトリンと恋人関係にあるからって束縛されたくないっていうあの発言から考えるに、他に女性の影があったって何ら不思議じゃない。
とはいえ、いずれにせよそう遠くまでは行かないはず……。
ラモーナもカトリンも、勿論フォーレ様も自分たちにとって都合の良いことしか考えない人たちだ。
「うちの父親や兄たちに助けを求めようとしたって無駄だよ。僕の実家の商会には行かない」
「……!」
「なんでわかったって顔だねえ。あは、素直で馬鹿な子だ」
フォーレ様はニヤニヤ笑う。
それが酷く、癇にさわるが私には言い返せない。
「僕はね、グレッグのおつかいで王都に来てるんだ。僕らの結婚式を早めるためにね」
「!?」
「最悪、君がいなくても書類上結婚さえしてしまえばいいんだ。カトリンは顔が割れているけど、君はずーっと閉じ込められていたからね? まあバレたらヤバイから、僕としても代役を立てるなんて危険な橋を渡ることなく済みそうでよかったよ」
賭場で大負けして逃げた先で私に会ったことを幸運だと笑うこの人の神経がわからない。
おつかいついでで恋人の財布から抜いたお金を使って賭け事をして、そこから逃げ出さなきゃいけないようなことをしているようなこの人が、私の婚約者だなんて!
「本当にここまで逃げてきたってのに、残念だったなあ。おつかいのおかげで帰りは魔導扉を使うだけの金はもらってたんだよね。このままオルヘン伯爵家に直行さ」
「なんですって……!?」
ああ、神様。
これは私がグズグズしていた罰でしょうか?
それにしたってあんまりよ!




