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薄幸令嬢、自分で道を切り拓く!~諦めが悪くて何が悪い!~  作者: 玉響なつめ
第三幕 名前のついた気持ちと覚悟

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27話

 私の仮初めの(・・・・)婚約者、フォーレ様。

 ビアント男爵家の三男、生粋の貴族令息。


 整った容姿を持つ彼は、グレッグいわく〝ろくでなし〟だ。

 三男という立場だからか責任を負う必要もなく、貴族としての特権を享受し、運営する商会の経営が上向きであることから裕福な資産を好き勝手に使う――そんな放蕩息子。


 それなのに何故放逐されないのかというと、彼の母親が産後間もなく儚くなったことが理由だとグレッグは酔っ払った時に笑って教えてくれた。


『愚かなジジイは愛妻の面影を強く残す末っ子にとにかく甘くてな。その結果、酒と賭博に塗れて借金苦、説教を面倒がって女を渡り歩くろくでなしの完成ってな。はっはー、笑える話だろう!』


 全ッ然笑える話なんかじゃない。

 ろくでなし(・・・・・)で借金のカタに私と婚約を結ばせて、ラモーナと一緒になってオルヘン伯爵家をいいようにしようって目論んでいると知って私がどれだけ絶望したことか!


 ただ幸い、オルヘン家にいた頃の私はひどくみすぼらしかったから、フォーレ様の興味を引くことはなかったけど……。


 目の前のフォーレ様は私をてっぺんから爪先まで眺めて、ニヤニヤと笑った。


「ずいぶんと変わったから別人かと思ったよ。……へえ、小綺麗にすればそれなりに見えるじゃあないか。今の君なら僕も抱いてあげられる気がするよ。まあ、夫として最低限の義務は果たしてあげようっていう優しさだから勘違いはしないでほしいけど」


「……っ」


 気持ち悪い。

 そんな優しさは願い下げだ。


 そう叫びたいのに声も出ないし、足も竦んで動けない。


(どうして!)


 あの人(・・・)たちに殴られたり、水をかけられたり、鞭を振るわれたり……。

 そんな光景が目に浮かんでは、消える。

 私の体は、あの恐怖をしっかりと覚えて忘れられずにいる。


 そして目の前のこの男は、私を救うでもなく彼らを止めるでもなく、まるで興味ない退屈な催し物を見るかのような目でただぼうっとそこに立っていたことも。

 全部、全部覚えている。


 息が苦しい。

 なんてことないはずなのに。

 もうここはオルヘン伯爵家じゃないし、自分の力と意思であの家から逃げ出したのに。


 嫌なことは嫌だって言ってやるつもりでいたのに。

 できると、思っていたのに……!


「リウィア!」


「……レウドルフさん!」


 背後から聞こえてきた声に、竦んでいた体から少しだけ力が抜けた。

 途端にどっと出てくる嫌な汗。


 ああ、恐怖はこんなにも根強い。

 でもレウドルフさんのおかげで正気を取り戻すことができた。


 ふらつく足で、広場の方へ。

 急げ、急げ。


 もつれる足は、まるで自分のものじゃないみたい。


「おっと」


「リウィア……! 貴様、リウィアから手を離せ!」


「おお、怖い。これだから野蛮の国の民は」


 よたつく私を、フォーレ様があっさりと捕まえる。

 レウドルフさんが私に手を伸ばしたけど、届かない。


 ああ、護衛である彼の手の届かない、彼が入って来れないような路地にある店を選んだ私のせいだ。

 建物にぶつかる、立派な角。

 遠くで、子供たちが大慌てで大人を呼びに行く声が聞こえた。


 私に手を伸ばして怖い顔で私の名前を呼ぶレウドルフさんに、路地の住人たちも顔を出す。

 巻き込まれたくないと言わんばかりに窓を閉める人たちもいた。


 私がいた雑貨屋さんも、カウンターの奥で縮こまっているのが視界の端に見える。


(だめだ、このままじゃ)


 ようやくこの近辺で、メギドラ人の評価が変わりつつあったのに。

 私を助けようと無理にでも路地に入ってこようとするレウドルフさんは、自分が怪我しそうなことも、周囲にどう思われるかなんてことも考えずに手を伸ばしてくれている。


(だめだ!)


 私のせいで。

 私が幸せに浸って、考えなしに行動したせいで。


 でもまだこれで終わりじゃない。

 ここでの選択が、今後を決める。


「野蛮の民に守られているだなんてね。君は貞淑さだけが取り柄だと思ったんだけど……ああいや、真面目なところも取り柄、かな? 面白みには欠けるけど!」


 ククッと喉で笑うフォーレ様。

 ああ、綺麗な顔をしているのに性格の悪さがにじみ出た、嫌らしい笑みの気味が悪いこと悪いこと。


「ここで騒いでも誰も得をしないよ。僕とあの野蛮人じゃあ、どっちの味方をみんながしてくれるかは想像に難くない」


「……」


「リウィア、君が大人しくついてくればそれで済む話だ。彼に迷惑をかけたくないんだろう?」


 私が騒げば、どっちが悪いかなんてことはすぐにわかるだろう。

 けれど私を救おうとするレウドルフさんの姿を見て周りの人が向ける目が、恐怖を滲ませていることを考えれば――今は、言う通りにすべきだと思った。


 私は少しだけ目を瞑って、覚悟を決める。


「レウドルフさん、これを届けて……テオに、届けて」


 持っていた食料品のカゴの上に、そっと贈り物の箱を置く。

 レウドルフさんが伸ばしてくれていた手が、ゆっくりと下がる。


(私を、探して)


 そして私は口の動きだけで彼に伝える。

 きっとレウドルフさんは正しく読み取ってくれたはずだ。


 イェルクさんがいてくれたら、きっと私の匂いを辿って来られるはずだ。


(私は、まだ)


 諦めるには、まだ早い。

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