26話
テオの目を連想させる、綺麗な金色のリボンを黒地の箱に結んでもらった。
カフスボタンを選んだことで店員さんがすっごくニコニコ顔で『想いが伝わるといいですね!』なんて言ってくるから、私は照れて美味く言葉が返せなかったけど……。
(本当にそう、私の気持ちが……伝わったらいいな)
さあ、贈り物は準備できた。
言葉は……これから考えよう。
何も考えずにテオを前に、勢いだけで……っていうのもありだと思うけどそれだと私のことだから言葉に詰まってしまいそうだ。
私にも乙女心ってものがあるので、こういうことはそれなりに準備したいというものである。
「ありがとうございました~」
店員さんの明るい声を背に受けながら、店を後にする。
手に持った贈り物を本当は鞄にしまうべきだとわかっているのに、何故だかまだ眺めていたい気分。
ふわふわして、わくわくするような。
それでいて不安で。
贈る相手が喜んでくれるだろうかどうかって考えるだけで幸せになる、この気持ち。
(こんな気持ち、忘れてたな……)
誰かに贈り物をすることも、贈られることも、もう何年もなかったから。
実母が病気で亡くなって、父は哀しみの中で領地を守りながら私を育ててくれた。
その時はお祝いされていたし、ラモーナとカトリンが家族として迎え入れられた時もお祝いはされた。
でもあの二人のお祝いの気持ちは、きっと偽りだった。
いいや、もしかしたら父が亡くなるまでは本物だったのかもしれないけれど。
(……ううん、カトリンは違う)
私を見下す時に垣間見える、あの憎悪の目。
なんであんな目を向けられなくちゃならないのかわからないけれど、それでもあの子は私を本心ではずっと嫌っていたに違いない。
仲良しだと思っていたのは私だけで、私からの好意はきっと彼女にとっては虫唾が走る代物だったのだろうと思うと悲しい気持ちになる。
せめて思い出だけは綺麗であってほしかったなと願わずにはいられないけど、これが現実だ。
爵位を巡って争うことにも至らない、けれどお家乗っ取りと言われればその通り。
どちらにせよ醜い争いには違いないことを、もう少ししたらやらなくちゃならないんだって思うと……正直、気が重い。
(だからその前に)
この贈り物を、テオに届けよう。
私の気持ちと一緒に。
そうしたらきっと、どんな答えをもらっても――私は思い出を胸に、戦える気がする。
逃げ出したはいいけれど、立ち向かうって決めているけれど、それでも私はラモーナたちを前に震えてしまいそうだと感じている。
そんな自分が情けなくてたまらないけど、でもこればっかりはどうしようもない事実だ。
(でもテオとの思い出があれば)
彼からもらったお守りと、そして彼へ抱いた恋心。
それが私をきっと強くしてくれるって信じたい。
(さ、レウドルフさんもそろそろ子供たちにもみくちゃにされて疲れているだろうし……思いのほか長居しちゃったから急いで帰ったら晩ご飯の支度をしないと……)
クルトさんに、野菜スープを頼まれている。
レネさんがきっと皿洗いを手伝ってくれるだろう。
それで他のみんなに繕い物の確認をして、洗濯を出し忘れないでって言って、イェルクさんが生真面目に返事して、ヨアヒムさんが大あくびして……。
なんて愛しい日常なのか。
きっと彼らと過ごした全てが、私の勇気に繋がるだろう。
それを思うと足取りも軽くなる。
「リウィア?」
「……え?」
軽くなる、はずだった。
その声を聞くまでは。
表の公園に向かって進む私の背後、路地の奥から聞こえた男性の声。
名前を呼ばれて思わず振り返ってしまったことに、後悔する。
「……フォーレ、さ、ま……?」
「ああ! やっぱりリウィアだ! ようやく見つけたよ、僕の婚約者殿……!」
美しい顔を下卑た笑いに歪ませた、義母たちが連れてきた私の仮初めの婚約者、フォーレ様がそこにいるなんて私はこれっぽっちも予想していなかったから。
突然の出来事に、頭が真っ白になったのだった。




