21話
テオが、甘い。
いや前から私には甘かったんだけど……まだ以前は幼馴染みの範疇っていうか、手助けっていうか……手のかかる子を見守るっていうか。
でもこの間の会話から、彼の態度はそこに別の甘さが混じるようになった、と、思う。
いいや、実際には前からにじみ出てはいたと思う。
そしてそれを私は知っていて、知らんぷりを決め込んでいただけで……そしてそれを理解してテオが踏み込まないでいてくれたってだけで。
でもその一線を、私が踏み出してしまった。
慌てて引っ込めてももう遅い。
テオはそれを許さず、ぐいぐい来るようになってしまったのだ。
具体的には……朝はおはようのハグは毎回のことで、そこに加えてほっぺにキスをしてきたり、手を繋ぐ時は指を絡めてきたり、とかが増えた。
夜は夜でおやすみのハグとキス。
それってまるで恋人たちがするようなスキンシップ、よね?
メギドラの人の挨拶ってわけじゃないことは、他のみんなが呆れた目をテオに向けていることからわかる。
でも、何より一番問題なのは私だ。
(いやじゃないから、困るのよ)
いったいテオはどんなつもりであんなことをしてくるんだろう。
彼はいつか、メギドラ王国に帰る人なのに。
そして私は、このユノス王国で伯爵にならなきゃいけないのに。
(違う、テオは知らないから……)
私が今も何も話せていない。
彼は貴族名鑑で私の名前を探し出し、あの土地までやってきたと言っていた。
だからテオは、私が〝リウィア・オルヘン〟だと知っているということになる。
つまり……オルヘン家の長子であるということも、知っているはずだ。
(貴族の令嬢相手なら、婿入りできるって思った?)
それとも訳ありなら恋に落ちさえすれば身分を簡単に捨てる女だと思った、とか……いや、それはないか。
それならもっと前から、今みたいに甘く優しく接して、何も考えられなくなるほど恋に溺れさせることもできたと思うんだよね。
勿論、テオはいつだって優しい。
私には格別甘かったと思う。
でもそこに、男女のそれは滲ませてこなかった。
きっとそれは、テオが私に気を使ってくれていた証だ。
テオは私に対して、いつだって真っ直ぐだった。
私が事情を話さないように、彼だって全てを話してなんてくれていない。
聞いたら、答えてくれるのかもしれないけど。
それはともかく、私はそこを理解した上で彼の愛情を〝真摯なもの〟だと感じていた。
他に比べられる人がいないからわかんないけど!
でも他の使節団の人たちの親切なのとは何か違うってことは確かなんだよね。
(……私は、どうしたいのかな)
伯爵家を継ぐものとしての矜持は、今も持っている。
今は亡き両親が残した名前をあの人たちにいいようにされたままにしたくないという思い。
(当然、伯爵になるべきよ。……そのために、逃げてきたんだから)
でも伯爵になったら、テオとはどうなるんだろう?
彼がもしも婿になってもいいって言ってくれたら、それは嬉しい、と思う。
(嬉しい!?)
ハッとして何を考えているんだと私は自分の頬をぺちんと叩いた。
思ったよりも強く叩いたせいで痛かったけど、おかげで少し冷静になった。
「……リ、リウィアちゃん? 何してんの~……?」
「あっ、なんでもないですよクルトさん!」
「そう~? 何かあったら遠慮なく言ってね~? テオがぐいぐい来すぎて困っちゃうとかそういうのもできる限り対処はするから~。ほとんどできないけど~」
「できないんですか」
「えへへえ」
できないってそんなきっぱり言われるとなんとも言えない気持ちになる。
そして、テオの押しの強い愛情を嫌じゃないと思ってしまう自分も、彼がお婿さんになってくれたら嬉しいと思った気持ちも。
(私が伯爵だからってあっさり私のことを諦められたら、きっと悲しいと思う)
今はまだ、この感情に名前をつけてはいけない。
私がすべきは伯爵家の窮状を救う事であり、その後のことはそれから考えるべきだとわかっている。
私個人のことよりも、何よりも大事なことなのだ。
(でも)
何も言わないまま、こうやって悩んでいていいのだろうか?
私は自分に問いかける。
(私は、テオを信じている?)
信じている。
出会ったのはつい最近だけど、この数ヶ月、彼は私に対して誠実だった。
たとえそれが偽りだったとしても、信じた自分の責任だと思えるほどに。
(でも私はオルヘン伯爵家を背負っている……)
私一人が騙された、笑われた、それなら別に構わない。
けれどオルヘン家の跡取り令嬢がそうでは困るのだ。
(ううん、違う)
私はあれやこれやと言い訳をして、この気持ちに名前をつけたくないだけだ。
オルヘン伯爵家を言い訳にしていいわけがない。
それは両親の顔に泥を塗るようなこと。
「……あのさ、何か考え込んでるみたいだけど大丈夫~?」
「あっ、ごめんなさい!」
「明日の買い出しのことで必要なリストだよ~。リウィアちゃんが必要だと思うのを足してくれていいからねえ~」
「はい、ありがとうございます」
「荷物持ちはレウドルフがついて行くけど、アイツ図体がデカくて路地とかは苦手だからあんまり離れないようにしてあげてよ~? いつも言ってるけど。アハハ、あの角早く生え替わるといいのにね!」
クルトさんは何でもないことのように言うけど、どうやらレウドルフさんのあの立派な角は生え替わりの時期になるとポロッと落ちるらしい。
そして自分の角を削ってお守りなどを作って、家族や大切な人に贈る習慣があるって教わった。
(……メギドラの人って、本当に不思議……)
テオは相変わらず何の獣人かわからない。
いつか、教えてくれる日が来るのかな。
聞いたら、教えてくれるのかな。
ふとそんなことを考えたらテオの笑顔が脳裏に浮かんで、私は顔を赤くするのだった。




