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薄幸令嬢、自分で道を切り拓く!~諦めが悪くて何が悪い!~  作者: 玉響なつめ
第二幕 新生活は雑用から

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23/55

オルヘン家の家令の焦燥

 グレッグは苛ついていた。

 口にくわえた上質の葉巻を容赦なく噛み潰すのは、彼が酷く苛ついている時の癖であった。


 その理由はリウィアが見つからないからだ。

 それに加えてラモーナの癇癪が日に日に酷くなり、耳障りで仕方がない。


(くそっ……頭の悪い女を使えば楽ができると思ったんだがなあ。伯爵があんなに早くぽっくり逝っちまったのが予定外過ぎたんだよな……)


 グレッグは元々、町のはぐれ者集団の一員だった。

 初めの頃は似たような連中とつるんでいたが、悪知恵の働くグレッグは仲間の勧めもあってとある集団の中で使いっ走りのようなところから始めて中堅どころまで行ったこともある。


 だがその集団も騎士団の摘発により離散、幾人かの部下もいたし、その集団から任されていた娼館や酒場を運営していたおかげである程度の金はあったので安泰だった。

 とはいえ、騎士団に目をつけられた以上、おそらく酒場も娼館も目をつけられているであろうことはわかっていた。


 そのため、グレッグは店を部下に譲ると一人金を持って逃げたのである。

 素顔はばれていなかったのか、小物とみられていたのかはわからないが、幸い追っ手がかかることはなかった。


 適当にバレない程度に盗みを働き、はぐれ者たちに声をかけ徒党を組み、ちょうどいい女がいれば遊び……およそ真っ当な生き方とは無縁な暮らしを送る、それがグレッグである。


 そんな彼が出会ったのがラモーナであった。

 羽振りが良く未亡人、無駄に自尊心が高く、それでいて頭が足りない(・・・・)

 見た目は少々齢を重ねているものの、グレッグは「使える」と思った。


 少し離れた土地の領主が妻を失い、まだ幼い娘を抱えているという話だ。

 この国では貴族同士の間に生まれた長子さえいれば後妻の身分は問われない。

 高位貴族は外交や社交の問題でそうはいかないが、下位貴族はむしろ再婚して子を儲けたとしても長子の権利を脅かさない平民の方が都合がいいと望まれることをグレッグは知っている。


(オルヘン伯爵家は中級だが、伯爵は娘を溺愛していたからな……)


 娘のために女親が必要だろうかとシガールームで友人に零しているのを、給仕についたグレッグの部下が耳にしていたのだ。

 グレッグはそれを利用した。


 裕福な商人の寡婦、教養(・・)慈愛(・・)に満ち、娘を愛している母親。

 そういう触れ込みで彼が金を貸している貴族経由でオルヘン伯爵に紹介させた。


 伯爵は為政者としてはグレッグの目から見てもまあまあだったが、恐ろしいほど善人であった。

 そのため伯爵家の財産をいいように使えた。

 古くから仕える使用人たちの目があったので、多少苦労はしたが……それでもラモーナとカトリンによくよく言い聞かせておいたおかげで、伯爵もその娘のリウィアも、二人の悪女のことを〝いいひと〟と認識して家族として信じ切っていたのだからグレッグとしてはおかしくて仕方なかった。

 あの二人は教養はないが、猫を被るのが上手かったからお人好しの伯爵を騙しやすかったのだとグレッグはほくそ笑んだものだ。


 だが伯爵が急死してからは予定外のことばかりだ。

 あの仕事に関しては有能だった伯爵が亡くなったことで、リウィアの価値が上がった。


(なのに、あの馬鹿女が猫を被るのを止めやがって)


 可愛くもない義理の娘なんぞ、優しくしてやるのはもう無理だ。

 そう素を出し始めたラモーナにグレッグはこれ以上演技をさせるのは無駄だと悟った。

 なら逆にそれを利用しよう、ずる賢い彼はそう切り替えたのだ。


 領地の運営をラモーナが代理で行うと言いつつリウィアにやらせ、失敗したら躾と称して体罰を加えることで逆らわないように育てる(・・・)

 その間に忠誠心の高い伯爵家の使用人たちを領主代理の権限で解雇し、グレッグは彼らがどこかに訴え出ないよう部下を使って脅しをかけた。


 そうしてグレッグの部下を使用人に入れることで〝オルヘン伯爵家〟は実質、グレッグのアジトと化したのである。

 しかし伯爵が亡くなって、運営の経験も碌にないリウィアに実務をやらせるにも対外的には夫人であるラモーナが出なければならない。

 最低限に控えないと彼女のボロ(・・)が出るため、収益は下がる一方である。


 それなのに散財を止めないラモーナも、カロリンも、グレッグからしてみればそろそろ邪魔であった。


(リウィアをもう少し早く懐柔しておくべきだったか)


 絶望につけいって優しくしてやれば、無垢な少女はあっという間に男の手に堕ちただろう。

 あの二人がリウィアを着飾らせることをいやがっていたせいでいつまでも野暮ったかったあの少女を口説くのが面倒くさかったというのが本音ではあるが、グレッグは今それを後悔していた。


 とはいえ、リウィアの夫の座を狙っていたわけではない。

 その信頼を、愛情を、自分にだけ向けさせていい操り人形に仕立てたかっただけの話だ。


 賭場に出入りしていた貴族のぼんくら息子に吹っかけ(・・・・)てリウィアの婚約者に仕立て上げ、二人の子供の代までオルヘン伯爵家をいいように使ってやろうという計画がグレッグにはあった。

 だが、それもリウィアの脱走によりぐらつき始めている。


(ずっと従順だったから油断した)


 義母と義妹に期待し続けるあの愚かな少女が、虎視眈々と逃げる機会を狙っていたことに気づけずグレッグは歯がみする。

 

(そろそろ潮時か)

 

 あと半年でリウィアは成人する。

 彼女の狙いは、成人してから貴族院議会に行って窮状を訴えることだろう。

 それにより調査が入れば、ここ数年のラモーナたちが周辺パーティーで顰蹙(ひんしゅく)を買っていたことや領地の運営に代理がほとんど顔を見せないことなど、詳らかにされるに違いない。


(あの馬鹿共はなんにも(・・・・)わかっちゃいない。リウィアがこの半年以内に見つからなきゃ、俺たちは終わりだ。いつでも(・・・・)とんずらできるようにしとかなくちゃならねえな)


 噛み潰した葉巻を吐き捨てて、グレッグは年代物の絨毯の上にぐりぐりと踏みつける。

 それまでの間は甘い汁を吸うだけ吸って、また名前を変えて次はどこに行くかと男は酷薄な笑みを浮かべて考えるのであった。

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