18話
「……最近、テオったらずっといるけどお仕事は大丈夫なの?」
「うん。今はリウィアの隣にいることが仕事だよ」
「またそんなことを言って……」
テオは優しい。
再会した日から、ずっと、ずっと。
私に事情があると察しているにも拘わらず、彼は私を受け入れてくれている。
勿論、彼が私に対して全てを打ち明けてくれているとは思わないので、私ばかりが負い目を感じる必要はないのだろうけど……。
それでも、テオが私に示す誠実さは伝わっている。
(私は……このまま彼に甘えっぱなしでいいのかしら)
ほかのみんなは私が家事や仕事の手伝いをしてくれるからとても助かっていると言ってくれるけれど、それは雇われの身としては当然のことをしているのよね。
それはまあ、家政メイドと侍女を兼任しているみたいな業務内容をこなしているので、ちょっとは特殊かなと思うけれど……。
あれ、そうやって考えると私って結構デキる方なのかしら?
最近では市場の値切りも成功率が上がった気がするし……!
(いやいやだめでしょ、メイドとしては良くても私は伯爵になるんだから)
でも伯爵になりたいのかって聞かれると、どうしても答えが出せない。
あの人たちにだけは……っていう考えは今もあるけれど、私は伯爵になるよりもここで、テオやみんなの傍でこれからも働きたいっていう気持ちになっている。
それはきっと、ここが居心地の良い場所だからだ。
否定され、罵られ続けた私にとって、温かく迎えてくれた彼らを特別に見ているんだと思う。
あくまで期間限定の職場だというのに!
ただちょっと親切にしてもらったからと言って責任から目を逸らそうだなんて、私はなんと弱いことか。
だめだめ、オルヘン伯爵家を継ぐのは私しかいないのだ。
あの人たちには決して渡さないけれど、じゃあ領地を返上して他の人になったからといってそれでいいのか? って話。
代々続く領地を受け継ぎ、守ってきた両親に恥ずかしくない生き方をするためにも私はオルヘン伯爵家を守らなければならないのだ。
(伯爵になったら、メギドラと友好的に取り組む領主にもなれる……)
勿論、実家の財政とかを考えたら新人領主にできることなんてほぼないに等しいのだけれど。
でも同時に今のように料理を振る舞って、シャツにアイロンをかけて、繕い物をして……書類を作るのに一緒に調べ物をしたり、買い物をして一緒に荷物をもったりなんてことはできなくなる。
(お父様、お母様……)
二人に相談できたらいいのに。いつにも増して、そんなことを思う。
繕い物の手を止めて、ため息を一つ。
「どうしたの?」
「一区切りついたから。ほら、このシャツあなたのでしょう?」
「ああ、本当だ。ありがとう、リウィア」
「どういたしまして」
縫い終わったばかりのシャツを受け取って、テオが嬉しそうに笑う。
彼の笑顔に、何度心励まされたことだろう。
胸がざわめくのは彼の美貌を目にしているからだけでないことには、もう気づいている。
だけど、私は……私はどうしたいんだろうか?
将来についても、彼との関係についても。
テオは何も言わない。
好意はたくさん、伝えてくれるけど……未来に繋がる決定的なことは、何も。
それはきっと、私が迷い続けていることに気づいているからだろうと思う。
それでも私のことを好いてくれているから、気持ちを伝えてくれている。
その優しさはどこまでも甘くて、そしてほろ苦い。
いっそのこと伝えずにいてくれたら良かったのにと、自分勝手なことをまた思う。
「リウィア?」
「……なんでもないわ。ちょっと眩しかったの」
「カーテンを閉めてこようか?」
「ええ、お願い」
その自分勝手さに、胸がまた苦しくなった。




