15話
使節団の人たちと一緒に暮らし始めて早や一ヶ月が経過した。
つまり、私が家出してもう一ヶ月経ったってこと!
(……時間が経つのは早いなあ)
そしてメイドとして働く私は、それはもう使節団の人たちに大事に大事にしてもらっていた。
ちょっと過保護かなって思うくらいに。
特にテオ。
テオったら私が痩せすぎだとか髪の毛の手入れがとか何くれとなく私の世話を焼くのよね……。
おかげで今は以前の面影もなく、痩せこけていた体はふっくらと健康的に、髪はつやつや、お化粧品も揃えてもらっちゃって……。
アクセサリーも買い揃えようとか、ドレスを買わなくていいのかとか、メイドには過分だから!!
断るとすごく残念そうな顔をするから、ついつい小物だったら……なんて言ってしまってヘアピンやリボンなんてものが日々増えてるのが最近の悩みだ。
(……私は、彼に何もかもを秘密にしているのに……)
なんであんなにテオは私に対して親切なんだろうか?
いいや、あれがただの親切でないことくらい、世間知らずの私だってもうわかっている。
他の使節団の人たちの反応もわかりやすいしね!
この一ヶ月、彼らと共に暮らして少しずつ関係性も掴めてきた。
イェルクさんは意外なことに騎士ではなく文官なんですって。でも自分の身を守るくらいの武芸は身につけているらしくて、前線にも何度も行ったことがあるそう。すごい!
レネさんはごりっごりの武官だってクルトさんが教えてくれた。ごりっごりってどういうことだろう?
クルトさんは軍属だけど、本業はお医者さんで子供の頃は小児科の先生になりたかったんですって。双子の弟さんがいて、幼い頃は病弱だったんだとか……今はもうすごく元気だって聞いて、私も安心した。
ヨアヒムさんとレウドルフさんは武官の中でも実力者と言われていて、矛のヨアヒム、盾のレウドルフとしてメギドラでは双璧として老若男女問わず大人気だそう。
それからテオだ。
テオだけは、よくわからない。
今でも彼がなんの獣種なのか、誰も教えてくれないし……まあ、知らなくてもテオはテオだからいいのだけれど……。
それに、不思議なことにテオはみんなに対して愛想がいいけれどみんなはちょっと違うというか……いえ、仲良しなのは仲良しなんだろうなって、それはちゃんと伝わるのだけれどね?
(それに、他のみんなもそうだけど……特にテオは日中何をしているのか、教えてくれないし)
大体日中は、六人中四人が出かけることが多い。
外出する際は二人一組でお仕事をしていると聞いた。
その組み合わせはその日その日で変わるし、時間帯もまちまちだ。
日が昇るよりも前にでることもあれば、夕方頃に出ることもある。
帰ってくる際もそれは同じで、出て行ったと思ったら一時間もしないうちに帰ってくることもあるし、日付を過ぎたくらいに帰ってきたこともある。
一組は国家間の交渉のため、あちこちに足を向けて話し合いをするための下地作りに励む……つまり、社交活動をしているのだそうだ。
そのために貴族や商人や農家、身分問わず人々に理解を得ようとすることが大事なのだとか。
もう一組は、これまで行われていた強引な婚姻について、少しでも謝意と現状を伝えるために尽くすのが、未来への道なんですって。
メギドラに住まうユノス出身者に、故郷の家族へ手紙を書いてもらい、近況などを報せることで少しでも安心してもらいたいという意図があるそうだ。
これはユノスに対してだけではなく、他国に対してもそう。
現在のメギドラ王が周辺諸国と和解するために打ち出した方針なんですって。
(でもやっぱり受け入れられない人は受け入れられないから、軍属の人たちに行かせるようにしているのよね……)
中には罵倒だけでなく石を投げてくる人もいたし、殴りかかってくる人もいたとクルトさんが朗らかに教えてくれた。
そこ、朗らかに語ることじゃないからね?
家に残る二人の内一人はこの館にいて、来客の対応や警護をしながら休憩している……らしい。
それって休めているんだろうかと思うけど、家の周辺を散歩したり自宅にいるのとなんら変わらないってレネさんに言われてしまえば『そういうものだろうか』と思ってしまった。
確かに、お休みの日に家にいても来客はあるだろうし、散歩にも出るし……おかしな話では、ない、よね……?
でも何より一番わからないのはテオだ。
テオはいつだって単独行動で、ふらっといなくなったと思ったらふらっと戻ってくる。
その度にイェルクさんが大慌てしている様子から、おそらくテオがこの中で一番高い身分なんじゃないかな、と思う。
「リウィア!」
「あ、テオ。お帰りなさい」
「ただいま。リウィアに早く会いたくて走って戻ってきちゃった」
「まあ! テオったら……」
「ふふ、リウィアにおかえりって言ってもらえるとすごく嬉しいんだもの」
「毎回それ言うのね」
「本当に嬉しいからね」
嬉しいって全身で表現するかのように蕩けるような笑みを向けてくるテオに、毎回こちらも心臓がバクバクと大忙しだ。
だってねえ、やっぱり絶世の美男子が他の人には向けない甘ったるい笑顔を見せてくるなんて……何回あっても慣れるものじゃないわ!
特に私は、オルヘン家では底辺扱いだったから……そんな大事な存在かのように扱われることに、どうしても慣れることができないでいた。
「そういえばリウィアが教えてくれた大手商会、話を聞いてくれたよ。すごく助かった」
「良かった……あの商会の方々は偏見も少なくてメギドラに興味があるって話だったから」
テオが素直な感謝の言葉をくれる。
それがくすぐったい。
ここ最近、私はテオが時々持ってくる書類の手伝いをする傍ら、この国について私が知ることを教えていたのだ。
といっても、自領どころか自宅から外に出たのも久しぶりの私では、知らないことの方が多いのだけれど。
それでも、誰かの役に立てて、感謝の言葉をもらえるというこの環境が……どれほどありがたいものなのかと、身に沁みて思い知るのだった。




