13話
私の職場、つまり使節団の人たちが暮らすのは王都の外れも外れ、端っこだ。
あんまりにも端っこなので、お客様への扱いとしてどうなのかと思わずにはいられないんだけど……とはいえ、使節団の人たちが希望したらしいので私に否やはない。
静かだし、王都を囲う大きな壁にほど近いから警備の方もかなり厳重だし。
イェルクさんいわく、王都の中心地だと人の目も厄介だし声も聞こえやすいからストレスが溜まりやすいんだって。
加えて、こうして王都の出入り口付近で警戒が厳重なところなら、あちらに監視の目と何かあっても対処できるという安心感を与えることができるから、その分自由度が増すとか何とか……。
(つまり、これも駆け引きの一つってことよね)
むしろお互いにとって良いように、バランスを取る交渉ができているってことでしょう?
私も伯爵家を継ぐ身として、こういうところは学ばせてもらおう。
(料理長も言っていたわ、言葉で教わろうとばかりしないで見て覚えるのも大事だって!)
伯爵家に長く勤めていた料理長も、気づけば義母に解雇されていたのよね。
私にスープを与えた罰だって、義妹のカトリンが教えてくれたのよね……私のせいだってあの時は打ちひしがれて、慰めてくれるあの子のことをなんていい子だろうって思ったものだけど。
でも離れて冷静になればわかる。
あれは解雇の原因が私にあるような言い回しだった。
慰めるような言葉の裏に、いくつも潜んでいた悪意……あれをどうして私は理解できなかったのだろう。
(麻痺していたんだろうな)
それと、私はまだ〝家族〟に見捨てられていない、繋がりがあるって信じたかったんだと思う。
なんて愚かだったんだろう。
私が愚かだったせいで、オルヘン伯爵家に長く使えてくれた人たちに迷惑がかかってしまった。
彼らの行く末だけが心配だけれど……でも、悪いことばかりじゃなかったと今なら思う。
書類仕事も、料理も掃除も、一般的な貴族令嬢が学ぶべきことではないものばかりを学んだ。
でもそれが今、私を助けるのだ。
「ねえねえリウィアちゃん、今日のご飯なぁに~?」
「おはようございます、クルトさん。今日はハムエッグとスープ、それからクルトさんのお好きなライ麦パンですよ」
「わあやったあ~、うれし~」
おっとりした口調で現れたクルトさんは、最初から私に友好的な人だった。
どうやらテオとも仲良しらしく、彼が私を連れてきたなら問題なし! と一番最初に味方になってくれたのも彼だ。
イェルクさんはイヌの獣人で人懐っこく体ががっしりしているけど、クルトさんは長身だけど細身だ。お耳も少し細くて、尻尾はふさふさ。
なんでもクルトさんはウマの獣人らしくて『かけっこならここにいるメンバーに負けないよ~』とのこと。あと割と力持ち。
種族によって体格や身長に差が出るんですって!
不思議だなと思ったけど、ユノスでもそういうことは……ある、かも?
メギドラほどじゃないけれどね!
ちなみにクルトさんは近所のパン屋さんのライ麦パンが大のお気に入りで、放っておくと一人で全部食べちゃうから要注意だ。
それでもこっちが用意した分以上は食べないので、自分たちで準備していた頃に比べると落ち着いているらしいんだけど……。
(前は小分けにするのが面倒だから、好きに取れるようにって適当に積んでたらしいのよね……)
今は私が全員の食事と洗濯、買い出しに掃除、それから繕い物を預かる立場になったのだ。
その際、全員小分けにするようにした。
勿論、おかずは好きなだけおかわりできるようにしているけど……食べ過ぎにはお互い注意してもらっている。
私はまだ彼らの個人的な趣向とか食べる量を把握しているわけじゃないのでそれを計るためでもあった。
適当に作りすぎて、足りないのも多すぎるのもだめだもの。
食材を買う計画や経費のことを考えたら、当然のことだと思うけど……なんでかそれを説明したらみんなびっくりした顔していたっけ。
テオが連れてきたってことで好意的に受け入れてもらってはいるけど、それでも親しい関係になるにはほど遠い。
だから突然現れた私に彼らは面食らったんだと思っていたら、見た目はか弱そうなのにしっかりして実家の母親みたいだと大笑いされたっけ。
それはそれでどうなんだろう……私、一応うら若き乙女なのに!
「……はよ」
「おはようございます、レネさん。今日は朝食を召し上がりますか?」
「ん、ちょっとだけ……甘いお茶も、ほしい」
「はい、わかりました」
今日一番最後に朝食を取りに来たのはネコ獣人、レネさんだ。
彼はあまり口数は多くないけれど、内気な人だったらしく慣れたら笑顔も見せてくれるようになった。
レネさんはこの使節団のメンバーの中で一番小柄な男性だ。
(しかし中性的な美貌を持つレネさんの笑顔の破壊力はすさまじいわ……)
使節団員の中で小柄と言っても、レネさんだってこの国の人たちにしてみたら背が高い方なんだよね。
でもメギドラの人って大柄な人が多いらしく、レネさんにとってはコンプレックスなんだそうだ。背丈のことに言及するのは厳禁って教わった。
こうやって一緒に暮らし始めてわかったことだけど、メギドラの……獣人族というのは、子供や自分より弱いと判断した相手に対して庇護欲を強く感じるらしい。
私は痩せっぽちだし、彼らからしてみれば十分に小柄なために庇護対象として認識されたらしい。
(まあその本能的なもの? を凌駕する悪意に対する疲弊って考えると、これまで彼らがどれだけこの国の人間から妙な目を向けられていたのか……)
それを考えると、大変申し訳ない気持ちになる。
私が働いている間は、精一杯お世話をさせてもらおうと心に誓った。
(私にできるのは、ここでみんなが穏やかに生活できるようお手伝いをすること。それから……できたら、親切にしてもらった分だけ、周りの人たちに獣人族は怖くないって伝えていくことくらい)
半年しかないこの時間のうちで、私にどこまでできるのかわからないけど。
それでも、オルヘン伯爵家にいた頃よりもずっと充実したこの生活のお礼に、少しでもなればいいなと思うのだった。




