9話
テオがとんでもない提案をしてきて、私は唖然としてしまった。
けど彼はそんな私の様子を気にするでもなく、真面目な表情で言葉を続ける。
「リウィアは何か事情があって、この土地を離れようとしているんじゃないかな」
「えっ……どうしてわかったの!?」
言ってから自白してどうするのかって自分でも心の中で突っ込んでしまった。
そんな間抜けな私を見て、ふっとテオは目元を和らげるようにして微笑む。
それがまた様になっていて、思わず見惚れてしまった。
「リウィアは素直だよね。あの頃と変わらない」
「……それは、子供っぽいってこと……?」
自覚はある。
お父様の死後、私を取り巻く環境は大きく変わって……私の周囲にいた親切な使用人たちは姿を変え、義母と、義母のお気に入りの執事たちの言うことを聞く人たちに変わってしまった。
彼らは私を見下し、オルヘン伯爵家の令嬢としてではなく一番下の扱いをした。
用がなければ話かけてこないし、私のことを『おい』とか『お前』と呼んで、ほぼいないものとして扱われた。
自由に話すことも許されなくなった私は、十二才の頃から碌な社会性を築けていない。
もしかすれば、言動が幼いのかもしれないと思い至ったら恥ずかしさを覚えて、思わず俯いてしまった。
手本となるような人はいなかったし、とにかく領地の仕事をこなせって怒鳴られて殴られないようにするのに必死で身嗜みも整えられなかった自分を、突きつけられているようだ。
俯いた先に自分の手があって、その指先があかぎれてところどころインクの染みがあるのが恥ずかしくて、ぎゅうと握りしめる。
「そうじゃないよ。僕の言い方が悪かったんだよね、ごめん」
「……」
「突然会いに来た僕に驚いたってだけじゃなく、君は緊張しっぱなしだ。それも来た道をずっと気にしているだろう? ということは追われるような事情があるか、誰かの目が気になるのかってところじゃないかと思って」
「!」
「素直だと思ったのは、君の考えていることは大体全部顔に出ているからかな」
「えっ!」
思わず自分の顔を撫でる。そんなことしたってわかるはずないんだけど。
隣でクスクス笑う声が聞こえて、ああ、こういうところがダメなのかと自分でも理解して何も言い返せなかった。
「昔のままの君でいてくれたようで、僕は嬉しい。あの頃、たくさん笑って思ったことを言葉にしてくれるリウィアに僕はたくさん助けられたからね」
「……テオ」
懐かしむ眼差しは、どこまでも優しい。
私はあまり覚えていないことが逆に申し訳なくなるくらいなんだけど……。
あの頃って言われても、私はテオが断らないのをいいことに引っ張り回したくらいじゃなかったかしら……?
「それに、一緒に来てほしいって言ったのは何も離れがたいからってだけじゃないんだ」
「……え?」
「勿論、それが大きな理由ではあるけど……どうだろう、僕の事情も聞いてくれないかな?」
にこりと笑ったテオの真意が見えないけれど、私はなんだか断れない雰囲気に思わず頷いていたのだった。




