案外早かった夢の一歩
この世において機械とは魔力を動力として機能する物の事を意味する。
ただし、ほとんどの機械は『人が生み出す魔力』では動力として適さない様になっている。
個人差が強い事もそうだが、何より安定して魔力を送るという動作が人に向いていないからだ。
人間、魔族も含めた今人間と呼ばれる全ての種族はその生態としての構造上により、同一量、同一出力の魔力放出を続けるという事が出来ない様になっている。
その難しさを例えるなら、声を出す事がきっと近い。
自分の声帯に適した音以外を出し続けるのは訓練してもかなり厳しい。
また同時に、自分では同じ音量、音域で出しているつもりでも気づかぬ内に音量、音域共に変化してしまう。
喉も耳も状況に慣れてしまうからだ。
そしてもしも仮に過酷な訓練によって完璧な状態の物真似を覚えても、メンタルの状態や集中力、息継ぎのタイミングなどがあり必ずどこかで途切れる。
故に、事実上不可能と言う事になる。
どんなプロの歌手だって全く同じ歌を歌うのは不可能なのだから。
例え魔力動力であっても人は機械を操るのに適さない。
一部のそういう特殊な機械もあるが、それはあくまで特殊な例に過ぎない。
超高級品だったり、軍用兵器だったり、アーティファクトだったり、限りない色物だったり。
だから通常機械を操る時は『魔石』を使用する。
この魔石こそがこの世界において機械という文明を生み出し、同時に機械の発展を妨げている最大の要因でもあった。
理由はもうこれでもなくシンプル。
魔石はめちゃくちゃ高価な代物だからだ。
しかも消耗品でもある。
特に問題となるのが小型化である。
魔石の出力と魔力内包量は基本的にサイズに比例する。
だから小型で高出力や多量の魔力内包を秘めた物は希少品としてとんでもない値段で取引され、更に両方兼ね備えた場合は売買計算で値段が付かない事もざらである。
だけどそれらは逆に言えば、大型化を気にしなければ値段はある程度抑える事が出来るという意味でもある。
例えば機械の何十倍も巨大な魔石。
魔石そのものも高価な代物でサイズが巨大になればなるほど当然値も上がる。
だが小型化よりは値段の上り幅は緩やかであり、特大サイズまで行くと需要も減り更に値段の上昇が緩やかに。
そこまで行くとある程度の初期投資と割り切れる程度には抑えられる様になる。
だから最も効率的なのは家の真下に巨大な魔石を一つ配置し、家の中の全ての機械を動かす事。
そういう効率重視の理屈によって、余剰魔力を扱う手段の一つとし『回転寿司』という文化が誕生した。
「ってな感じ」
そう、クリスは今居る回転寿司屋の説明を求めたヴァンに伝えた。
横にいるユーリとリュエルも感心した様子で聞いている。
魔石と機械という物は高価かつ希少である為その知識が必要と成る事はほとんどない。
というより大多数の人は死ぬまで不要な知識だろう。
必要となるのは建築家とか起業したりとか、機械製造に関わる人位だ。
ただし、クリスの様なゲーマーは別だが。
「なるほどな。……なあ、さっそく食べても良いのか?」
「うぃ。歓迎会代わりだから好きに食べて良いんよ。ユーリとリュエルちゃんも好きに食べてね」
そう言ってクリスは微笑む。
ようやくリュエルに集らず生きられる様になってクリスは安堵を覚えているが、リュエルは逆に貢ぎチャンスの大部分が奪われ大分不満そうだった。
というかずっとクリスきゅんの面倒見ていたかった。
「……一皿銀貨三枚って高くね?」
ユーリが顔を顰めながらそう呟く。
ほんの一口で終わりそうな小さな寿司が二つだけで。
それで昼食セットと同じ値段というのはちょっとばかり考えたくない。
しかもこれで安い方らしいというのがまた恐ろしい。
「お魚は高いからねー」
そう答え、もっもっと食べ勧め当たり前の様に皿を積み重ねていくクリス。
その様子にユーリは恐怖を覚えた。
あの光景は見ている。
あの、べらぼうな札束のあの光景は。
それでも尚、お金が気になって食べる事に恐怖を覚える程度には、ユーリは庶民であった。
一方リュエルは小動物みたいな食べ方をするクリスを肴にお茶を飲んでいた。
「……これが……本物のスシか……」
「うぃ。と言っても安物の方だけどね」
「……これが俺の、第一歩か。……感謝する」
そう言ってから、ヴァンは寿司をフォークで刺してぱくりと食べ……」
「まあ、普通だな」
ヴァンは頷きながらそんな感想を残す。
生魚を食べる文化はなく、それ以前にそこまで魚が好きじゃないからまあそんな反応になるのはしょうがない事であった。
「それで良いのかよ夢じゃなかったのかよ」
ユーリは呆れ顔で突っ込んだ。
「いや、俺の味覚と夢は関係ないだろ? 俺のスシ職人になるという夢は微塵も変わらんぞ?」
ヴァンは何を言っているんだと言わんばかりに首を傾げた。
「……もう訳がわからんな」
「俺としちゃ普通な事言っているんだが……まあ、滅多に食える物じゃなさそうだし、勉強がてらがっつりいかせて貰おうか。遠慮はしなくても良いんだよな?」
ヴァンの言葉にクリスは片手をあげて答える。
もっもっもっと食べ続けている為返事をする余裕もならしい。
「ヴァン、遠慮はしなくても良いと思うけど……クリス君より食べられるの?」
リュエルの純粋な疑問を聞き、ヴァンは手を横に振る。
現時点でクリスが重ねた皿の量の半分も行ける自信はなかった。
「でけぇなぁ。こんなちっこいのに」
値段なんて見てないと言わんばかりに食い進め、周囲の視線さえも集め度胆を抜くクリスにヴァンは最大限の賞賛と若干の嫉妬を込めそう表現した。
一枚安い皿で銀貨三枚、高い皿だと銀貨十枚。
そんな高級品をこれでもかと食べた後、クリスはプリンをぷるぷる突きながら食べていた。
確かに回転寿司は普通の寿司よりも大分安い。
だがその分バリエーションは多く寿司以外もあってナマモノが食べられない人でも楽しめる様になっている。
あと単純に楽しい。
それはやはり魅力だろうと思っていた。
クリスがプリンに入ってから、ヴァンは多くの質問をクリスに投げた。
クリスが一番寿司に詳しいと知って。
クリスもそれを楽しそうに答えていって、ヴァンは途中から真剣にメモを取り出した。
ふざけているとしか思えないヴァンだが、その目的を目指すという意思だけは本物だったらしい。
「飯の最中にに色々聞いて悪かったな」
「ううん。会話しながらのご飯も乙な物なんよ」
「最後に一つ質問だ。回転スシじゃなくガチのスシ屋の場合はどの位するんだ?」
「んー? 一貫幾らって事?」
「ああ」
「時価。値段は書いてないんよ」
「……そうか。奥が深いんだな。スシってのは」
「うぃ。その通りなんよ。精進するんよ」
「ああ。どうやったら成れるかもわからんが、夢ってのは目指す事に意味があるからな」
ヴァンはそう言ってにかっと笑う。
そこだけ見たら夢を追う気持ちの良い男だろう。
料理経験ゼロで寿司も知らないのに『スシ職人』を目指すという訳わからなさを除けば。
「あのさ、ちょっと良いか」
静かに、ユーリは遠慮がちに手を上げた。
正直言うべきか言わないべきか悩む。
ヴァンの方針が全く見えないし、そうでなくともこれは確実に余計なお世話と呼べる類のアドバイスだ。
それでも突っ込み癖の付いたユーリは言わずにはいられなくて、ついその疑問を口にした。
「寿司を学びたいんだったらさ、この店の手伝いすれば良いんじゃないか? アルバイトなり正社員なり。そりゃまあシェフにしてとかなら難しいとは思うけど、そのポーター技能なら就職だけなら問題ないだろ? そこから技術なり技なり盗めば……」
運び屋というのは物資の調達も含まれる。
こういう高級食材を扱う場合それ専門の人も確実にいるだろう。
その人達と比べても、ヴァンの技能は見劣りしていないはずだ。
将来的に独立するとしても店側から非常に有用なのはわかり切っている。
雇わないという選択肢はない。
そう考えての余計なお節介だったのだが……。
「お前……天才か!? ちょっと応募してくる!」
そう言ってヴァンはだっと店にかけあってきて……そして僅か五分でアルバイトの座を仕留めて戻って来た。
「思い立ったら即行動。流石なんよ」
クリスはうんうんと腕を組み理解者面をして頷く。
ユーリはただただあっけに取られていた。
戻って来たヴァンは、見るからに良い事があったという満面の笑みを浮かべていた。
「お前らは俺の恩人だな!」
本人的には満面の笑みなんだろうが、イカつかい顔でのその笑みは随分と人を殺しそうな笑みだった。
「……はぁ。もう訳がわからねぇ」
「じゃ、次はお互いの自己紹介も兼ねて喫茶店行くんよ。美味しいケーキが評判のお店が近くにあるらしいんよ」
「お前……まだ食うのかよ」
驚き半分呆れ半分、ほんの僅かな尊敬のスパイスをユーリはクリスに向ける。
そして同時に、ユーリはどうしてリュエルがここでほとんど食べなかったかの理由にも気が付いた。
こいつは普段からクリスと一緒に居るから知っていたのだろう。
この後、デザートを梯子すると。
「そこ位は奢るぜ! あんたらは俺の夢を応援してくれた恩人だからな!」
「大丈夫。そこも私が出すんよ。これはヴァンの歓迎会なんよ!」
「いやいやそりゃ悪い。それに俺だってそれなりに稼ぎがあるぜ?」
「ちょっとあぶく銭があるから問題ないんよ! というかここはリーダー権限で私が出すんよ」
「あんたリーダーとかそういうの苦手って言ってたじゃねーか。こういう時だけ持ち出すのはなしだぜ!」
「やいのやいの」
「やいのやいの」
楽しそうに肘を付きながら喧嘩する二人をリュエルは見つめる。
ユーリは小さく溜息を吐いて、銅貨を一枚二人の間に投げた。
「そいつで決めろ」
クリスはぱっと銅貨を受け取り、「表」と呟き指で弾く。
テーブルに着弾し何度かのバウンド。
そしてくるくる回って……表の絵を上に向けた。
運にはちょっとだけ自信があった。
「……しゃあねぇ。今日は素直に歓迎されようかね」
若干悔しそうに、だけど楽しそうにヴァンは呟く。
冒険者であり、男なのだから……こういうシチュエーションが嫌いな訳がなかった。
ありがとうございました。




