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もふもふ元大魔王の成り下がり冒険譚  作者: あらまき


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染まっちまった悲しみに


「本当、長らくお待たせしてしまい申し訳ありませんでした」

 ヒルデはそう告げてから、クリスに用意した通帳を手渡した。


 大魔王ジークフリートとしての物としてではなく、あくまでジーク・クリス名義の通帳。

 これを用意するのに二か月以上も時間を要したのは戸籍による問題や偽装の準備の為というのもあるにはあるが、ヒルデの悪癖による部分が大きかった。


 もちろん、準備に時間がかかったという理由は正しい。

 だがそれ以上に問題の焦点となったのは、どの程度の金額を入れるかの方にあった。


 ヒルデは基本的に主に甘い。

 劇甘でこの前クリスに用意したバレンタインチョコよりも甘い。

 というよりも主の事しか考えていない。

 主から貰ったチョコカップケーキを永久保存し部屋に残している程度には重い。


 主が幸せであるのならそれよりも優先する事はなく、主の為に奉仕出来る事こそが己の幸せ。

 そんなだから、主の事意外一切合切度外視する。

 だから当然、主に渡したお金でハイドランドが崩壊しようと世界が壊れようと、それはどうでも良い事でしかない。


『金額そのまま元々の通帳の共有名義で良いでしょう』

 そんな事をのたまうものだから時間がとんでもなくかかってしまった。

 

 黄金の魔王ジークフリート。

 永年ハイドランドの王であり世界危機を葬った彼の通帳の金額は国家予算数万年分を軽く超える。

 そんな物を使えばどうなるか以前に、クリスがそんな金額持っていたら周りからどう見られるのかという事さえヒルデは考えない。

 クリスが周りに合わせるのはおかしい、周りがクリスに合わせれば良いだけじゃないか。

 そんな事をヒルデは本気で思っている。


 それは流石に非常識と言うかクリス本人が困るという事から回りが引き止め、説得し、それで長時間の交渉の末……『ジーク・クリス』が持ってもおかしくない物だけを抜粋して、今回ようやく通帳が発行された。

 ただしここにも問題が一つ……。

 ヒルデは交渉事にめたらく強いという事である。

 ハイドランドの実質的な王であり、同時に交渉事を担当する内政、外交の総まとめ役である。

 そんな彼女が交渉事にて全力に殴り合ったのだ。

 更に言えば交渉相手はアリエスとヘルメス何て常識に頓着しない非常識コンビ。


 だからやっぱりまあ、その通帳の金額は一般常識で見れば相当に頭のおかしなものであった。

 アリエスとヘルメスも必死で頑張った。

 天才であるアリエスは叡智を結集し、ヘルメスも裏切りにより培われた謀略を持ち、ヒルデに立ち向かった。

 そして悲しい事に、彼らでさえも尚力及ばずヒルデに振り回される結果となった。


「わー。ゼロが一杯だー」

 比喩でも何でもなく本当にゼロが一杯の通帳。

 一個人が持つには少々規格外で、どこぞの大企業の社長さんという様な金額がそこに記されていた。

「申し訳ありません。この程度しか確保できず……やはり今から再交渉し金額を……」

「ううん。問題ないんよ。それでさ、少しは現金にして持っておきたいだけど、大丈夫?」

「はい。構いません。何なら私の給与から用意しても……」

「いやそれは良い。通帳のお金を一部現金化してくれたら」

「…………了解しました」

「ちょっと拗ねてる?」

「いいえまさか。金貨で宜しかったでしょうか?」

「うぃ」

 クリスの返事を聞いた直後に、ヒルデは金貨を詰めた皮袋を用意してみせた。

「とりあえず、今日はこれだけあれば足りる程度の金額を……いえやはり私の持つお金を足すべきでは?」

 そう、真剣な顔で金額の少なさに悩むヒルデ。

 ちなみに金貨は一枚あれば一月位は外食だけで過ごせる金額である。

「ううん。十分なんよ」

 そう言ってクリスは袋を持ち上げ……持ち上げ……。

 ……あまりにも重たすぎて、クリスは袋を持ちあげられなかった。

 まあ当然と言えば当然だろう。

 袋の大きさはクリスの身長の半分位あるのだから。


「……金貨ではなく『宝貨』にすべきでしたか」

「お札でお願いするんよ」

「畏まりました」




 そんなこんなでクリスは作戦会議室にて集まった時、そのカバンを放り投げた。

「と言う訳でようやく銀行が使える様になったから、これ準備の軍資金に使って欲しいんよ」

 そう言ってカバンを開き、中のお金をクリスは二人に見せる。

 二人は無言のまま、眼が点になっていた。


「……うぃ? どしたの二人共?」

 きょとんとした顔で、クリスは首を傾げた。

「……そうだよな。馬鹿みたいな金額の小切手の束持ってるからまあそうだろうとは思ってたけど……ここまで常識がないとは……」

 ユーリはそう呟く。

「私も、嫌味になるからあまり言わなかったけどそれなりにお金はある方で、一般的な金銭感覚もない。正直幾らでも稼げる。だけど……これはちょっと……」

 リュエルは困惑というよりも、困り切った顔を浮かべていた。


 彼らがそんな反応するのも当然と言えるだろう。

 なにせクリスが用意したカバンの中には、札束がぎっしり一杯に詰め込まれていたのだから。


 金持ちの生まれとか、商人のとか思っていたがこれはもう違う。

 明らかに何かおかしい。


「……あ! 大丈夫! まだ通帳にはお金一杯残ってるから! というか通帳のお金全部使っても良いよ! だからユーリ頑張ろうね狩猟祭!」

 見当違いな心配をするクリスに再度顔を見合わせるユーリとリュエル。


 そして二人で、同じ結論に達成した。

 クリスの金銭に対しての無知を放置したら、パーティーが崩壊する。

「……俺もまあ、外国人だし適切とは言えないが……たぶん俺が一番マシだろう」

「そう思う。だから任せる」

「ああ。と言う訳でクリス」

「うぃ? 何何?」

「お勉強の時間だ。今日のお勉強はお金について。良いな?」

 ユーリの言葉には有無を言わせず迫力があって、クリスはつい無意識に頷いた。




 それぞれ各国事に専用通貨はあるものの……結局一番使われるのはハイドランド通貨。

 理由は単純で三大国のど真ん中にあり全ての国と貿易状態である事に加え、その治安の良さ。

 安定性によって通貨としての需要が高く、他国でさえもハイドランド通貨の『オーロ』が基準となっている。


 オウロ、オゥロ、オロ、オーロ。

 割と雑に呼ばれる為、どれでも間違いにはならない。


 今回クリスが二人をドン引かせたオーロ札は一枚で『一万オーロ』分の価値を持っている。

 他にオーロ札はなく、残りは硬貨で取引される。


 硬貨は世界共有であり、その含有量にて多少価値の上下はあるが、一般的には金貨一枚で『十万オーロ』となる様に定められている。


「それで、金貨の金含有量が極端に多かったり少なかったすれば犯罪となる。ここまでは良いか?」

 クリスはびしっと手をあげた。

「うぃ! 一般常識なんよ!」

「お前ぶちのめすぞ本当に!」

「えぇ……」

 おどおどした顔をするクリス。

 とは言え今回ばかりはリュエルもクリスの味方には成れない。


 手持ちカバンにぎっしりオーロ札詰めて好きに使ってなんて言う人に一般常識があるとは思えない相手には適切な扱いとしか言えない。

 というかこの手持ちカバンも気のせいじゃなかったら高級ブランドの類である。


「ここから少しだけ難しいぞ? 良いな?」

「うぃ」

「硬貨の種類は基本三つ。『銅貨』、『銀貨』、『金貨』。金貨は十万オーロで確定だが銀貨、銅貨は金の価格変動によって変わる」

「金本位制って奴なんよ!」

「そうだ! と言っても不便だからちゃん相場に合わせる店は案外少ない。よほどレートが崩れない限り銀貨は『千オーロ』銅貨は『百オーロ』という感じで大まかな感じで使われているな」

「……あれ? じゃあお釣り十オーロとか出たら?」

「店による。おまけをつけたり切り捨てたり。厳密にやるなら小切手とか通帳とか直接だ。と言う訳でここまでは理解出来たか?」

「よゆーなんよ! ゲーマーは案外お金の勘定は得意なんよ!」

「そうかそうか。じゃあ宿題だ。お前が持って来たのは幾らか計算しろ」

「……え?」

 クリスはそっと、カバンの方に目を向ける。

 その中にはぎっしりとした札束がごろごろとしていて……。


「め、めんどう……」

「そうだな! だけどな! 普通の人は札を数えるのが面倒な程万札を持って来ないんだよ! 特に金の為に何でもやる様な『冒険者』という職業の奴はな!」

 ぺしんぺしんとクリスを叩きながら、ユーリは叫んだ。

「今日の突っ込みは、何時もよりも激しいんよ」

「危機感覚える位あんたの常識がないからだよ!」

「うへぇー」

 クリスは一枚ずつ、お札を数えだす。


 あれだけ一般常識があると言っておきながら、束で数えるという発想がないらしい。


 ユーリとリュエルは再び顔を見合わせ、小さく溜息を吐く。

「……子供を見てる気分だ」

「でもそんなクリス君も嫌いじゃない」

 キラキラしてるリュエルを見て、ユーリは再び溜息を吐いた。


 結局束で数えられる事を教え、三人で協力して数え……合計ジャスト一億オーロなんて頭が沸いている様な金額がそのカバンの中に入っていた。




 はっきり言おう。

 ユーリは恐怖を覚えていた。

 正直決死の逃走劇に覚えたのに限りなく近い程の恐怖である。


 元々クリスがヤバい事は想像していたし、それに伴い幾つか仮説を立てていた。

 やんごとなき家柄とか、ハイドランドの最終兵器とか、まあ色々と妄想染みた仮説だったが。


 そして今回の事で、その全てのとんでも仮説が崩れ去った。

 ユーリが想像出来るありとあらゆる仮説では通用しない程に、クリスは常識を持っていなかった。

 とんでも仮説なんて想像よりも遥かにヤバい奴だと確定してしまった。

 というかぽんと一億飛び出す様な馬鹿のバックグラウンドをユーリが想像する事など出来る訳がなかった。


 恐ろしい。

 こいつが自分を破滅させる存在なんじゃないかと感じる位に恐ろしい。

 自分みたいな無能の凡人には手に余るのではないだろうか。

 更に言えば、これだけの金額を手にしても一切眼の色を変えず、挙句の果てに通帳の中にまだ残高が残っているという事が恐ろしい。

 例え何かのはずみで通帳の中身を見せそうとしてきても絶対に見ないぞとユーリが固く心に近く位恐ろしい。


 とは言え……知ってしまった以上全部が全部見なかった事にする事は出来ない。

 一応は仲間である以上、それを聞かなければならない。

 今後のトラブルに繋がる可能性もあって、そして額が額であるから。


 つまり……。


「正直聞きたくないんだが……クリス。お前はどうやってこの金額を稼いだ? もしく誰にどうして貰った?」

「うぃ。それは……」

 それについてどう話すかは、事前にヒルデと打ち合わせが終わっていた。


 通帳の中に幾ら入れておくか、どの位なら違和感がないか。

 だだ甘めちゃくちゃヒルデを止める為アリエスとヘルメスのでこぼこ正反対コンビが必死に手を組み交渉した。

 何とか常識の範囲までヒルデのあまあまを抑えようと奮闘した。


 その結果、ジークフリートが持つ『特許』の一部、その使用料を定期的に振り込む事に決定した。

 ジークフリートは戦いに関しあらゆる才を持つ。

 それは直接戦うというだけに収まらず、戦争そのものさえその範疇であり、数多くの兵器を発明している。


 その幾つかの特許。

 とは言え……新型チャリオットの特許なんてクリスが持っていたらもうそれは明らかにおかしい。

 だから今のクリスが持っていても全く違和感のない特許のみ。

 つまり……。


「これ、知ってる?」

 そう言ってクリスは保存食をユーリに見せた。

 ユーリはそれを受け取り、まじまじと見つめる。

「……最高級の保存食だな。ノイン社製の。……誰が買うんだっていう様な代物だけどまあ、あんた位金があるなら持っててもおかしくないな。それで、これがどうしたんだ?」

「これ、私が作ったの」

「……は?」

「この保存食……というか元々軍用野戦糧食なんだけどね、私が作ったの」

「……それはコピーしたとかじゃなくて……特許をと、いう意味か?」

「うぃ」

「……まあ、納得した。その上で本当はすげー聞きたくないんだけど一応聞いておくな。他に特許は持ってるか?」

「後、二つ程」

「オーケーわかった。俺、お前の通帳絶対見ない」

 そう、ユーリは断言した。

 ユーリの中で怖い物ランキングの順位が変わった瞬間だった。


「えと、ユーリ。そのノイン商会とか特許とか、どういう事? そんなに儲かる物なの?」

 いまいち事情が呑み込めずリュエルは不思議そうな顔をみせる。


 クリスきゅんは凄いから特許とか持ってても別に不思議じゃない。

 何なら対戦系ボードゲームの特許だってもってそうだと思っている。

 だからユーリのその怯え切った反応の意味が全く理解出来なかった。


「あー……そうだな。一番わかりやすく言おうか」

「うん」

「クリスが持っている物は、ハイドランド王国正規軍の正式採用品だ」

「……へ?」

「軍の正式採用の保存食だ。それの特許を持っているって事は、訓練含め軍が動く度に金が入るって事だ。しかもこいつべらぼうに高い。冒険者じゃ安定して買えないぞ」

 クリスはどこからともなく保存食を十本以上取り出してみせた。

「実はこれ、正式採用と言っても『欠点』があるからそれほど多量に取引はされてないの」

「それでもこの『バッグ』程度は余裕な位金が入り続けるって事だろうが……」

 ユーリは呆れ顔で呟いた。


「……つまり……どういう事?」

「リュエル、この事は絶対外ではバレない様にしろ。ただの金持ちという程度じゃなく、特許というのなら色々話は変わる。クリスもだ。バレたらマジで冒険者生活終わるぞ? 例えどういう形になるにしろだ」

 クリスは口元でばってんを作りながら頷いた。


「はぁ。本当胃が痛い……」

「良くわからないけど、一つだけ分かった事がある」

「あんまり聞きたくないけど、何だ?」

「クリス君がユーリをパーティーに選んだ事、それはとても正しかった。それだけは今のやりとりで理解出来たよ」

 ユーリは先程『クリスを利用する』ではなく『クリスを護る』という方針を当然の様に選択した。

 しかも最終的に自分が利用する為ではなくあくまで『クリスの冒険者を続けたい』という心情を最優先にして上で、その方針を打ち出してリュエルを納得させた。

 これはクリスの理解者となった事を意味する上に、クリスにとって真の仲間でないと出来ない事である。

 少なくとも、クリスに従っているだけの自分じゃあ出来なかったとリュエルは思っている。


 だからその言葉はリュエルとしては最上位の誉め言葉だったのだが……。

「ああ……そうか……俺は……染まっちまったのか……」

 ユーリは心底心外な様子で、井戸の底から漏れ出す様な溜息を吐いた。


ありがとうございました。

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