三つ目の力
ようやく、クリスはずっと使えずにいた小切手を一枚使う事が出来た。
先輩であるユーリ名義で、クリス達は戦闘訓練用一部屋と用具入れしかない小さな小屋を学園より借り受けた。
一年という長期期間である事に加え、自動修復魔術儀式から防音防諜、ついでに防犯とこれでもかとサービスを持った上で割引サービスを一切使わない様にして、ようやく小切手に釣り合う金額となった。
戦闘訓練としては少々狭く使い勝手は悪い。
近接武器の訓練には十分だが狩猟祭の対策で考えたら物足りなさは残る。
それでも、ちょっとした倉庫としても使える作戦会議室兼訓練室として考えたら十分に有用であった。
用意した主な理由は狩猟祭の準備の為。
だけど今彼らが集まっているのには違う理由があった。
全く無関係という訳ではない。
だが、狩猟祭関係なく出来るだけ外部には秘匿したいそんな情報。
つまり……クリスの三つ目のオリジンの詳細について調べる為、クリスとリュエル、ユーリは集まっていた。
「……先に聞いておくが、危険はないんだよな? 爆発するとか、魔力が溢れるとか、そういうのは」
「そういう事はないかな。というよりオリジンに期待し過ぎなんよ」
オリジンというのは誰でも持てる切札であり、鍛えた存在が身に付けられる極地。
その発想は間違いとは言えない。
ただ、期待する程強いオリジンを持っている人はほとんどいない。
強い人という物は手札を使うのが上手な人を差す場合が多い。
つまるところ、使い方である。
だがそれとは別に、オリジンという名の能力は基本的に地味な強化の場合が多い。
腕が強くなるとか、足が速くなるとか、そういう。
良くも悪くも魂の影響が強い能力なのがオリジンであった。
「そうは言っても俺はおそらく最後まで言っても覚醒しないタイプだ。もしくは覚醒しても気づかないタイプ」
オリジンは地味な能力が多く、それ故に発現している事にさえ気づかれないケースもある。
ユーリは自分がそうだと既に見切りをつけていた。
ああいうのに期待出来るのは才能溢れる奴らであって、自分はそんな内なる力とか期待したらいけない。
自分の手札だけで目的を果たす事だけを考えろ。
そういう風にユーリは生きて来ていた。
「だから期待しちゃうって?」
「ああ。羨ましいしついでに娯楽がてら楽しませて貰おうって気持ちが半分位はある」
「残り半分は?」
「狩猟祭の戦力として使えそうかの心配だ」
「んー……まあ、便利ではあるかな」
「それは助かる。じゃ、もったいぶらずに見せてくれ」
「うぃ。ほどほどーにご期待して欲しいんよ」
クリスは元気良く声を上げた。
おそらくオリジンという言葉に男心がくすぐられたのだろう。
何時ものクリスと違いユーリもテンションが高かったから、リュエルは何も言えず静かにクリスの隣で待機していた。
距離を取る為に、クリスはきゅむきゅむ歩き訓練施設の中央付近に移動する。
そこで手を前に出し、そしてオリジンを起動させた。
「ほいっ」
体の内側にあるボタンを押す様な、そんなイメージ。
そうして、その術式は起動した。
ぽんっと、可愛らしい音と共に小さな煙がクリスの前で巻き起こる。
その煙の中から、ぷるぷると震える大きな水滴の様な物が現れぷるぷると震えた。
「……スライムか」
ユーリは呟く。
魔族という人間カテゴリーのスライムではなく、純粋なモンスター。
クリスの前に出て来たのはおおよそ三十センチ位の小さなゼリー状の生命体だった。
「うぃ。目覚めたオリジンは『召喚術』だったんよ」
「……ほぅ。それは結構有用な感じじゃないか?」
「うぃ。ただ……」
クリスはぷるぷると震えるスライムに目を向けた。
「……そいつは何が出来るんだ?」
「えと……死なない?」
「……へ?」
「とても死に辛いスライム」
「頑丈なのか?」
「スライムらしいスライム」
「魔法に強いのか?」
「普通。炎とかには弱い」
「再生力が高いとか?」
「別にそういう事もない」
「じゃあ……何が出来るんだ?」
「……さあ?」
「…………おい」
「こ、この子も将来性はあるから!」
そんなどこ目線かわからない庇い方をクリスはした。
トライオリジン、その三つ目の力は召喚術。
契約した対象を好きなタイミングで召喚し命令通り操れるという限りなく破格の能力である。
これと同様の事を行える魔法使いは世界を探しても十人もいないだろう。
ただし、本家の物はと前置きが付くが。
今のクリスは封印状態であり、その力はあり得ない程に劣化している。
召喚術も同様大きく劣化しており出来る事は非常に少なく、今出来る事を説明するなら……。
「つまり、三つの僕を呼び出す事が出来るんよ!」
そう言ってクリスはスライムを仕舞ってから一分程待機し、再び召喚術を起動。
今度は、可愛らしい子熊が現れた。
ちょこんとテディベアの様に座り、きゃるっと可愛らしい擬音が出そうなポーズを取るくまちゃん。
先程のスライムよりは大きいのだが、それでも戦力としてカウントするのはいささか難しそうであった。
「ありゃ、また外れた」
そう言ってクリスは子熊の召喚を解除する。
「外れって事は、当たりがあるのか?」
「うぃ。スライムと、熊と、残り一体。その残りは狩猟祭で役に立つかもしれない感じ」
「そうか。ところでクリス。もしかして何だが……召喚対象って自由に選べないのか?」
「うぃ、完全ランダムなんよ。一応召喚解除してすぐの対象は選ばれないから二択だけど」
「…………何ともまあ使い勝手が悪いな。一体どういう理屈でそんなオリジンになるんだ?」
「ゆ、夢と希望と浪漫とほんのちょっとの寂しさ的な?」
ユーリはクリスにジト目を向けた。
「……あ、クールダウン解けたっぽいね。ほいっ」
クリスは誤魔化しながら次の召喚術を発動する。
今度は狙っていた子が現れたらしく、見た事のない三匹目が姿を見せた。
大きさは十センチ位。
一応人型に近い外見をしているが体の部位は全て植物で構成されており全身の大半が緑で赤い小さな目を持つ。
最大の特徴はその頭部だろう。
大きく可愛らしい花がその頭の上に咲いている。
そんなファンシーな外見の所為だろうか、どことなくその生物は小さな女の子の様な印象を放っていた。
「それが、使えそうな奴か?」
「うぃ。とりあえずは『プチラウネ』と呼ぶ事にするんよ」
そうクリスが言うと、仮名プチラウネはクリスの肩に登り座ってから微笑んだ様な表情となってみせた。
「可愛い……」
リュエルがそう呟くと、プチラウネはリュエルの方に両手を伸ばす。
リュエルが手の平を差し出すとその上に乗り、ニコニコと愛想良くその肩に乗り頬ずりした。
「可愛い……」
リュエルは再び繰り返し、とろんとした目になった。
「……おい、何か魅了とかされてないかあれ?」
「そういう力はまだないから大丈夫なんよ」
「まだって何だまだって……」
「彼女の力は植物を操る力なんよ。元気のない植物の声を聞いて原因を調べたり、植物に頑張って貰ってちょっと早く育ったり、そういう感じ」
「それは確かに有用そうだが……狩猟祭りに役立つのか?」
「うぃ、たぶん。だってこの子、植物と気持ちを通わせられるし」
「つまり……どういう事だ?」
「擬似レーダー。自然の多い環境限定だけど、半径十キロ位は索敵出来るんよ」
「へぇ……それはそれは……」
ユーリはクリスの思惑に気付き、ついほくそ笑む様な邪悪な笑みを浮かべる。
その顔を見てプチラウネは「きーきー」とちょっとした抗議の声と不安を顕わにした。
もちろんの事だが、スライムも子熊も有用な能力を持っている。
若干将来性を考慮しなければならないが。
同時に、各種三匹全てにリスクやデメリットも内包されている。
彼らは良くも悪くもモンスターであり、人とは明らかに違う境界の生物である。
それを踏まえて考えた上で、今回の狩猟祭において最も役立つと考えれたのはプチラウネであった。
狩猟祭は字の如く狩猟を行う祭り。
狩りがテーマである以上野外の環境で獲物を探す必要があり、それに対し擬似的とは言えレーダー能力を持つプチラウネが役に立たない訳がなかった。
「厳密は効果は植物との意思同調。だから効果範囲も植物の自生状況によって前後するんよ。それと本物のレーダーと違って浮いている物は全く反応しないし、動きが激しい物は読み取りにくくなる。だから走っている相手を追い続けるとかは出来ない感じ」
「気配を消した獣に対して有用か?」
「それなら問題ないんよ。動かないなら潜んだ小さな鼠の性別だって特定出来るんよ」
「そうか。……なあクリス。獣ではなく、範囲内に自生する植物の具体的な種類とかその数とか、そういう物の特定はどうだ?」
「彼女はそっちの方がむしろ得意なんよ。それなら効果範囲ももっと伸ばせる」
「ほぅ。それは良いな」
「勝てそう?」
「さあな。だけど、彼女が今回においてMVPになるのは確実だろう。クリス、ご機嫌を取っておけよ」
「うぃうぃ。ちなみに好物は花の蜜と赤くて甘い果実なんよ」
「常にこの部屋にりんごを用意しておこう」
ユーリはちらっと、プチラウネの方に目を向ける。
プチラウネはこちらの事など気にもせずリュエルといちゃいちゃとしていた。
「……あれは良いのか?」
「うぃ。プチラウネは視界から外しても悪さしないから安心なんよ」
「いや、そういう意味じゃなくて……ってちょっと待て。プチラウネ『は』ってどういう意味だ? 他のは悪さするのか?」
「うぃ。スライムは視界外に居ると私以外の誰かを溶かし捕食しようとするんよ。そんな強い酸性はないけど、軽い火傷はする感じ」
「……可愛らしい子熊は?」
「良くも悪くもグリズリーなんよ」
「把握した。頼むから管理はしっかりしてくれよ」
「うぃ」
小さく、クリスは頷いた。
ありがとうございました。




