がむしゃら
考えろ。
どうすれば良い。
打破する為、状況を認識しろ。
進める道は前後のみ。
無数の牢屋で挟まれたその道の両方からは、ゾンビの大群が既に見えている。
ゾンビに囲まれても対処は出来る。
だが、このままこの状況が続く様なら大して戦っていない自分はともかくクレインの体力が尽きる。
考えろ。
状況を知れ。
良くも悪くもこいつらは単純な事しかしてこない。
外見はパニックモンスターだが実情は違う。
その性質は恐らく機械に近い。
簡単な命令をこなすだけであり、ゾンビであるのは擬態に過ぎない。
動きそのものはアクションゲームの雑魚キャラである。
歩くと襲うの二択だけで、攻撃も腕を振り回すと噛みつく位。
どうすれば良い。
どうすれば状況を打破出来る。
クリスは考える。
考えて考えて考えて――そして笑う。
一つ、クリスは真実に触れた。
がむしゃらになる事。
それが、自分と皆の違い。
自分はがむしゃらになんてなる事は出来なかった。
だからまあ、クレインには悪いが今がとても楽しくて嬉しくて、ずっとこのままでも良いとさえ思ってしまう。
だけどそれもまた楽しい事ではなくなるから、必死に考え続け、必死に指揮を出し続け、そして必死に眼を使う。
あれだけ嫌っていた眼なのに、ネタバレしか出来ない眼なのに、今はこれに頼らないと生きる事さえ出来なくなっている。
それがまた、クリスには楽しかった。
「今左から来たゾンビに攻撃! その後すぐ下がって私のカバーお願い!」
クリスの指示にクレインは従い、斬撃ののちにバックステップ。
そして背後のゾンビの足を切り落としてクリスの隣に立った。
戦い出してどれだけ時間が経っただろうか、二人にはわからない。
疲労感的には五分十分程度だが、倒し進んだ時間はその倍はあるだろう。
もう何時間も戦っている様にさえ感じられる。
そしてしばらく進んでいると……急に、ゾンビの進行が止まった。
「……打ち止め?」
一瞬クリスがそう考えるが、違うと気付く。
ゾンビ達はぞろぞろとクリス達がいないかの様にどこかに帰っていっていた。
ゾンビの大群で見えなかったが、どうやら自分達は牢屋に入ってしまったらしい。
たったそれだけの事だった。
「つまりアレか。あいつら牢屋の中と外にいるかだけで区別してるのかもしかして?」
「うぃ。そうみたい。随分と機械的なんよね」
「先生的に安全だと思う?」
「十中七位は安全? ゾンビ以外とかパターン変化とかない限りは安全かなと」
「そか。じゃあ、そういう事なら用心しつつ少しだけ休憩しようかね。流石に疲れたわ」
そう言ってからクレインはその場に座り、剣の手入れを始めた。
「うぃ。お疲れ様」
クリスはそっと保存食をクレインに手渡した。
「ありがとう……って、随分と良いの使ってるな」
「新人らしくないとは思うけどね、貰い物だから沢山あるんよ」
「そうか。まあそういう事ならありがたく貰おうか」
ちょっと遠慮がちな表情だが、クレインは本当に嬉しそうだった。
随分と良いなんて言ったがその表現は適切ではない。
正しく言えば『最高級品』である。
クリスの持つ保存食はノイン商会製の物であり、元々は軍事用保存食。
日持ちは当然、短期的に見れば栄養も十分に補給可能。
またストレス対策として味食感共に限界まで拘り抜いている。
欠点としては保存食として許されるコストを遥かに越えている。
軍事物資でも保存食ではなく娯楽品と書いた方が良いという意見さえある位に。
後は舌が贅沢を覚えてしまう事位だろう。
クレインはびーっと包装紙を剥き、その中身を見る。
外見は良くあるベーシックタイプの乾いたエナジーバーだった。
一口含むと、まるで出来立てのスコーンの様にさくりと程よい食感が伝わって来る。
そしてドライフルーツと小麦の複合的な甘みが。
味付け自体はシンプルだろう。
問題はシンプルながらその味のレベルが一流の喫茶店の自慢の一品クラスな事で。
「何と言うか、まだまだ上の世界ってあるんだな」
自分が上と思ったらもっと先があった。
そんな事をクレインはこの味から思い知らされた。
「うぃ。目的が高いのは良い事なんよ」
そう言ってクリスもさくりと一口。
だけど、城で食べ慣れた物だからクレインと違って何の感慨もなかった。
補給が終わり、剣も簡単な研ぎを含めた手入れも終わって、クリスとクレインは手持ちの道具を確認していく。
クレインの手持ちは料理や剥ぎ取りといった作業用のナイフ数本と砥石等の簡易修復キット。
後は応急処置用の薬草と布類位であった。
クリスの方は保存食と聖水が後二本だけ。
元々聖水は小技に優れる便利な便利な物だが、相手がゾンビの場合その有用性は更に増す。
なにせ聖水以上に消毒に適した物が存在し得ないのだから。
と言っても、それももう後二つしかないが。
クリスはその内の一本をクレインに手渡した。
別にあげるとかではなく、各自一本持っておいた方が指示の時便利という理由から。
クレインもまた手足と頭という関係故に深く考えずにそれを受け取った。
「とりあえず、先輩の体力がもう少し戻るまでの間にわかった事を話すね」
「ああ。何か良く視てるなと思ったらやっぱりそういう事を考えてたんだね」
「うぃ。良く視たよ。ごめんね。先輩の事も色々見ちゃった」
クレインに何の技能があって何が苦手で、どういう立ち回りをする性質でどんな弱点があるか。
そういうところで、クリスは見てしまった。
あれだけ嫌いだった眼を、思うがままに酷使して。
「別に良いけど、お詫びの代わりに一個教えて欲しい事があるんだ」
「うぃ。何でも聞いて。答えられたら答えるから」
「いや、指示を聞くだけで攻撃力爆上がりしたのは先生の特殊能力? あれ何とか応用したいんだけど……」
例えば『ゾンビの右側面脛辺りを狙って』とかいう指示なら弱点を突いたとかで理解出来る。
だけど指示がどんどん短くなり最終的には『背中の方のゾンビ』という指示だけで戦っていた。
そしてそれでもクレインはゾンビを一撃で行動不能に出来ていた。
魔力反応もなく、何か特異な能力を受けた様な形跡もない。
偶に『部下全員を強化するオリジン』とか『命令と同時に対象を強化するオリジン』とかあるが、そういう類とも違っている。
何となく違うのはわかるが、そのトリックが、仕掛けがクレインには理解出来ていなかった。
「うぃ。その答えだけど、ぶっちゃけ強化なんて物は全くかかってないんよ」
「え? じゃああれは?」
「先輩の実力。強いて言えばあうんのこきゅー」
「……え?」
「あうんのこきゅー」
「……その、もう少し詳しく説明出来ない?」
「出来ないの。私は雰囲気でしかわからないから。何となく出来るからしてるだけ。ごめんね」
「……そうか」
「もしくはとってもうまく連携取れたから」
「まあ、そっちなら何となくわかる。そうか……これが連携の極地なのか。深いな……」
クレインはとりあえず納得し頷いた。
自分ではわからない領域の話ではあるが、それでも仲間達ともそうなれるという事が理解出来て。
実際の事を言えば『ただ言葉を簡略化しても伝わる様になった』というだけである。
クレインは指示を聞けばこう動くだろうという想像と、クリスのクレインならこう動いてくれるという信頼。
その両者の間にある暗黙の了解が広がっていき、適切な指示の簡略化となっていた。
「上手く説明出来なくてごめんね。ただ特殊能力とかじゃあないよ。最終的には誰でも出来る」
「それを聞いて嬉しくなったよ。まだまだ努力すべき部分があると。さ、次は先生の話を聞かせてくれ」
「うぃ。ちょっと待って。けほっ」
喉の違和感からクリスは軽く咽た。
こういう時他の神の聖水だったら飲めば良いのだが、あいにくエナリスの場合は海水である。
うがい程度ならともかく飲用物としてはあまりにも不適切だろう。
「ごめんね。んで、わかった事だけど、まず結論から。言いたい事は二つ。一つは『ゾンビは見た目通りの存在じゃない』という事。もう一つは『ゾンビを作った人は相当性格が悪い』という事」
「ふむ。そりゃ死霊術なんて使うなら性格悪いだろうけど……」
「ううん。両方の意味でそうじゃないんよ。死霊術だから性格悪いという意味じゃあなくて、そして死霊術使いでも性格良い人もいるのん」
「まあ、そうだな。ハイドランドという禁止区域で死霊術使う奴しか見た事なかった。撤回しよう」
「うぃ。んで戻って、このゾンビ達外見通りの機能を持ってない。具体的に言えば人を襲わない」
「……いや、俺らめっちゃ襲われてるけど」
「そういう命令があるからなんよ。命令がなければ襲わない。だからこの牢屋の中が安全地帯になってるの。鍵もかかってない牢屋なのに」
「……つまり?」
「人を食べない。このゾンビはゾンビぽく作っただけの、別の存在という事になるのん。具体的に言えばゴーレム」
「ゴーレム……というと錬金術か?」
「錬金術も関わるけどゴーレムは別系統かな。強いて言えばゴーレム術」
「ああ、そういえばそんな授業もあった気がする。だが……本当にあれはゴーレムなのか? ゴーレムと言えば……」
「うぃ。大体が石系素材。そうでなくとも木とか藁とかだね」
「だよな。斬った感じ普通に人体だったぞ?」
「うぃ。つまり、そういう素材を使って作ったという事」
「どういう事だ?」
「人を、操り人形にする技法。その過程で魂や肉体を改造してる」
クレインは顔を顰めた。
「どれだけ人を冒涜すればそんな事を思いつくんだよ……」
「しかもこの技法、無理に死霊術使わなくても良いのよね。原形はゴーレム術だから普通に好きな形に出来る。なのにわざわざ腐った人を再現したのは……」
「嫌悪の為……か」
「それと目くらましもね。ゾンビ騒動って事にしたいんだと思う」
「……ああ。そりゃあ確かに『性格が悪い』って言えるな。先生の言いたい二つ目も理解した。この場合の性格が悪いというのは……」
「うぃ。すこぶる頭が良いというのは、知能犯的な意味なの。……ぶっちゃけ私と相性悪い」
「そうなのかい? 先生は得意そうに見えるけど」
「そんな事ないの。場当たり的な対処しか出来ないから頭良い相手苦手なの。……そろそろ行こか」
「ああ。そうだな」
彼らは立ち上がり、そのまま全力疾走を始めた。
機械的に、侵入者相手にゾンビが反応し湧いて来る事はわかっている。
それまでに、少しでも距離を稼ぐ為に。
ありがとうございました。




