先生と先輩と
それは指導というよりも、修正と呼ぶ方が近かった。
最も効率の良いフォーム、斬撃に対しての最効率のみを追求した動き。
最大のダメージが出せる斬撃であると同時に最大効率でもある為体力消費や体の負担は少ない。
まさに理想的と言えるだろう。
実戦に使えない事を除けば……だが。
ゆっくりと、クレインは教わったフォームを繰り返す。
足の先から剣の先までは連動する様に、指先までも含め全てに意識を張り巡らせて。
斬撃の方針自体は本当にどこにでもある物。
良くある上段の構えから、一歩踏み込みながらの振り下ろしである。
良くある基本的な物。
それはつまり誰でも適したテンプレートという事。
だからその上段振り下ろしが最大火力として選ばれる。
それをバージョンチェンジしただけだとクリスは思っているが、クレインは違う。
これこそが剣術の極地『基礎こそ奥義』という言葉を体現していると理解出来た。
まだ練習であり一度もちゃんと放っていない。
それでも、自分がかつて経験した事のない一撃が撃ち出せるという確信が既に出来上がっていた。
「なあクリス」
「うぃ?」
「これ本当に実戦で使えないのか? 非常に強力な奥義になると……」
「奥義はこんな小技じゃないのん。というか奥義使えないの?」
「ん? ああ、使えないな? クリスは使えるのか?」
奥義というのは『技術を極めた証』であり、冒険者にとってはオリジンに匹敵する……いや、オリジン以上に頼りになる武器である。
確かにクレインは上限に近いという自覚はあるがそれでも上限ではない。
魔王達どころか最上位冒険者にもまだ届いているとは思えない。
そんな自分が奥義など使える訳がないと確信していた。
「ううん。まだ使えないよ? でもそんな難しい物じゃないよ」
「君が言うと本当にそう思うよ。それで質問だけど……」
「うぃ。この技は使えないよ。出来損ないだ。食べられないんよ」
「そりゃ食えないけど。何故なんだい? 全てが完璧に思えるんだけど……」
「うぃ。その通り。完璧だからなんよ。全ての動きが連動しての完璧。つまり、すっごく読みやすい」
「あー。そういう事か」
全てが連動した動きであるが故に、固定されきった動き故に、それは敵にとって脅威足りえない。
時間までも威力を出すのに使っている為何度攻撃しようともほぼ誤差がなく、全て同じタイミングで同じ場所に攻撃する。
そりゃあ読まれる。
最悪格下相手にさえにカウンターを貰うだろう。
故にクリスは、完璧だからこそ使えないと評価した。
「まあ、無駄にはならないんよ。練習として見れば非常に良いし、知能のない相手には便利だから」
後奥義の練習……という言葉はそっと飲み込んだ。
正直に言えば『奥義』と呼ばれる技能を覚えさせる事はそう難しくない。
今の自分じゃ無理だけど、下地がきっちり揃ったクレインならおそらく一時間もかからず覚えられる。
だけど、それじゃあ意味がない。
自分で編み出さない奥義なんて物教えてしまったら、その相手ののびしろを、即ち未来を摘んでしまう事になる。
だからクリスはそこまでは言えなかった。
「ん。大体オーケー。そこそこ出来てるつもりだが……見る限りはどうだい?」
「うぃ、百点満点なんよ」
クレインは微笑んだ。
「ありがとう先生」
クレインは折れた聖剣を手に取った。
「一応折れてても、先輩の力ならこの牢獄を破壊出来るだけの威力が出るはずなんよ。ほんのちょっぴし心配だけど」
「いや、安心してくれ。全力を出すから」
クレインは聖剣を天に掲げた。
ぶっちゃけ、この聖剣の性能はそう高い物じゃあない。
一年レベルが持つ剣と比べたら相当の業物であり、勇者候補を名乗るに十分な能力はあるだろう。
だけど、クレインの能力や稼ぎならもう一段階上の剣を手にするべきだし手にする事が叶った。
事実、仲間達からはずっと買い替えろと言われていた。
それでもこれを使い続けていた。
愛着があったからだ。
だからこそ、この折れたという結果は悲しいけれど納得出来ていた。
お別れ出来ない自分の代わりに、聖剣が親離れさせてくれたのだと――。
だからこそ、報いなければならない。
これまでの自分を支えてくれた聖剣に、最後にもう大丈夫というところを見せる為に。
「そんな事を考える俺は、女々しいかな?」
苦笑しながらの言葉にクリスは首を横に振る。
「まさか。想いを背負うは割と勇者らしい行為と思うんよ」
「そうか。先生が言うならそうなんだろう」
既にクレインはクリスに絶対の信頼を置いている。
少なくとも、その知識には。
「聖剣……解放」
言葉と共に、聖剣の刃が光り輝く。
折れ失われた剣先も光で包まれまるで復元したかの様になっていた。
「おおー。凄く勇者っぽい」
クリスのテンションが少し上がった。
実際そのっぽいって理由でクレインもこの聖剣が気に入っていた。
見た目程強くなくとも。
「ところで先生。とても重要な相談があるんだ?」
「うぃ? 何かな?」
「これから放つ技。その技の名前……何が良いだろうか」
「……それは……重要な話なんよ」
クリスはごくりと生唾を飲んだ。
「個人的にはブレイブの文字を入れたい。だけど破壊力特化である事もアピールしたい気持ちあるんだ。……出来たら二日三日悩みたい位に」
「わかる。その気持ちは凄くわかるんよ。だけどあんまり時間はないんよ」
「ああ。チャージ中の今だけだ。先生の方は何か名前の候補とかある?」
「んーん。私は勇者の技の名前とか考える事さえするつもりないのん」
「残念だ」
呟き、クレインは白く輝く光の剣に、更に魔力を注ぎこんだ。
「白の神よ。我に加護を与えたまえ……」
何時もの言葉、何時ものルーチン。
だけど今日は、何時もよりも違う。
激しく眩く、爆発する様に白の光は輝き、甲高い奇妙な音が剣から洩れてていた。
「先輩。それじゃあ剣が保たないんよ。壊れちゃうよ?」
クレインはクリスの言葉に感心と尊敬を覚える。
本当に良く見えている。
本質を捉え答えを放つ。
全くもって恐ろしく、そして頼もしかった。
「大丈夫だよ。わかった上でやってるから」
この聖剣を直す事は出来るだろう。
仲間には優秀な鍛冶師もいる。
だけど、そうするつもりはなかった。
ここで折れたという事は、もう限界であるという事だから。
『過剰放出』
白の魔力を剣が耐えきれる倍まで注ぎ込み、性能を限界突破させる。
その代償は、剣そのもの。
だからまあ、これは弔いであった。
剣を構え、鉄格子をそっと見据えた。
それは鉄格子ではなく、ただの壁。
とにかく硬い壁を突破するイメージで、クレインは剣を構える。
剣が太陽の様に輝き、チリチリと頭頂部や腕を焼く。
悲鳴の様な甲高い金属音が繰り返し響き、剣は己の存在を世界に誇示する。
そのまま静かに息を整え、そっと目の前を見据えた。
偶然だけど、技名は決まった。
思いついた単語を使っただけだけど、まあ体を表してはいるだろう。
「ブレイクバースト……オーバーロード!」
渾身の力を込め、クレインは剣を叩きこんだ。
まるでハンマーでもぶち当たったかの様な爆音の後、実際に爆発が生じる。
壁が壊れてなのか剣が爆発したのか、それはわからない。
ただ、これだけは確かであった。
勇者らしき仕事を、クレインはしたと。
目の前には壁どころか、その先の牢屋まで壊れ道が生まれていた。
「どう? 悪くない名前だと思うけど」
緊張と魔力消費からか、疲労を見せ肩で息をしながら微笑み尋ねる。
クリスは答えの代わりに、小さな拍手で応えた。
クリスは十分程の休憩をするか尋ねたが、クレインはそれを拒否。
時間がもったいないという事に加え、この程度の疲労はあってない物であるからだ。
それは強がりという事ではなく、文字通りの事実。
オーバーロードこそ使えないがそれ以外に特に問題はなかった。
だからすぐ牢屋から一歩外に出ようとして……。
「ああ。待って先輩。ちょっと言いたい事がある」
「ん? 何かい先生」
「その先生って辞めない?」
「辞めない。まだ色々教わりたいから」
「ぷえー」
「それで、言いたい事って?」
「えっとね、良いニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい?」
言いたい事の意味が少し違った事に、クレインは気付いた。
人生における『いつか言ってみたい言葉ランキング』に、確かに『良いニュースと悪いニュース』は入るだろう。
クレインもその気持ちもわかるし、おそらく内容自体は重要な事だろうと考えて、クリスの希望を聞き届けた。
「良い事から順番に頼もうか」
ちょっと気取った感じで、映画の一シーンの様に。
「うぃ。オーバーロードもあって思ったより破壊力あったから壁だけでなく道まで出来たね。しばらくは進む先に困らないっぽい」
「それは良いニュースだ。それで、悪いニュースは?」
「音、おっきすぎた」
その直後に、ぞろぞろと大量集団の足音が聞こえた。
しかもご丁寧に、人間とは思えない不ぞろいかつ鈍重な音が。
「ああ……それは悪いニュースだ」
「という訳で――駆け足!」
クリスの言葉に合わせ、クレインは一歩踏み出し牢屋の外に。
そして牢屋の正面にある、自分がぶち壊した場所を見て、げんなりした顔を見せた。
「先生。あれは……」
さっきまでは、牢の中からは、誰もいない綺麗な牢屋にしか見えなかった。
だけど、一歩外に出て見直したらそれが浮かび上がっていた。
天井にまで飛び散った赤黒い血液と、消え切っていない腐臭。
衣服の残骸に、綺麗なままの武具。
それと、壁の隅に見えた『タスケテ』という彫り跡。
「…………」
クリスは何も口にしない。
いや、出来ない。
ここで口にする事はきっと、クレインにとって好ましくない事だから。
情報を得て、理解した事。
それは、この犠牲者が冒険者として中級程の実力者という事であった。
グラディスというユーリが探している子じゃなくて良かった。
その言葉を、クリスはそっと飲み込んだ。
「……すまない。君の魂を借りる。その代わり、生きて帰ったら必ず埋葬すると誓おう」
武具に跪き、両手を握って簡略化した祈りを捧げる。
その顔は真摯であり、そして深い悲しみと正しき怒りが宿っている。
クリスは勇者ポイントをクレインに十点程進呈した。
「先輩。言い辛いんだけど……」
「大丈夫。わかってる」
そう言ってクレインは、落ちている剣に手を伸ばし、鞘から抜いて刀身を確認する。
問題ない事がわかるとそれを携えた。
「さて先生、右と左どっちにする?」
「わからないから勇者の勘で決めて良いよ。ぶっちゃけどっちからもゾンビの音するし」
「じゃあ左だ」
そう言って左を走ってすぐのところで、ゾンビの大群と遭遇した。
たった一体でも軍人が負ける様な、最悪な存在。
それが少なく見ても三十体以上群れている。
その上まだまだ増援は来る気配がしているという始末。
文字通りの窮地。
最悪の状況。
なのにクレインは、不思議と死ぬとは全く思えなかった。
「先生。何か手は?」
「口は出すんよ。命を大事にしながら指示聞いてくれる?」
「もちろん。先生も危なくなったら俺を盾にしてくれ」
そう言って二人はふっと意味深な笑みを浮かべる。
何かそれっぽい事が言えてそれっぽい雰囲気が出せて、二人はちょっと満足してた。
ありがとうございました。




