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もふもふ元大魔王の成り下がり冒険譚  作者: あらまき


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クレインの思惑


 最初にゾンビが現れ数日程経過したが、驚く程に何も起きなかった。

 学園は何時もの様に夢を目指し学ぶ生徒達の輝かしい日々に囲まれている。


 だけど、それでも……気づく生徒は少なくなかった。

 重苦しく、薄暗い……まるで雪がしんしんと降る冬の夜の様な雰囲気に学園が染まっている事に。


 流石に、その正体までは気付けない。

 生徒に擬態した軍人が相当数いる状況や、学園に雇われた生徒が見回りとなっている事など。

 ピリピリした空気や緊張した雰囲気には気付けても、その理由や原因までは流石に誰も。


 そんな仮初の日常の中であった。

 二件目の、ゾンビ騒動の話をユーリが耳にしたのは。


「出たぞ」

 クリスに対し、ユーリはそうとだけ伝えた。

「そか。それで、私達はどう動く感じ?」

「俺達の時と同じく現れたのは少数で、既に鎮圧も終わっている。現場は封鎖され向かう事さえ出来ない。だから、二人共手伝ってくれ」

「うぃ。全然手伝うけど、何をすれば良いの?」

「ついて来てくれ。俺じゃあ会う事も出来ない」




 その場所は分類で言えば中庭になるだろうか。

 小さなベンチと花壇だけで、雰囲気で言えば小さな公園に近い。


 そんな場所で、彼は珍しく一人で居た。

 そうしてクリスが声をかけようとしたら……彼は気付き、クリスの方に慌てた様子で駆け寄って来た。


「クリス! 君を探していたんだ!」

 そう……彼、クレインは声を大にする。


 クレイン。

 彼はおそらく学園で最も有名な生徒である。

 この学園に三年という期間滞在する先輩であり、同時に勇者候補でもある。

 そんな彼が、ゾンビを発見し討伐した張本人であった。


「こっちも先輩を探してたんよ」

「どうして……というのは無粋だね。その前に一つ、一応だが尋ねたい。無事だったんだね?」

「うぃ? 何が?」

「君があの怪物に襲われたと聞いている」

「いや、襲われたのは私じゃなくて後ろの二人だよ?」

「そうなのかい? 君がと俺は聞いたのだが……いや、それについてもゆっくりと話そうか。目的は情報交換で間違いないかい?」

「うぃ! その通りなんよ」

「ああ。こっちも知りたい事が多かった。まあそれとして、無事で良かったよ。あんな強敵相手に君が戦って何かあったらね」

 そう言って、クレインは相変わらずクリスの方に目を向ける。


 何故かわからないが、後ろに見ていたリュエルはその態度が、ほんの少しだけだが癇に障った。




 クレインの状況はそう難しい物ではない。

 勇者候補という立場よりある程度状況を知らされ、調査協力中偶然ゾンビと遭遇し撃破した。

 要約するとそれだけとなる。


 ただし……遭遇した場所は学園内森林というダンジョンと無関係の位置だった。

 ダンジョンで出現したという事に加え腐った存在という事で地下から現れると思っていたから、学園としては完全に想定外の事であった。

 

 更に言えば、撃破したと言ってもそう簡単な物ではなかった。

 現れたのはたった一体。

 だけど、それでも、犠牲が出た。


「一緒に居た軍の人が生徒を庇って亡くなったよ。立派な最後だった……。そして庇われた生徒もその時の負傷で重度の怪我を負い今も意識不明だ。……俺は護り切れなかった」

 そう言った後、クレインはぽつりと「情けない」と呟いた。


 今回だけの臨時のパーティーだった。 

 危険性の低い場所という事で生徒の方は若干舐めた態度だった。

 だがそれでも……庇わなければならなかった。

 そんな自責の念がひしひしと伝わって来た。


「だからこそ、クリス。君が無事だったのは喜ばしいよ。しかも二体も出て、学生だけでなんて。ああ、君は本当に凄い」

「いやいや。凄いのは私じゃなくて二人の――」

「そう。勇者候補である彼女と、新入生のホープと言われるユーリィ君。二人はわかるんだ。だが……君は違うだろう?」

 三人はクレインが何が言いたいのか理解出来ない。

 だが……クリスに対し好ましくない発言を繰り返している事だけは理解出来た。


 クリスの状況を伝える時もその前も、ずっとクリスに対し心配していたと言いながら嫌味みたいな事を繰り返す。

 そんな小さな積み重ねで、リュエルの我慢が切れた。


「何を言いたいのかわからないけど、クリス君は頼りになった。私達任せでもなく、むしろクリス君がいなければ倒せてない」

「ああ。わかってる。だからこそ凄いと言っているんだよ。クリス、君は本当に凄い。勇者候補と並ぶなんて……尊敬する。どうやってあの怪物を倒したのか、その考え方を教えてくれないか?」

 リュエルはきょとんとした顔になった。

 クリスを認めている。

 なら良かった――とは思わない。

 ならば何故あんな事を言い続けたのか。

 リュエルにはさっぱりわからなかった。


「倒し方は良いけど……ぶっちゃけこれ使っただけだから」

 そう言ってクリスが取り出すは『エナリスの愛』。

 聖水代用という事もあってゾンビ相手に非常に良く効いてくれた。


 これがなければより長期戦となっていただろうし、それに伴いリュエルとユーリは病気になっていた可能性が高い。

 もしくは、どちらかがミスをしてリタイアしていた可能性も。


 多少無理が出来たのは、エナリスの愛が使えたからであった。


「……聖水が通用するというのは、どうして?」

「え? そういう物じゃない?」

「そうか。いや、すまない。あまり聖水とか使わないから。……そうだな。せっかく勇者候補なんだ。俺ももう少し使ってみようか」

「それが良いと思うんよ。ホワイトアイの聖水だったら治癒関連に強いし便利と思うんよ」

「ああ、そうしよう」

「うぃ。それでこっちも聞きたいんだけど、先輩はどうやってゾンビ倒したの? こっちはじわじわ削っていく事しか出来なかったけど……」

「ん? 普通にぶった切ったよ。魔力込めて斬れば大体何とかなるから」

 クレインのことばにリュエルは後ろで小さく頷く。


「うーん脳筋」

「ははははは。勇者候補とはそういうものさ。他にも色々聞きたくて」

「あ、こっちももっと情報が……」

 そうやってクリスとクレインは互いの情報を交換しあった。


 お互いに、どこか牽制し合いながら。


 これが攻撃でないなら、クリスは気付かず対処出来なかっただろう。

 だがこれは論戦とも言われる類の攻撃。

 クレインは明らかに、クリスに対し何かをしかけていた。

 そしてそれは……。



 クレインと別れた帰り道、クリスは二人にぽつりと呟いた。

「先輩、私の情報得ようとしてたね」

「そうだな。高潔な人物と聞いていたが……何か裏がありそうだ」

 ユーリもそれに同意する。

 はっきり言おう。

 クレインは明らかに、怪しかった。

 今までも多少怪しいそぶりはあったけど今日は色々事情が違う。


 怪しさをまるで隠していなかった。


「何か闇が深そうな事になってきたねー。ユーリ、深堀は止めるかい?」

「いいや、俺に立ち止まる余裕はない。そっちがギブアップしない限りは俺は進む」

「そかそか。リュエルちゃんも、ついていけなくなったら言ってね。そこで私も辞めるから」

 リュエルは困った表情を浮かべる。

 ついてくれる以前に、リュエルはぶっちゃけ状況についていけていなかった。


「……えと、クレインを斬れば良いの? それなら封印これ外すけど?」

 きょとんとした顔でそう言い放つリュエルを見て、ユーリは小さく溜息を吐いた。

「うちのチームブレーキぶっ壊れすぎだろ。リュエル、斬ったら駄目だ。少なくとも……今はまだ……」

 そう、今日の態度は露骨に怪しい。 

 それは間違いない。

 それでも、クレインが今回の騒動で黒幕の可能性や限りなく低い。

 仮でも何でもクレインは勇者候補であるからだ。

 そんな事をする理由がない。


「それでユーリ、この後はどうする?」

 クリスの質問を聞き、ユーリは少し考えてみる。

 思ったよりもヤバい話の可能性が出て来た。

 だから足場を固める意味も込め、話を元に戻す。

 つまり……。


「二人は授業なり訓練なりしててくれ。俺はあの三人ともう一度話をしてくる」

 その言葉に二人が頷いたのを見て、ユーリはさっそく彼らを探しに向かった。



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