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もふもふ元大魔王の成り下がり冒険譚  作者: あらまき


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死霊術


 その日の授業は、持久走だった。

 とにかく走れ。

 ひたすた走れ。

 才能も能力も知恵も何もなくても、その足だけは役に立つ。

 そんな理屈で、生徒達は血反吐を吐くまで走らされる。


 言っている事に間違いはない。

 だが、スキルシステムに比重を向く学園としては珍しい考えではあった。


 スキルシステムは効率良く技能を取り入れ出来る範囲を広げ、冒険者としてのステップアップを行う事を主軸に置く。

 故に、スタミナといった要素を敢えて鍛えるという発想はしない。

 もちろん、あるに越した事はないのだが、他の技術を上げる時の副産物で十分という風に考える教師は少なくない。


 だけど、走るという事は確実に生存率に影響する。


 走り続けるというのは相当過酷な訓練でもある為、受ける生徒は少ない。

 生徒の比率を見るとその内情は非常にわかりやすい。

 持久走の授業を敢えて受ける生徒なんてのは大半がBクラスで続いてCクラスがちらほら。

 反面AやDはほとんどいない。


 効率とかそういう事を好む生徒にとっては無駄が多く、努力とか根気が好きな生徒には必須。

 良くも悪くもそういう授業であった。


 クリスはこの授業を受けた事を後悔していた。

 しんどいとか苦しいとかではない。

 むしろその逆。

 

 クリスの肉体はぬいぐるみ系であっても一応は獣ベースであったらしい。

 つまり、走る事に適した肉体。

 そしてその特質は持久走と非常に相性が良かった。

 だからまあ、残念ながら数時間程度なら疲労など関係なく走り続けられそうだった。


 何となくおかしいとは思っていた。

 最初の頃は数キロ歩くだけで筋肉痛で倒れていたのに、一週間もしないうちに足の方は全然余裕になった。

 早くは走れないが疲労はほとんどなくなった。

 筋肉痛はあるものの、短距離ダッシュとか素振りとかの影響で、早朝ジョギングはもはやハイキングとかピクニック位の感覚だった。

 あまりにも肉体が走る事に向きすぎていた。


 男女別である為リュエルと会う事もなく、周りの生徒もしんどそうで声をかける事も出来ない。

 つまるところ……クリスは暇をしていた。


 いっその事無理してダッシュを繰り返すか。

 だがそれだと今度は逆にすぐ倒れてしまう。

 持久行動に向いているだけであり、クリスの体がへっぽこな事に変わりはないのだから。


 とは言えこうしてだらだら走るだけだと散歩と変わらない。

 そんなこんなでもやもやと考えていると……。


「随分と面倒な事件に巻き込まれたみたいだね」

 後ろから声をかけられ、クリスは走りながら器用に振り向く。

 そこに居たのは同じクラスのアルハンブラだった。

「あら珍しい。体力作りです?」

「いいや、君と話そうと思ってね。授業が終わるまでは邪魔しない様にと思ったが……大分暇そうだから声をかけたみた。迷惑だったかな?」

「まさか。アルハンブラは余裕そうだね。持久走得意?」

「いいや、見ての通りさ。自慢じゃないが体力には自信がない」

 そう言ってやれやれと苦笑してみせた。


 アルハンブラは別に華奢という訳でもなければ巨体という訳でもない。

 良くも悪くも中肉中背で、そして中年。

 ナイスミドルなお鬚のおじさまである。

 経験豊富な中年であるのだから当然、体力はなかった。


「そか。バレない?」

「その時はその時さ。それで、暇なら走りながら少し話でもどうかな?」

「うぃ、喜んでなんよ」

「じゃあ、少しスピードアップしようか。周りから声が聞こえない様に」

「うぃ」

 そうして彼らは、マラソンとは思えない速度でそのまま飛び出していった。


「……すげぇ。中年のおっさんとぬいぐるみがだべりながら高速で並走したまま消えた……」

 そんな声がどこからか。

 生徒の大半がその不思議過ぎる光景にただただ茫然とした。




 自然が増え、周りの生徒の数が減った辺りでクリスは口を開いた。

「それで、どういうお話?」

 彼は善良であると同時に効率的な人である。

 無駄な事は一切しない。

 その、良くわからない拘りのギャンブルを除けば。


「ふむ……そうだね。では結論から単刀直入に。君のかかわったゾンビはネクロマンスの技術が使われた痕跡があったと」

 クリスは耳をぴくりと動かした。


『ネクロマンス』

 それは死者や霊を利用する術式。

 一応は魔力を使う為魔法の範疇に入るのだが、魔法使いがそれを受け入れていない為ネクロマンスは魔法ではなく『死霊術』という専属のカテゴリーとなっている。


 死霊術をこの学園で学ぶ事は出来ない。

 それは一般的に禁忌とされるからだ。


 便利なではあり、一般的な悪とされる様な代物ではない。

 墓荒らしとかそういう悪しき行為は死霊術とか関係なしに罰せられる。

 良くも悪くも単なる技術の一つに過ぎない。

 それでも、どうしてもネクロマンサーの風評は最悪である。

 そんな風評の為、禁術に指定された。

 ただし、禁術なのはハイドランドと宗教統治国家フィライトの二国だけであり、それ以外の国では普通に使われている。


「つまり、ネクロマンサーが関わってるって話?」

「その可能性が高いと言われているね。ただ……それだけではないが」

「と言うと?」

「ネクロマンスの術式ではなく、ただその技術だけが使われていたらしい。純粋な死霊術ではなく、錬金術やら魔導科学やらの混合技術の結晶。他にも軍事技術やらも入っているらしいが、そちらはあいにく専門外でね」

「……なるほどなー」

「何か思い当たる事でも?」

「やけに強かったんよ」

「どの位か聞いても?」

「んーどう例えるべきか……えとね四文字炎魔法受けても耐えきれそうな感じでかつ、破壊力はアイアンクラブ持ちオーガ位」

「それはまた何とも……。まあ、関係者じゃないからこの位しか情報はないんだ。少しでも役に立てばと」

「ありがとうなんよ。うちの知恵役にも伝えて良い?」

「もちろん。ユーリィ君とはいつか話してみたいと思っている。その時はセッティング頼むよ」

「うぃ。もちろんなんよ! ところでアルハンブラ、聞いて良い?」

「何かね?」

「どうしてそんな事知ってるの?」

 それは疑っている訳ではなく、純粋な疑問だった。


 クリスは巻き込まれた関係者であり、自分が故意に巻き込まれようと動いているからある程度自然と情報が入って来る。

 だけど、ネクロマンスという情報は知らなかった。

 それは学内でもかなり機密度の高い情報だろう。

 それをどうしてアルハンブラが知っているのかと疑問に思って……。


「私が疑われたからだよ」

 そう、アルハンブラは答えた。

「あー。じゃあ、アルハンブラは……」

「そう、私はネクロマンサーだ。まあ、ネクロマンサーでもあるという方が正しいが」

「そか。疑いは晴れた?」

「君は私を疑わないのかい?」

「疑わないよ」

「ありがとう我が友よ。当然疑いは晴れた。それも早々にね。単純な話なんだ」

「と、言うと?」

「私では能力が足りない。方向性も違うのだが、純粋に出力と知識の問題だね。私は死体に干渉する程高い能力は持ち合わせていない。世間で忌み嫌われているネクロマンサー像なんてのは、本物の天才だけで実際は大したものじゃあないんだよ」

 アルハンブラはもう一つの疑いが晴れた理由……教師に仕事を押し付けられて忙殺されていたという事は黙っておいた。


 こなした仕事の量があまりにも多くてアルハンブラが何かをした可能性は皆無。

 授業時間以外はほとんど仕事をして、職員室にも何度も出入りをしていた為アリバイも完璧。

 というか自分の業務の九割をDクラス教諭が押し付けていたという事が今騒動で発覚し、教師はめでたく給料九割カットの刑を受ける事となっていた。


「なるほど。良くわからないけどアルハンブラの疑いが晴れたなら良かった。それとして」

「うん?」

「アルハンブラはネクロマンサーとして何が出来るか聞いて良い? もちろん秘密とかなら言わなくても良いんよ」

「ふむ……そうだね。みだりに話したい訳でもないが、友の疑問に答えたくもある。だから……ぼやかした概要だけでも構わないかね?」

「もちろんなんよ。アルハンブラ先生」

「ふふっ。じゃあ、一つ講義をさせてもらおうか。死霊術には幾つか種類がある。その中でも私が出来るのは魂の呼び出し程度だ」

「それって凄い事じゃないのん?」

 魂の管轄は神の管轄である以上相当高位の能力としかクリスには思えなかったのだが……。

「人の霊ならそうかもね。呼び出せるのは彷徨う虫とか小さな獣の魂なんだ。以前調子が良すぎて大型の鳥類の魂を呼べた事もあったが、それでも精々一メートル程度の物だったね」

「なるほど……なら精霊術に近いのかな?」

「そうだね。若干違うけど共通点はあると思う。出来る事も広がると思うから精霊術は学びたいと思っているよ」

「学ばないの?」

「前提授業が多くて……」

 そう言って小さく溜息を吐いた。

「大変だねー。それで、小さな動物の魂を呼び出してどうするの?」

「色々と用途はあるけど、一般的なのは牙や爪に霊を宿し性質変化させる事かな。簡単に言えばその場で使い切りの武器を作り出せる」

「おおー。漫画みたい!」

「ほぅ。同じ様な事をするコミックがあるのかい? それならちょっと興味あるかな」

「今度持って来ようか?」

「ああ。頼むよ。何か出来る事が広がる様なアイディアがあるかもしれないからね」

「うぃうぃ。さて、そろそろお話はここまでかな」

 終わりの時間が近づいて来たのを感じ、クリスはそう呟いた。

「ああ。そうだね。せっかくだ。競争しないかい? こちらはズルをしていけるけれど」

「うぃ。構わないんよ。ルールは?」

「そうだね……じゃあ、グラウンドまで先に戻った方が勝ちでどうだろうか?」

「うぃ。何時でも良いよ」

「じゃあ、コインが落ちたら開始で」

 アルハンブラは銅貨を取り出し、指ではじいてキィンと小気味よい音を立てる。

 くるくる回る銅貨が地面の石レンガに当たった瞬間――二人は足に力を入れた。


 クリスは身軽な事もありそのぴゅーっと進む高速移動はまるで宙に浮きながらスライドしているかの様だった。

 アルハンブラの方はわかりやすく肉体をばねにしたアスリート的な走法。


 そうして風が巻き起こる様な速度で全力で進み――同着で彼らがゴールした。



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