不安と絶望の種
翌日、クリスがリュエル、ユーリと共に作戦を開こうとどこか軽食がつまめる場所を探していた時の事だった。
「ジーク・クリス。待ちたまえ」
呼びかけられ振り向くと、そこに懐かしい顔がいた。
相変わらず取り巻きを連れて、金持ちの馬鹿ボンみたいな事をしている男。
彼の名前はラウッセル。
ラウッセル・ド・リディア。
こう見えても武闘派であり、立派な魔法使いである。
ちなみにリュエルは彼の事が嫌いである。
クリスのお気に入りの一人であるからだ。
「ん? どうしたのラウッセル?」
「尋ねたい事がある」
「何かな?」
「『アレックス・カーナ』という者を探している。知らないか?」
クリスはリュエル、ユーリの方に目を向ける。
彼らは揃って首を横に振った。
「知らないかな。どういう人?」
「クラスメイトで、我が友だ。数日前私と出会ったのを最後に行方不明となった」
「……そか」
クリスはつい、嫌な事を連想してしまう。
だが口には出さない。
その確証はないし、可能性もそう高くない。
それに、口に出すにはその事実はあまりにも絶望的過ぎた。
「見かけたら教えて欲しい。いなくなる訳がないのだ。DやEの様な屑ならともかく、我ら気高きAクラスがそんな気軽には……」
リュエルはイラっとした顔を見せ、ユーリは苦笑いを浮かべる。
貴族にしてはマシな部類であるのは確かだ。
それでも、その見下す考え方が変わる程ではないが。
そうして彼らお貴族様集団とさよならしようとしたそのタイミングで、また別の相手が傍に寄って来た。
男一人で、がっしりとした体格に分厚い皮鎧に大きな剣。
割と典型的な前衛型冒険者の姿をしていた。
ただし、その表情はどこか消沈していたが。
「ああ……あんたらだな。外見的に間違える訳ないし。まあ一応の確認だ。リュエルとユーリィ……って奴らで合ってるよな?」
男の言葉に二人は頷いた。
「そんで、そっちのちっこい獣がリーダーと」
「うぃ、ジーク・クリス。好きに呼んで欲しいの。そちらさんは?」
「ああ、俺は……いや、俺は良いわ名乗る必要がない。ただ礼を言いに来ただけだしな」
「礼?」
「ああ。俺のダチを見つけてくれてありがとうってな」
「ダチ? 別に私達は――」
「クリス、わからないなら黙ってろ」
ユーリは鋭く棘を持って言い放つ。
気づいてしまったからだ。
男は苦笑を見せた。
「構わねぇよ。ダンジョンであんたらが見つけてくれた奴だ。あいつが迷惑かけた」
そこでクリスもようやく気が付いた。
「……それは、感謝も謝罪もいらないんよ」
「いやいや。あの状態のまま誰にも見つかってなかったら本当にアレな感じだろ。だから感謝させてくれ」
そう言って、男は寂しそうに笑った。
「辞めるつもりか」
ユーリの言葉に男は一瞬驚いた後、寂しそうに微笑み頷いた。
「ああ。相棒だったんだよ。二人でならどこまでも……そう思って学園に来て……。だからまあ、もう無理なんだ」
「そうか。惜しいとは思うが……無理も言えないな」
「ありがとう。そう言って貰えるだけで何よりだ。んで、そっちのお貴族様よ。一応先人からのアドバイスだ。覚悟はしておけ。じゃな」
それだけ言って、男は去っていった。
「ジーク・クリス。何か知っているのか?」
ラウッセルは尋ねた。
「……うぃ。あまり詳しくは言えないけど、酷い姿で見つかったんよ」
「そうか……。では先程のはそう言う事か。……失礼する」
ラウッセルはまるで焦って逃げる様にその場を後にした。
信じたくない。
だけど不安に押し潰れそう。
そんな表情で……。
「思ったよりも学園に刻む傷が多くなりそうだ」
ユーリは小さく呟く。
憎々し気に、悔しそうに。
ゾンビ出現の知らせを受け、可及的速やかに学園は調査を始めた。
出現した二体のゾンビがモンスターの類ではなく元人間、しかもその片方は学園生であると発覚したからだ。
また、もう片方は原形をとどめない状態となっていた為確認出来ないが学園生の可能性が高いと推測されている。
両者共に一年どころか一期さえ勤めていない新入生。
であるにも関わらず、まるで数か月放置された様な腐食具合であった。
「それで……その確保したゾンビは今どうなってますか?」
提出された資料を見ながら、学園長ウィードは調査担当の教師に尋ねた。
「ボロボロだった方は回収前に崩壊。後者は……回収後の調査中担当のミスで処理せざるを得なくなりました」
「責めるつもりはありませんが、ミスの内容を具体的に説明してください」
「調査中に暴れ出し、研究員一名が重度の負傷を負いました。それで余儀なく……」
「そうですか。研究員の方はどの程度の負傷を?」
「片腕片足が消し飛びました」
「良く生きてましたね。再起は可能ですか?」
「はい。肉体は復元出来そうですし汚染や毒の問題もありません。精神的なものはどうかわかりませんが」
「そうですか。それで、他のゾンビを目撃したという報告は……」
「調査の結果その様な報告は今のところありません。ただし……」
「ええ、わかっています」
ウィードは資料を机に投げる様に置いて、眼がしらを抑え溜息を吐く。
ゾンビは発見出来なかった。
だがその代わり、今年の新入生の失踪率が著しく高い事が発覚した。
所詮学生である以上面倒だから来なくなったり、金銭含むトラブルで逃げたりというのはざらにある。
誰かがいなくなった事で慌てる様な教師は新人以外いない。
それでも、今年の異常な失踪率の増加を単なる偶然と考えるには状況が出来過ぎていた。
何となく、『今年は空席が多いな』とは思ってはいた。
実際には、過去百年を見てもダントツである。
去年と比べても割合四割は多く、僅か一月で千人以上が消えていた。
しかも、失踪する可能性が限りなく低い高学年Aクラス生徒までもが失踪の対象だった。
ウィードは、それが限りなく露悪的な考えだと思っている。
だけど、四天王としての直感がその可能性は低くないと叫んでいた。
比較増加分、即ちおおよそ『四百体』程がゾンビかそれに準じた何かとなり、学園の奥に隠れているなんて下らないと打破すべき陰謀論めいた考えを捨てる事が出来なかった。
更に最悪の考えをするなら、犠牲者は増加分だけじゃない可能性さえある。
去年までは単なる失踪扱いとなる逃げだした生徒。
教師に隠れ生徒を食い物にしていた盗賊崩れ。
そして、学内に侵入したスパイ。
そういった存在もこの騒動に巻き込まれ、ゾンビの犠牲になっている可能性がある。
もしもそうなら……千を超えるゾンビ軍団が、この学園に隠れている事となるだろう。
もしも一斉にそれが学園を襲えば……。
最悪に近かった。
あらゆる意味でどうしようもない『本当の最悪』にはなっていない事が、ウィードにとって最悪だった。
つまるところ、他の四天王に救援を求める状況にギリギリ届かないのだ。
行方不明が三千を超えていると確定すれば、他の四天王を呼べる。
十万を超えたら大魔王案件ともなる。
そうじゃない。
そうじゃないけれど、学園の対処能力でどうにかなる可能性は低い。
だからこそ、最悪だった。
「学園長。どうしますか?」
調査した教員の言葉。
最終決定は何時だって、学園長にある。
そして学園長の出した結論は……。
「現状維持で。新しい情報が入らない限り何かをする必要はありません」」
「それは……生徒を見捨てるという事ですか!?」
「まさか。他に方法がないんですよ。何か方法がありますか? 生徒の安全を守る方法が」
「それは……生徒を避難させるとか……」
「何十万人という見習い冒険者を首都に解き放って問題がないと思ってるんですか? 良くて首都機能停止、最悪冒険者と言う名の狼藉者を我々の手で処理するハメになりますよ」
そう言って小さく溜息を吐く。
そう、どうしようもないのだ。
発覚した危険度も少なく、最悪を想定しても頼る事も難しく……。
ウィードは絶海の孤島に閉じ込められた様な錯覚を覚えた。
まるで学園内で処理出来るギリギリを狙ったかの様な、そんな思惑さえ感じる程に。
とは言え、それをそのまま放置するつもりはない。
ウィードにって学園長という席は、我が主より与えられし役割は、そんな軽い物ではなかった。
「副長と教頭に連絡を。しばらくの間私の代行を任せます」
「学園長はどうするつもりで?」
「出来る事を」
四天王やヒルデを呼ぶ事は出来ない。
なら……今この場にいる四天王を使うしかないだろう。
そう考えたウィードは、学園長の看板をしばらく下ろす事に決めた。
ありがとうございました。




