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もふもふ元大魔王の成り下がり冒険譚  作者: あらまき


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ただ目線が違い過ぎるだけで


 そのゾンビは動きそのものはそう早くない。

 むしろ遅い方だろう。

 距離を取れば多少の時間が稼げる程度には鈍重であった。

 ただしその代わり、飛び掛かる、腕を振る、噛みつきといった動作は恐ろしく素早かった。


 リュエルは直感と反射神経で回避を重ねていく。

 当たればヤバいという緊張感はあるが、そこまで脅威とは感じない。


 ユーリはリュエル程余裕ではないけれど、人体の構造という制限と槍の距離のおかげで何とかなっていた。

 もしも、槍より短い武器で戦っていたらもう死んでいただろう。


 ゾンビの攻撃力は、想定より遥かに危険だった。

 元の人間がどんなのかわからない程腐食が進んでいてとても強そうに見えないというのに。

 リミッターが外れたとかそういうチャチな差ではない。

 リュエルはかつてオーガキングと呼ばれるモンスターを討伐した時があるが、それの全力に匹敵している。

 単なる爪のひっかきが。


 爪が皮膚にかすっただけでも、おそらく重度の骨折を負う。

 直撃すれば体はバラバラになるだろう。


 そして爪以上に強靭な顎で噛みつかれでもしたらどうなる事だろうか。

 ただでさえ、病原的な意味で恐ろしいというのに。


 だけど、一番厄介なのは耐久力にあった。

 腐り、徐々に体が崩れているというのにどうにも上手く切断出来ない。

 ただ硬いのではなく部位的に硬い部分があるというのが厄介であった。


 ユーリの様な突きによる点攻撃は素通りし容易く貫ける。

 だけど斬撃になると異常な硬度の骨や筋が邪魔をして刃を途中で止める。

 上手く刃を通せないから当然刀身にもダメージがあり、リュエルの剣には短い間に三か所程も刃こぼれが出来ていた。 


 あと、おまけの様に再生する。

 腐り落ちている癖に不死身の様に幾らでも。


 なんとまあ面倒な相手な事か。

 そう感じながらリュエルはユーリの方に目を向ける。


 ユーリの方も同じ様な状況で、戦いそのものは知恵と工夫で何とかなっているが再生力の所為で攻めきれていない様子だった。


 さて、どうするか。

 リュエルがそう思った直後、背後から何かの気配が現れる。

 それが何なのかわかる前に天井で割れる様な音が二度聞こえ、上から水が降って来る。

 避ける間もなく、リュエルとユーリは仲良く全身水浸しになった。

「これは……」


 嫌な感じはなくむしろ心地よい感じ。

 周囲の腐臭も薄れ疲労が軽くなる様な、そんな。

 ただし、口元は何かしょっぱかった。


「海水?」

 そうリュエルが呟いた瞬間、それは現れた。

 薄暗い洞窟の中でもわかる、輝かしい黄金の毛。

 全身もふもふふわふわの、羊よりも毛量の多い不思議生命体。


 つまるところ、我らのリーダーである。

「クリス君!?」

「二人ともお待たせ! 盾役は任せろー!」

 そう言って彼が持っているのは大きな盾。

 一メートルちょいというクリスの体が隠れるには十分な盾を持ち、彼はリュエルに襲い掛かる爪をカバーリングで受け止め――吹っ飛んだ。

 クリスの体のサイズでは、どう考えても受け止めるのは無理であった。


「く、クリス君!?」

 壁に何度も激突しバウンドを繰り返すクリスにリュエルは叫んだ。

「大丈夫!」

 ぽよんぽよんと跳ねながらそう言ってからクリスは再び突撃し、そして再び攻撃を喰らいぽよんぽよんと縦横無尽に跳び回った。

「ピンポールかよ」

 ユーリの突っ込みは、とても的確な物だった。


「それでも私なら無傷でいけるんよ」

 吹っ飛ばされても、壁に何度もぶつかっても、一ミリの傷も負わない。

 クリスの肉体の長所がいかんなく発揮されていた。

「それは良いから状況説明しろ!」

「うぃ。入口で待ってたら依頼人が慌てて来たから突撃した。投げたのはエナリス聖水。感染対策も兼ねての諸々が理由。さあこの危機を皆で突破しよう!」

 そう言うクリスは、とても楽しそうだった。

 ユーリは理解する。

 こいつは助けに来たというよりは、楽しみに来たという方が近い。

 強敵である事にやりがいを感じたのだろう。

「まあ良い。クリス、指示をよこせ」

「私にも」

「うぃ。前衛は私、二人は遊撃で。タイミング合わせて一人に攻撃を絞って。狙いは――その都度指示する!」

 叫び突撃しながら攻撃を防ぐクリス。

 とは言え一度一度で毎回ピンポール化する為、防げる攻撃は三回に一度程度の為盾役としては少々頼りなかった。


「……オーライ。まあ、従いましょう」

「あ、今。ユーリ右ゾンビの左足膝関節」

「はえぇしこまけぇ!」

 叫びながらもユーリは左ゾンビからぐるっと回り、後ろから膝を狙い槍を放つ。

 ギリギリとは言え、狙ったあたりには突き刺さった。

「次、リュエルちゃん同じ場所よろしく」

「うん」

 無表情のまま、リュエルは斬撃を放つ。

 今まで違い、盾役がいるからこそできる防御に向ける意識を全て捨てた、渾身の斬撃。


 激しい金属音の後に、ぼろっと崩れる様に足がもげた。


「そしてその隙に聖水ばしゃー」

 クリスが傷口に聖水をかけると、再生がぴたりと止まり、片足となったゾンビはそのまま地面に倒れた。

 それでもまだ這いずってこちらに近づいて来た。


「んじゃ次は左……いや、もう少し楽にしよう。ユーリ、その槍大切?」

「いや別に、ただし今予備はないから槍で攻撃出来なくはなる」

「うぃ、んじゃ……リュエルちゃん、右ゾンビ切り上げながら吹き飛ばして、なるべく派手に」

 大分難しい注文だったが、リュエルは特に気にもせず言われた通り剣でゾンビを掬い上げ、天井付近まで飛ばしてみせた。


「ユーリ、投槍で壁に貼り付けて!」

「狙いは!?」

「心の臓をつらぬけー!」

 いけーと手を前に出すクリスに合わせて槍は跳び、壁にゾンビが縫いつけられた。

 ゾンビは壁から抜けようと渾身の力で藻掻いているのに、その場から一ミリも動いていなかった。


「クリス、あれなんで逃げられないんだ?」

「ん? 構造的に無理、後知能が低いから槍を抜くという選択肢がない」

 そう言ってからクリスは聖水の瓶を壁ゾンビにぽいっと投げつけるも、クリスの投げる力が足りず瓶は割れずにこつんとゾンビの頭を叩く。

 すぐリュエルがその瓶を斬り壊し、聖水を顔面に浴びたゾンビは絶叫を上げた。


「これで良かった?」

「うぃ、グッジョブ。これでしばらくは大丈夫と思うから、もう一体の方を処理しよう。二人ともまだ余力は?」

 リュエルは剣を構え、ユーリは小さな槌を構えてみせた。


「良いね。じゃあ……」

 そうしてクリスの指示に従い、もう一体のゾンビも処理を終える。

 教師が救出に来たのは、その僅か後の事だった。




 地上に戻ってから先に離れた三人から安堵の気持ちと感謝の言葉を貰った後、ユーリとリュエルは個室にて質問攻めにあった。

 彼らに悪い点は一切ない。

 多少看板を越えて入った部分はあるが、緊急時故に問題はないしそもそも両者共に実力はもっと奥でも問題がない。

 むしろ今回の騒動による早期対処の部分も評価し活動可能範囲の拡大も学園は検討している位だった。


 ただ、状況が状況である事から真偽探知の魔法が使われ、それぞれ別室でなんて疑われてると感じる程強く質問を受ける事となっていた。


 そんな扱いだったから、ユーリとリュエルはあのゾンビが想像以上に不味い物であると理解出来た。

 とは言え、戦った感覚から何となく理解出来ていた。

 あれはモンスターの類ではない。

 あれは、人の成れ果てであると。


 そうして二時間もの間の拘束を終え、学園から正式な感謝を持って、ユーリとリュエルは解放されクリスと合流した。


「おつかれー」

 クリスは二人にぱたぱたと手を振り、トレーに乗ったジュースを差し出した。

「ありがとう、クリス君」

「ああ、助かるよ。喉は渇いていたんだ」

 そう言って二人はジュースを受け取り、口を潤す。

 質問攻めにあっていた上にあの緊張した空気の所為だろう。

 喉が、想像以上に渇いていた。


「クリス、そっちは問題なかったのか? まあ、途中からの合流だから大した事は聞かれてないと思うが」

「うぃ、こっちはただの説教だったから」

 ユーリは怪訝な表情を浮かべた。

「説教? 何でだ?」

「ギルド職員の静止振り切ってダンジョンに突入したから!」

「お前なぁ……まあ、あれで助かったからあんまり言いたくないけど……」

「うぃ。楽しかったんよ」

「楽しかったって……」

「それでユーリ、もちろん首突っ込むよね?」

「はい?」

「え? この騒動に首突っ込まないの?」

「むしろ何でだよ。完全に厄介事じゃないか。そんな事してる余裕俺には――」

「――英雄になる近道だよ?」

 クリスの言葉は、悪魔の誘いであった。


 この事件は、非常に不味い。

 ユーリの勘が完全にそう言っている。

 あのゾンビが何だったとしても、自分が対処出来る範囲を完全に越えた存在である。

 アレがもし町に出たら最低でも二桁、最悪三桁の犠牲が出る。

 ああいうのを処理するのは教師とか軍とかAクラス冒険者とかそういう類の奴だ。

 その上で、裏で何が蠢ているのかわかったものじゃあない。

 最悪の場合学園が黒幕とかもあり得る位だ。


 だから、自分には関係ない話にしよう。

 そう思っている。 

 それはわかっている。


 だが……クリスが言う事も確かであった。

 この騒動は、英雄が解決すべき騒動だ。


「クリス、あんたはどうするんだよ?」

「ユーリとリュエルちゃん次第」

「仮にだが、クリスが誰ともパーティーを組んでなく自分だけならどうする?」

「私に調べる能力はないから、残念だけど諦めるしかないんよ」

 ユーリは絶句した。

 つまりこいつは『能力があれば絶対に首を突っ込む』つもりであった。


「く、くはっ」

 ユーリは嗤う。

 自嘲する様に、呆れる様に。

 嗤うしか出来なかった。


 自分は愚かで、狂っていると思う。

 無能の凡骨な癖に英雄に憧れて、姫を娶ろうなんて誇大妄想に取りつかれた精神異常者である。

 だけど、まだ自分は足りていなかった。


 目の前の獣は、自分なんかよりもっと狂っているのだから。


 愚かなだけと思った。

 幼稚で無知で、それ故に蛮勇なだけと思った。

 だけど、違う。

 今ようやく理解した。

 こいつはそういう枠じゃなく、もっと最悪な方向にぶっ壊れている。

 命の価値を知り、常識を知り、数多くの事を知って、その上でこいつは全ての物事をノーブレーキで突っ走れる。

 こいつが何を考えているのか理解する事なんて出来る訳がない。

 どういう思想、発想、思慮の元動いているのか知る術はない。


 なにせこいつは――純粋な本物の異常者なのだから。


「それでユーリ、君はどうしたい?」

「狩猟祭の準備が最優先だ。それは変えない。だが、その間に調査を進めよう。ワンチャン狙いで。もちろん、手は貸してくれるんだろうな?」

「うぃ、面白そうだから当然なんよ!」

 クリスはびしっと手をあげそう叫ぶ。

 その後リュエルの方に目を向けた。

 誘っているというよりも、どっちでも良いから意思表示して欲しい。

 そうリュエルには感じられた。


「……ユーリの事はどうでも良いけど、その恋は応援しても良いかな」

「恋とか言うな。だが感謝はする」

 そんなどこか素直じゃないっぽい二人の言動にクリスはうんうんとわかってるよみたいな面で何度も頷いた。


ありがとうございました。

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