エゴ
「正直なぁ……全く気が乗らないんだけどなぁ……駄目? はぁ。まあしょうがないか」
アリエスは心底退屈そうに、『能力』について語りだした。
能力と言っているがそれ自体に特別な言葉の意味はない。
技量にて身に着けた技も、自然に身に着いたものも、種族事の特徴も全て能力と言っていた。
だから元々能力と呼ぶ範囲は特に定まっておらず、皆が好き放題の名前で呼んでいた。
同じ物でも嫌いな相手には『呪い』と呼び自分達には『祝福』と呼ぶ位に。
特に地方やら国やらで呼び方がバラバラで、何なら能力の判断基準も適当。
更に言えば、適当だから神託や未来視などといった本物か偽物なのか区別がつかない能力も多かった。
そういった状況が放置されているというのは、複数民族で構築されていた魔族的に非常に困る代物であった。
だから、統一した。
ハイドランドの場合それを全て着任したのはアリエスであった。
「ゲームみたいって声多くなかった? そりゃあそうだ。超! 大! 天才ゲームクリエイターである同時にゲームプレイヤーである私がネーミングしているんだから。というよりもむしろ逆だ。わかりやすいネーミングをゲームにも採用したという方が正しい」
「スキルシステムもですか?」
「いや、あれはまた少し話が変わって来る。むしろ彼の領分だな」
「彼?」
「我らが主で君の友だよ。学園生って事は、君は『魔族弱体化説』については聞いているかい?」
「はい。魔族……というか今生きている生物は昔よりも弱くなっているという仮説ですね」
「仮説……ねぇ」
「何か?」
「いいや、何でもないとも。その仮説に抗おうと考え冒険者の底上げの為に生み出された物の一つ、冒険者育成法こそが『スキルシステム』だよ。私と彼の合作のね」
「なるほど……」
「少し話がズレてしまったね。それで、知りたいのは彼の力についてだったかい? 何を知りたいのかね?」
「あ、はい。今の彼にどんな特殊能力があって何が出来るかです」
「それと、彼本来のオリジンの特異性についても。我々の物と明らかに異なるあの黄金の魔王の力は一体何でしょうか?」
それまで口を噤んでいたヒルデの言葉にアリエスは若干冷たい目を向けた。
「まあ……良いだろう。未来の我らの同士の為、後ついでにこれも仕事の一つだ」
きゅっきゅっと、アリエスは紙に二つの能力名を書き記す。
あまり綺麗な字ではなかった。
『全知の浄眼(弱体化)』
『黄金の肉体(偽)(仮名)』
「この二つが、今の彼が保有するオリジンの一片だね。黄金の魔王であった頃の遺産と言っても良いだろう」
「弱体化とか仮名とかは何となくわかりますが、この偽ってのは何ですか?」
「ああ。本来の黄金の肉体が封印されたからね。わかりやすくする為にそう付けた。ちなみに名称は正式決定でないから好きに変えられるぞ? もっとわかりやすくもふもふボディにでもしとくか?」
「いえ、別にどうでも良いです」
「そうか。じゃあ一つ目からだ。全知の浄眼は観察眼だ。弱体前は全てを見通すと言われていた」
「全てと言いますと、どこまで?」
「全知の名の通り本当に全てだよ。神の瞳と言い換えても良い。能力、技、魔法あらゆる物を暴く。殺人事件に出せば即座に犯人を見抜き、偽名を名乗っても本名を見透かされる。過去視未来視だって余裕で、それこそ、他者の運命だって見通せただろうね。その気なら。まあ彼はこの能力を極力使わない様にしていたが」
「……嫌っていましたね」
「そう。彼はこの力を忌み嫌っている。だから今どの位使えるかわかっていない。とは言え……あれだけの封印だ。相当の弱体化は見込めるだろう。その証拠に……彼はいつも楽しそうだろ?」
「ええ、そうですね」
「それは良かった。封印に協力した甲斐もあったという物だ。さて……もう一つの能力なのだが……実はこちらには大いに問題があってね」
「大いにですか?」
「ああ。我々封印装置の開発者は皆黄金の魔王と言えばあちらの姿を思い描いた。どちらが彼の本性という事ではなく、両方が彼であるというのに、黄金の魔王という存在に目を焼かれていた。あの姿はそれほどに美しく、そしれ恐れ多いものであったから」
「はぁ……僕は見た事ないからわかりませんが、伝説を聞く限りそうですよね」
「語られる伝説では百分の一にも満たないとも。あの苛烈さはね」
後ろでヒルデはうんうんと後方理解者面していた。
「まあそんな訳で我らは皆あの黄金の肉体こそ封印すべきと徹底した。徹底してしまったのだよ。何かを徹底するという事はそれに集中するという事。即ち……」
一拍おいて、アリエスは最悪の答えを口にした。
「あの能力、封印抜けっぽいね」
てへっと言った顔で、そんな事を口にして……。
「え? ちょっと待って下さい。封印した上で漏れたんじゃなくて、封印出来てなかったって事ですか?」
ヒルデの言葉にアリエスは、再度てへっと舌を出し自分の頭をこつんと叩いた。
「……それは……大分不味いのでは……」
「かなり不味いねぇ。力の一片とは言えそのままな訳だから。と言ってもまあ、正直言えば、現状は放置で良いんだよね」
「何故ですか?」
「好都合な事に、彼自身がまるで制御出来てないから。封印状態の彼はオリジンを扱う能力もへっぽこになてるって事さ。わかりやすく言えば、ものすごく早い馬を持ってるけど乗馬の技術がない状態」
「そういう物なのですか?」
「そういう物だよ。そのオリジンの特徴は物理魔法問わずの優れた防御機能。デメリットは大幅な攻撃弱体化。その程度で収まってくれた。へっぽこな肉体が能力に追いついていない事が幸いして、強力なオリジン程度になってくれた」
「なるほど。……でもそれは逆に我が主にとって相当な不利益なのですは? 必死に素振りをする姿を見ていますが……しかも玩具の剣を……」
「はっはっは。ヒルデ、どうやら君は我らが主の悪癖についてはあまりご存知ないようだ」
「――ご高説お願いしても?」
「ああ、もちろんだとも」
何となく、さっきの一瞬で空気が冷え込んだのをリーガは感じた。
この場から今すぐ逃げたいと本能が叫ぶ位に。
逃げる事は出来ないけれど。
「彼はね……縛りプレイ大好き派だ! この程度の不利など彼にとってはスパイスの様な物に過ぎない。それに自分の成長によって変化する能力なんてゲーマーなら楽しめない訳がない! だからこのままで構わないと思うよ」
「そうですか。理解出来ませんがそういう物と受け取りましょう」
ヒルデはそう言葉にする。
アリエスはぶっ飛んだ思考な上に自分本気な語り部である為、五割理解出来たら良いとヒルデは割り切っていた。
「うむ。そうしたまえ。それで……今度は君からの質問か。『彼のオリジン』と『自分達のオリジン』の違いと」
「ええ。我々のこれも、我が主のあれも、同一の『オリジン』と呼ばれる能力であるのはわかります。ですが、黄金の魔王の力の源と、我らの力が同種とはとても……」
アリエスはじっとヒルデを見た後、わざとらしく、盛大に溜息を吐いた。
「はぁーっ! それを今聞くかぁ。随分と昔説明しようとしたのに別に良いと言った君が。はぁーっ!」
「……その時は失礼しました。名前なんてどうでもと思っていたんです」
「まあ、構わないけどね」
「あの、そもそもオリジンって一体何ですか?」
リーガはついそう口を挟んでいた。
「ふむ。良い質問かもしれないな。まず自分達が呼ぶ根本的なものが何なのかを見つめ直すというのは」
そう呟いてから、アリエスは説明に戻った。
ただし、今度はどこか面倒そうで少し雑に。
『マスタースキル』
種族単位ではなく、個人個人が身に着けた固有能力は全てこう呼ばれている。
そのマスタースキルの中で最も代表的なものが『オリジン』。
他の能力の様に資質や才能、家柄といった要素が一切関係ない。
例え誰であれ、それに目覚める可能性はある。
ただし、『魂』を持つ者に限定されるが。
名の由来は魂の起源。
魂に刻みこまれた記憶が己が肉体に影響を与え、変異を起こす。
力を欲すれば力が得られ、知恵を欲すれば叡智を手にする。
まあ、自分自身の願いが叶う様な便利な代物ではなく、その上大半が大して役に立たない能力と成り果てるが。
欲するのは自分ではなく、魂であるからだろう。
魂を持つ者ならば誰でも扱える可能性があるが、基本的に一定の実力を持つ者しかオリジンは覚醒しない。
魂の階級か、もしくは己の魂と語り合う事が能力発芽の条件であると予測されている。
「さて、ここまでがオリジンの説明だ。私は五百年程前に名称をオリジンに変更したが、それより昔は『アルターエゴ』という名称であった。もう一つの自分、並びに自分の別人格。悪い名前ではないのだが、より広くわかりやすくカテゴライズする為にオリジンに名称を統一した」
オリジンは魂の起源を呼び覚ました力。
だから当然、呼び覚ます場所によって能力は上下する。
即ち魂の『深度』。
浅い所が呼び覚まされたら、浅い能力に。
深い所から呼び覚ませば、より深く重たい能力に。
「つまるところ、違いは深さだ。一定以上の深層に辿り着いたオリジンは『ディープオリジン』と、そう名称した。単なるオリジンとの違いは『制約』という名のリスク、デメリットが内包される事。魂の起源だからね、目覚めたら今度は己が魂そのものに縛られる様になる」
例えば、魂の声が『強くなりたい』であった場合。
それが浅層の願いならただ己の力が強くなるだけだが、深層での願いであった場合は、強くなる為に何かを切り捨てる事を求められる。
もっと言うならば、強くなる為に強さの足枷を捨てる制約が付けられる。
例えば、誰にも支配されず自由に生きたいと願った場合。
彼はその為に自由となる力を持つが、その反面誰かに縛られる事を許さなくなる。
それこそ、誰かに縛られたら『裏切らず』にいられない様に。
強力でありながら制約を持つ。
それがディープオリジンという能力。
魂の声に逆らう事は、誰も出来ない。
ある程度の実力者に拘りが多い理由がこれ。
知らず知らずの内にディープオリジンに目覚めているか、オリジンがより純度を増しディープオリジンに昇華しているから。
「そしてここからは、私も単なる推測だ。深層の更に奥。そこにあるのは魂の核……などではない。『集団的無意識』という言葉は知っているかね? 簡単に言えば魂の集合体だ。己の魂から集団的無意識にアクセスし、そこで己の魂の形を映す。己を理解した瞬間世界をも理解し、そして『世界にもう一人の自分を刻む』。それこそがオリジンの真なる極地、それこそが黄金の魔王の到達した世界。まあつまりそう言う事だよ。……あくまで推測だがね。魂の観測は専門外だ」
アリエスはそう吐き捨てる様に言った。
仮説でしかない意見を出すのは彼女の美学に反するが、それでも他にどうしようもなかった。
オリジン。
ディープオリジン。
そして更にその先……己の魂を霊媒としより魂の集合体にアクセスする。
それが、黄金の魔王が居たと言われる領域。
「……魂の、更に奥……ですか。ありがとうございます。参考になりました」
聞くべき事は聞き、早々にヒルデが立ち去ろうとすると……。
「あ、僕もう少し話があるので先にどうぞ」
そうリーガは口にした。
瞬間、ヒルデは露骨に表情を変える。
その顔は『お前、正気か?』という驚きに満ちていた。
「いえ、ゲームの方についてもう少し話を聞きたくて。始めるにしても色々道具を揃えるのも大変だし高すぎるから、その辺りの相談を……」
「なるほどなるほど! いや、そうだとろう。新規参入の敷居の高さは確かに私も問題と思っている。うむ、そういう話なら他人事じゃあない。飲み物を用意しよう。さあ座って、そして質問内容を考えておくと良い。アドバイスは任せたまえよ!」
先程までとは打って変わってうきうきとした様子で、再びアリエスはその場を後にした。
「……これ以上付き合いきれません。私はこれで失礼します。……最後に、貴方に敬意を持ち、これを置いて行きましょう。耐えきれなくなったら時、飲んで下さい」
そう言って、ヒルデは水筒を置きそのまま扉から去っていく。
「これはありがたい」
そう言って、さっそく水筒に入った水をこっそり一口飲んだ。
アリエスの用意する飲み物が悪いとは言わない。
相当の好意を持って、彼女的には最上位のもてなしをしてくれているのは予想出来る。
ただちょっとばかり、激甘とろとろホットチョコレートは喉の渇きを潤すに適しているとはあまり言えなくて……。
お待たせとばかりに並々に注がれたホットチョコレート(二度目)を見て、リーガはヒルデの気遣いに心からの感謝を覚えた。
ありがとうございました。




