枠を増やす為に
それは本当に、ちょっとした疑問でしかなかった。
何か深い意図があった訳でもなければ本気で知りたい訳でもない。
そんな……小さな疑問。
『結局のところ、彼は今どの様な力を持っているんでしょうかね』
リーガはウィードの部屋で、そう尋ねた。
半ば強制的にウィードの協力者とさせられた彼のそんな一言。
それをウィードは確かに耳にした。
『気になるかな?』
『まあ、そりゃあ気にならないと言えば嘘になりますね』
クリスが黄金の魔王である事。
最強最悪唯一無二たる魔王は割とポンコツであった事。
そして現在は厳重な封印状態となっている事。
そう言う事をリーガは知った。
知りたくもないけれど聞かされた。
だからこそ、その状況に興味が湧いていた。
封印された黄金の魔王は、一体どの位の力を持っているのか。
基本スペックは、はっきり言ってゴミ。
多重封印により身体能力は幼児以下にまで下げられている。
それでも何とかなっているのは彼が意外と努力家であるから。
それと、二つの特別な力による部分。
「ふむ、君にも自覚が出て来ましたか。良い傾向です」
「自覚って何のですか一体……」
「決まっているじゃないですか。逃げ場がない事への自覚ですよ」
リーガは小さく溜息を吐いた。
「さて、その話の前に一つ、しなければならない重要な事があります。聞いて貰えますか?」
「まあ、この作業を止めて良いのなら」
「じゃあ休憩という事で」
リーガは手に持った書籍を机の上に戻し、椅子に座った。
ウィードにとって唯一事情を知る協力者となったリーガは、こうしてよく機密的な情報の整理に付き合わされていた。
「さて、紅茶を入れましょう。銘柄に拘りは?」
「特には」
「そうか。じゃあハーブティーにしようか。胃に優しい奴を。私の為にも……」
そう言って苦笑するウィードを見て、リーガは本日何度目かの後悔を覚えた。
こんなはずではなかった。
最近はそんな風にばかり考える。
別にこの状況が嫌な訳じゃあないし、出世確定の道に入ったとも言えるから将来性も悪くない。
ただ、日々のストレスは尋常な物ではなかった。
「さて……どこから話すべきでしょうか……。まず、君は今の状況をどの位理解しているか聞いても? 私がどこまで話したかの確認も兼ねて」
「えと、今の状況と言いますと?」
「あの方が何故学園にいるか」
「魔王の座を空席にする為……ですよね?」
クリスは追放されたと思っているが、実際は魔王に対しての反乱分子をあぶり出す為。
家の掃除をする為に家主に外出して貰ったというのが現状であった。
そのついでに、自由のなかった彼に自由な日々を送って欲しい。
つまるところ単なるバカンスである。
とは言え……それだけではないが。
「ええ。その認識で間違いはありません。でも……それは目的の半分に過ぎません。そもそも、私達協力者でさえその意図は一致してないのですから」
「へ? どういう事ですか?」
「この件についてで言えば、私達四天王は文字通り『協力者』という間柄なんです。互いに違う思惑や目的があり、その為に協力し合っているに過ぎません」
「例えばどの様に?」
「これは他の四天王の方には内密にしてくださいね」
「わかりました」
「私の場合、今回の作戦に乗っかったのは貴方達の様な有能な不良の為です」
「何ですそれ?」
「六年も学園に在籍し、真っ当な仕事を付かず学園ないでブラブラ。もったいないと思いません?」
「いえ特に」
「私は思うんです。実際貴方なら城のどの勤務でさえ務まると思いますよ。外交だろうと研究だろうと、内政だろうと何でもね」
「買いかぶり過ぎ……ああ、そうか。学園長。貴方の考えは……」
「そう。枠が欲しかったんです。長期学園滞在する様な飛びぬけて有能な人材に釣り合うだけの枠が」
もちろん、国の事を考えての事ではある。
優秀な人材を取り入れる事でハイドランドはより強固となるだろう。
そうウィードは信じている。
だけと、それだけでもない。
彼は本当の意味で、学園の長であった。
「と、こんな風に私はその様な意図を持って今回の事件に協力しました。城から不穏分子や無能を追い出すのはそれだけ私にとってのメリットとなります。ですが、それはあくまで私の意図。彼らの意図も当然別にあるはずです。彼らにとって利益が出る様な意図が。そして……」
「そして?」
「悲しい事に、四天王の中には我々とは正反対と呼べる意図を持った者が紛れ込んでいる可能性が高いです。魔王に反逆するという裏切りの意図を持った者が……ね」
「――それは、ヘルメス様の事ではなくて……」
「仕事が裏切りの彼という意味ではありません。もっと根本的な話です」
リーガの表情が変化する。
おどおどとする少年の様な物から、すっと冷たく鋭い刃の様に。
まるで、自分がその裏切者を殺すかの様に。
「怪しいのは誰ですか?」
「いません」
「え?」
「実の事を言えば、四天王同士の仲は非常に良いです。飲み会なんかもしたりしますよ? ついでに言えば全員心から魔王に忠誠を誓ってもいます。だからそんな訳がないはずなんですよ。でも……」
「でも?」
「情報が外に流出してました。国内どころか他所の国でも追放の話が出て来て、それどころか最重要機密の封印についてさえ知られている可能性さえ……」
「ああ――怪しい人が居る訳ではなく、状況から……」
「そうです。私達以外に知り得ない事が漏れるので、そう言わざるをえません。少なくとも、四天王に近しい人物が……」
「ふむ……。学園長、一つ聞いても?」
「何ですか?」
「ヒルデ様という可能性は――」
「ありません」
「断言しますね。何か証拠が?」
「いえ。証拠はありません。でも……」
「でも、何ですか?」
「……うーん。ちょっと言語化するのが難しいですね。例えば、私達四天王は我が主に忠誠を誓っています。少なくとも、私はそのつもりです」
「ええ、そう見えますね」
「ですが、もしあのお方が『今すぐ首を刎ねよ』とおっしゃれば、きっと迷います。準備の時間を貰う事を頼み、縋ります。どうしても残った後の事を考えてしまいますね。恥ずかしい事に」
「迷うって、首云々ではなく後の事なんですね」
「当然です。命令は絶対ですから。でも、彼女は違います。彼女は、ヒルデ・ノイマンなら一切躊躇いません。何の躊躇もなく、迷う事もなく、即座に己の首を落とします」
「そんな馬鹿な」
「いいえ、確実にそうします。彼女にとって黄金の魔王とは全て。それ以上にもそれ以下でもないんです。これは四天王共通見解と思っても構いません」
そう……彼女が黄金の魔王を裏切る事はありえない。
彼女は己のどの感情よりも魔王に対してを優先する。
ヒルデは他人の事が、特に有象無象の事が嫌いなのに国政を行っている。
それは黄金の魔王にそう託されたからだ。
彼の命令は、頼みは、あらゆる個人的事情より優先される。
ヒルデにとって黄金の魔王とは世界であり、同時に己の物差しでもある。
だからこそ、裏切らない。
いや、彼女は裏切る事が出来ないと言っても良かった。
「さて、少し話を纏めましょう。今回の我が主の『追放劇』に関して、明らかに重要な部分の情報が外部に漏れている。下手すれば計画そのものが頓挫する程に重要な物がです。今は我々四天王で出来る限り握りつぶせているが……もしその下手人が四天王であったのなら……」
「まあ、情報封鎖はどこかで確実に破綻しますね」
四天王に裏切者がいる可能性が高い。
そういう情報を、リーガは受け取った。
ウィードの思惑通りに。
「うん。それだけ覚えておいてくれたら良いです。さて、話を戻しましょう」
「え?」
「おや、本題を忘れたのですか? 君から言っていたというのに」
「もしかして……彼の力について地続きの話だったんです?」
「当然です。君の疑問に答える為に、この様な機密性の高い重要な話をしなければならなかったのですから」
「あの……凄く嫌な予感がするのですが……」
「いやなに大した事じゃあないですよ。ただ、オリジンとかそういうのに『詳しい人』が知り合いにいるってだけで。だからちょっと聞いて来れば良いんじゃないですか? ええ」
ニコニコとした顔で、ウィードはそう提案する。
それが提案ではなく命令である事がわからない程リーガが愚鈍であったのなら、きっと彼は今ここに居なかっただろう。
そう思うと、リーガは自分の有能さと好奇心旺盛さを、ほんの少しだけ憎んだ。
ありがとうございました。




