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もふもふ元大魔王の成り下がり冒険譚  作者: あらまき


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帰るまでがダンジョン探索


 クリス達が今進んでいる道は一方通行という訳ではなく、左右に分かれた道も何度かあった。

 ただし、分かれ道の度に看板が置かれており、看板のある方には入るなと事前に厳命されていたから、実質的な一方通行となっているだけで。


 現時点で見かけた看板は赤、青、黄色の三色。

 看板の見方まではわからないが、おそらく危険度だろう。


 そうしてしばらく看板のない初心者コースの道を進んで、若干だが道に変化が生じてきた。

 壁沿いの地面に苔や植物が生い茂り茶色の世界に若干の緑が浸食していた。


「ふむ……これはー良くないねー」

 クリスはそう、ぽつりと呟いた。

「何か問題が?」

「うぃ。少しずつ人が歩きにくい環境になっていく。植物が増えて来る。その理由は……」

「理由は?」

「終わりが近い」

 植物が多いという事はまあ、そういう事となる。

「ああ……。まあ、そうだよね。結構歩いた訳だし」

「うぃ。そしてついに来てしまった……」

 クリスは少しだけ寂しそうな顔で、突き当りを見た。


「えっと、確かに奥にある草は効能があって、売る事が出来るんだったかな?」

 そう言ってリュエルは突き当りの下に目を向ける。

 自生しているらしき小さな草がほんの僅かに生えている。

 濁った紫だったり無駄に鮮やかな赤だったりと若干毒草っぽいけど。


「うぃ。でも出来たら採取は止めておくの」

「別に構わないけどどうして?」

「既に荒らされててこれ以上取ったら生えてこなくなりそう」

 これまでここに訪れた冒険者の質が悪かったからだろう。

 草の様子はボロボロで現状でも回復は難しそうであった。


 正直気にしなくても良いとリュエルは思う。

 どうせ毎日早朝とかに植え直しているんだろう。

 所詮ここに来るのの大半は冒険者見習い。

 後の事まで考える人の方が少ない。

 とは言え、その優しさもまたクリスらしくて良いとは思うけど。


「それで構わないよ」

「ありがとう。じゃ、帰ろうか」

「うん」

 そう言ってくるっと振り抜いて、彼らの初めてのダンジョン探索は終わった。




 帰り道、ふと小さな違和感にクリスは気付く。

 ダンジョン内である為臆病さが出ているのも理由だが、基本何もないダンジョンだから小さな事が気になるという理由もある。

 そんな理由でふと立ち止まると、別のルート、看板の先から冒険者の姿が見えた。


 二人組の冒険者でこちらと同じ様に帰り道らしい。

 だが、何かがおかしい。

 たったったと駆け足に進み、彼らはこちらを抜かす。

 そのすれ違い様に、彼らはクリスとリュエル両方の顔を見ていた。


 クリスの方は馬鹿にする感じで、リュエルの方は下卑た様子で。


 違和感の正体。

 彼らは明確に、こちらに興味を持っている。

 それも、あまり好ましくない興味を。

 その眼をクリスは知っている。

 それは、貶める為の眼であった。


 リュエルもまたその不快さを感じ取ったらしく彼らに警戒を見せる。

 直後彼らは……クリスを思いっきり蹴り飛ばした。


「クリス君!?」

 まるでボールの様にぽよんぽよんと跳ね、クリスは彼らが来た方の道に転がる。


 リュエルはクリスの跳んでいく姿を見た後、憎しみと殺気を込め男達に目を向けた。

 彼らとは比べ物にならない経験を詰んだ、勇者候補という名を背負った彼女の全力の殺気。


 それは彼らを恐怖に晒すに十分な物で、そして同時に、この場において最も脅威であると認識させるに十分な物であった。


「リュエルちゃん! 後ろ!?」

 クリスの叫びを聞き、リュエルは男達ではなく背後の、クリスの方に向く。

 リュエルの目前に、巨大な狼の咢が迫っていた。




 おそらく、この状況を正しく認識したのは自分だけ。

 リュエルは当然、やらかした男達でさえ状況把握は出来ていないだろう。

 そうクリスは思っている。


 流れで言えばこうだ。

 彼らはこの魔獣をどこからか連れて来た。

 理由は新入り冒険者に押し付ける為に。

 つまり故意の『モンスタートレイン』である。

 そうやって新入り冒険者を魔獣に襲わせ装備品でもくすねていたのだろう。


 本来ならば、最初に狙われたのはクリスである。

 弱く、小さく、そして近い。

 その為に餌として、彼らは蹴り飛ばした。

 もっと言えば、クリスを殺した後リュエルを辱める意図もあったのかもしれない。

 彼らのあれはそういう目だった。


 彼らの誤算はリュエルの戦闘力と怒り。

 獣でさえも逃げる事を諦める程の戦闘力と脅威さにより、獣は餌でらうクリスを無視し、死に物狂いでリュエルに攻撃をしかけた。

 単なる捕食の為ではなく、死を避ける為の本気の戦いを獣は初めてしまった。


 状況は最悪に近かった。

 リュエルが怒りに我を忘れてしまった事。

 それにより、魔獣の接近に気付けなかった。

 そしてそれに最も気づいているのは口の中の牙の形までしっかり目視出来てしまっているリュエルのはずだ。


 だから――。


 その狼は、巨大であった。

 通常の狼の何倍も大きく、軽く開いた口でさえもリュエルの頭部を丸ごと噛みしめられる程まで開かれていた。

 そんな大きな口が目前まで迫って――がぶり。

 リュエルは恐怖から目を閉じてしまった。


 それは、一瞬の事であった。

 だが……。


「あれ?」

 口を閉じた気配があるのに自分が無傷である事に気付き、リュエルは閉じていた目を開く。

 目の前には……口にすっぽりと入り涎まみれとなったクリスの姿があった。

「……ちょー気持ち悪いんよ」

 クリスはそう呟き顔を顰めていた。


 狼はどこか苦しそうに地面に降り、必死にクリスを吐き出そうとする。

 なんとかクリスを口の中から追い出した後、そっとリュエルの方に向き威嚇しだした。


「や、やべっ! 逃げろ!」

 リュエルの殺気が解けた男達は慌てそこから離れていった。


「この辺りに『ドート・ウルフ』とは珍しいね」

 クリスはそう口にする。

 ドート・ウルフ事体は割とポピュラーな魔獣である。

 ハイドランドの田舎に良く出没し、村を荒らす事から冒険者を呼ばれるなんて依頼は酒場辺りにほぼ毎日来るだろう。

 ただ、ダンジョンに出るというのはあまり聞かないしなにより初心者ダンジョンの一階に現われるというのは少しばかり問題と言える。

 彼らは低級冒険者ならチームで狩る様な、そんなレベルの魔獣だからだ。


 クリスはさっと狼の前に立ち、パンと猫騙しを一つ。

 狼は一瞬驚いた直後、即座にターゲットをリュエルからクリスに移し、爪で攻撃をしかけた。

 鋭い爪がクリスに突き刺さ……らず、もふっとした感触だけが狼に帰って来る。

 クリスは横に跳び、ついでに棒で狼の顔面をぱしっと叩いた。

 子供さえ怯まない弱い攻撃だが、眼に当たったらしく狼は自分の顔を覆い庇う様に痛がった。


「リュエルちゃん。一応聞くけどいける?」

「ただの大きな狼だよね?」

「うん。ちょっと素早くて大きいだけ」

 逆に言えばそれが脅威とも言える。

「じゃあたぶん余裕」

「なるべく傷をつけない様に、楽にしてあげられる?」

「――良いよ。わかった」

 リュエルはそのリクエストを聞き、そっと殺意を抑えた。


 突然、狼はきゃいんきゃいんと、悲しく大きな声で吼えだした。

 目から涙を流し、うろうろとリュエルを探す様に。

 それは確かに、怯えていた。 

 天敵の姿が消えた事に。


 リュエルは足音を消し、静かに狼の方に近寄って、そのまま上から心臓目掛け突きを放った。


 肋骨をすり抜け、丁寧に。

 血の一滴さえも零さない、鋭すぎる一撃。


 狼はびくんびくんと痙攣した直後、そのままぱたりと息絶えた。


「見事な二撃だね」

 そう、一撃ではなく二撃。

 痛みを消す為の麻酔代わりの一撃目と、心臓を破壊する二撃目をリュエルは放っていた。

「牛の時にちょっとね」

 つまり捕殺の技術である。

「なるほど」

「それで、これどうするの? 一応出来るだけ傷付けない様にしたけど」

「ちょっと待っててくれる? 台車貰ってくるから。ついでに事情も説明しないと」

 そう言ってクリスはぴゅーっとその場から走り去っていった。


「……時間、大丈夫かな」

 リュエルは小さく呟き、腕時計の方に目を向けた。




 しばらくしてから、クリスは台車を持った不良巫女を連れ戻って来た。

 不良巫女は完全に目が金になっていた。

「……まあ、その方が信用出来るか」

 小さく呟き、リュエルは溜息を一つ吐いた。

「おまたせただいま」

「おかえり。それでクリス君。状況は?」

「うぃ。モンスタートレインの主犯二人を彼女がボッコボコにして捕縛。鮮やかな手際だったんよ」

「そんな褒めないでよ。照れるわ」

「いやいや。ワンツーからのアッパーカットで一人昏睡させた直後にみぞおちミドルキックで昏睡は見事としか言えないんよ」

「よせやい」

「……巫女としてそれで良いの?」

 ジト目でリュエルは尋ねた。

「不良巫女って言ってるでしょ。そもそも信心なんざ持ち合わせてもないわ。さ、時間が惜しいからさっさと運ぶわよ」

 不良巫女はひょいっと巨大な狼を台車に乗せ、そのまま運び出した。


「それでこれだけど、ドート・ウルフの毛皮ってそこそこの値段がするんよね」

「ああ……。もう何となくわかった」

 リュエルは銭の目になり今運んでいる彼女の理由を理解した。


「勝手に決めた事謝るんよ。ごめんなさい」

「別に大丈夫。クリス君に任せるよ。それに……うん。正直文句言えない」

 推定百キロを超える狼を軽々と持ち上げ、舗装されてない土の道を鼻歌混じりで台車で運ぶ。

 同じ事が出来るかと言えば、リュエルには出来ない。

 正直身体能力化物としか言いようがなかった。

 それはもう十分、分け前を貰うだけの仕事と言えるだろう。


「ちなみに毛皮の販売料金の一割を彼女、一割を私、残り八割がリュエルちゃんって考えているんよ」

「半分こで良いよ」

「ほとんどリュエルちゃんの手柄だし」

「危ないところを助けられた。視界を潰して貰った。むしろクリス君の方が多くても文句は言わないよ。それはそれとして命のお礼は返させてね」

「気にしなくても良いのに……。仲間なんだから」

「そう。仲間だから、半分こで良い。ううん。半分が良いの」

 言ってから少し照れ臭くなり、リュエルは困った顔を見せた。


「青春ねー。まあ、そういう事なら提案良いかしら?」

「ん? 何何?」

「私に二割であんたら四割ずつ。代わりに私がこれ以降の面倒な事全部やったげるわ。売り先探すまで含めてね。見ての通り強欲でね、高く売るのは得意なの。損はさせないわよ?」

 クリスとリュエルは顔を見合わせ、揃って頷いた。

「じゃそう言う事で」

「ええ、まかせんしゃい!」

「あ、だけど解体はリュエルちゃんにお願いしたいんよ」

「へ? まあ仕事が減るから別に良いけど……どうして?」

「むしろこっちが本命なんよ!」


 きりっとした顔でクリスは元気良く声を出す。

 その意味がわからず、リュエルと不良巫女は揃って首を傾げた。




 そうしてトレイン騒動の後始末を色々無視して夜の時間――。


「では、お二人の初ダンジョン記念を祝ってーかんぱーい!」

 ものっそいご機嫌な様子でエールを片手に不良巫女は叫んだ。


 野外にて、ジュージューと大量に焼ける匂い。

 これが、クリスが本当にしたかった事。

 冒険の記念、ダンジョンの記念、二人で初めて倒した獲物記念。

 まあぶ早い話が、ぶっちゃけ焼肉パーティーである。


「ダンジョン記念のパーティーなんて初めて聞くよ……」

 困惑した顔でユーリは呟く。

 ダンジョンに送り出して、図書館で調べものをしていて。

 そうしたら急にクリスが現れて『パーティーやるんよ!』だなんて何もわからない状況からこうして連れて来られていた。


「せっかくのお肉だから」

 何の答えにもなってない答えをクリスは口にする。

 ちなみにドート・ウルフの肉はそれ程美味くはない。

 かと言って不味くもないが。

 例えるなら牛と豚を混ぜ少し劣化させた様な味となる。

 量だけはあるから低級冒険者向けとしては極めて適切だろう。


「俺まで参加しても良かったのか? 無関係だろ?」

「一緒のパーティーなんよ。パーティーに呼ばないなんて選択肢ないんよ!」

「どっちのパーティーの意味かもう訳がわからんな」

「そうよ! それを言ったら私なんて無関係なのに来てやったわ! お誘いありがとうねもふもふちゃん!」

 元気良くナーシャは叫んだ。

「良いの良いの。せっかくのパーティーだから。本当はもっと呼びたかったんだけどね。見つかったのがこれだけ」

「私としちゃそれで良いわ。食い扶持が減るから」

 ゲラゲラ笑いながらそんな事を口にする不良巫女。

 酒を片手に肉を箸で取って。

 今の彼女はその名前が驚く程似合っていた。


「これ、食べきるつもりなの?」

 ナーシャは後ろの肉を見ながら不良巫女に尋ねる。

 ざっと見ても六十キロ分はあるだろう。

 一人頭十キロでもまだ余る。


「そうね……残ったら、持ち帰っても良いかしら? タッパーならあるから」

 ケロッとした顔で平然と、恥も遠慮も感じない仕草だった。

 ナーシャはその答えが面白かったらしく、にやぁとしたちょっと不気味な笑みを見せた。

 彼女もまた、ナーシャのお気に入りに入ってしまったらしい。


 酒も入って周りが騒がしくなっている中、リュエルは一人ゆっくりと肉を食べる。

 ふーふーしてからそっと口に入れ、何度も噛んで。

「どう? 楽しい?」

 横にクリスが来て、ちょっと驚きながらごくんと肉を飲み込んだ。

「ごめん。驚かせちゃったね」

「ううん。大丈夫」

「それでどうかな? 二人での初ダンジョンで、焼き肉パーティーは」

「えと……正直言うと、ダンジョンはあまり」

「そか」

「だけど……今はちょっと、美味しい」

 そう言って、少し照れ臭そうな顔でお肉をお皿に入れるリュエル。


 食べ物の味なんて考えた事はない。

 だけど今日は何故か、この安物の肉が美味しいと感じていた。


「そかそか。良かった良かった」

「クリス君は食べないの?」

「うぃ。私の場合食べ過ぎちゃうからもう少し皆が食べてからで良いかなと」

「主催なんだから遠慮しなくても良いと思うけど……」

「それでもなんよ」

「まあ、クリス君一杯食べるもんね」

 そう言った後、リュエルははっと今の状況に気付く。


 ユーリはナーシャの世話を焼き、茉莉花は酒と肉を必死にため込んで。

 人数が多いけれど二人っきりに近い状況であって、そしてクリスは食べるのが好き。

 つまり……これはチャンスであった。


「じゃあ……」

 フォークに刺し、肉をクリスの前に。

 リュエルとして見れば、これは割と精一杯の勇気に近かった。


 クリスにそんな情緒はないが。

「ありがとー」

 間接キスとか知るかとばかりにぱくっと大口で肉を食べる。

「硬い! それが良い!」

 無駄に嬉しそうにクリスは肉を咀嚼する。

 リュエルはそんなクリスの様子を見て微笑みながら、自分も横で新しいフォークを用意する。


「一緒に食べる方が、美味しいよ?」

 そう言ってリュエルは、さっきまでのフォークと新しいお皿を彼の前に置き、微笑を浮かべた。


ありがとうございました。

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