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もふもふ元大魔王の成り下がり冒険譚  作者: あらまき


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ダンジョンに行こう


「運が良かったな。キャンセルが出て」

 ユーリは彼らに向かいそう口にする。


 案内窓口にてダンジョン参加希望を出した直後にキャンセル発覚なんて持っているとしか言いようがない。

 まあ、遅くても明日には入れたからそう大した事でもないが。


「楽しみ」

 クリスがるんるんとし楽し気な顔を見せると、ユーリは逆に表情を曇らせた。

「……まあ、あんま期待するなよ? 本当に散歩で終わる事も少なくないから」

「うぃ。それもまたお勉強という事で一つ」

「わかってるなら良いさ。じゃ、また明日」

 そう言ってユーリがその場を離れると、クリスとリュエルはユーリと反対方向、ダンジョンに向かう馬車の方に移動した。


 クリスとリュエルが馬車の中に入った瞬間、視線が一気に降り注ぐ。

 半数は興味本位という物だが、もう半分は好意的とは言えない物だった。

 ライバル……というよりもクリスの姿が怪訝に思えたのだろう。


 もう半分の興味もまた、クリスの様子が特異であるからだと予測出来る。

 その位クリスのもふもふスタイルはダンジョンのイメージとかけ離れていた。


 クリスはワクワクした顔で開いている席に座る。

 その隣に、周りからクリスを庇う様リュエルは座った。


「なあ、あんたらはどっちだ?」

 唐突に、何の脈絡もなく背後から声をかけられる。


 その相手に見覚えがあった。

 名前は知らないが恐らくクラスメイトだろう。


「どっちって言うと?」

 クリスは尋ね返した。

「一般ダンジョンか配信ダンジョンかだ。今日は一般ダンジョン配信者お断りデーだから完全に二極化に分かれてるぞ」

「なるほど。ちなみに一般の方だよ」

「そうかい。じゃあ一緒になる事はないな。残念だ」

「残念?」

「ああ、配信の方だったらクラスメイトのよしみって奴で臨時で組んで貰おうと思ってな。今日だけでも」

「それはそれで醍醐味だね。機会があったら」

「おう。頼むぜ。あんたは取れ高多そうだからな」

 そう言って品のない笑みを浮かべた後、その男は隣のパーティーメンバーらしき男との内緒話に戻った。


「……若干だけど、ピリピリしてるね」

 リュエルはクリスにだけ聞こえる様呟く。

 何となくだが、嫌な感じだった。

「むしろこれが普通なんよ。冒険者ってパイの奪い合いだから」

 授業の時は大して自覚がないが、こうして金策に直結すると露骨になる。

 同じ場所で稼ごうとしている以上仲良しこよしでいられる訳もなく、警戒や不審、嫉妬や妬みが横行するのは当然であると言えた。


「なるほど。冒険者の自覚が出たらこうなるって事だね」

「そう、お金は()()()()()って事」

 数名の冒険者はぶっと噴き出し笑う。

 下らなさすぎるギャグだが、この流れでそんな馬鹿なボケが出て来るとは思わなかったからだろう。


「してやったりなんよ」

 そう言葉にするクリスは無駄にドヤ顔だった。




 馬車を降りて最初に感じたのは『随分と賑やかだな』という物だった。

 あの馬車の様に重苦しい空気とか、ダンジョン前の殺伐とか、そういう物と思っていたが実際は真逆。

 雰囲気や空気だけでなく、中央にある巨大なテントや周囲の露店の様子からもまるでサーカスかの様だった。


「ここが……ダンジョン……」

 ぽつりクリスが呟くと……。

「いや、ただの案内場所だ」

 馬車の中一緒だった男はそう口にした。

「そなの?」

「おう。ここでもう一回受付や諸注意の確認、ブッキングしない様多少の時間調整を終えてから、再び馬車に乗り、今度こそダンジョンにていう流れになる」

「なるほど。ありがとね」

「おう。コラボの兼覚えといてくれや」

 そう言って男はクリス達を抜かし、足早に進んでいった。


 クリス達もその後を追う様に大きなテントを目指し歩き出す。

 周りが早足だから急いだ方が良いのは予想出来る。

 だが……露店という名の誘惑がいっぱいで足を止めがちとなっていた。

 曰くありげな大剣とか、ビーズ位の小さな宝石の様な冒険の出土っぽい怪し気な道具。

 やたらでかくてソースの香りを漂させる肉とか、紫色で煙を放つ謎のジュース。

 そんなうさん臭さ満載の代物に興味が惹かれ、少しばかりテントに入るのが遅れてしまった。




 テントの中に入った瞬間、クリスはある人物に目が言った。

 特徴的な赤と白の服装はどの神にも属さない巫女装束なんて非常に稀有な物。

 そんな物を着る人物なんて一人しかいなかった。


「ありゃ。また会ったわねあんたら」

「やぁやぁ。教会ぷり。随分と口が寂しそうだね」

 何時もより険しさ二割増しの彼女の表情を見てクリスはそう言葉にした。

「禁煙タイムなのよ。それであんたらは……まあここに居るって事はダンジョン関係か」

「うぃ。そっちは……」

「アルバイトよ。そうね……あんたら、これから受付でしょ?」

「うぃ。そうだよ」

 彼女はちらっと後ろの方に目を向ける。

 これから彼らが並ぶであろう受付は、既に大量の列を作っていた。

「そうね……ねぇあんたら。丁寧だけど時間がかかるのと、雑だけど早いの、どっちが良い?」

 彼女の提案を聞き、クリスはリュエルの方に目を向けた。

「任せるよ」

 リュエルの言葉に頷き、クリスは面白そうな方を選択した。

「じゃ、早い方で」

「あいよ。んじゃ私が担当しましょう。ついて来て、あとこれ歩きながら書いてって」

 彼女は雑に死亡同意書含む重要書類を投げ渡して来た。




 この場所は学内にある四つの内解放された二つのダンジョンへの案内場……ではない。

 二つだけでなく、学外遠方のダンジョンへの直通馬車も出している。


 要するにここは学園生専用ダンジョンギルドの様な物だった。

 外のダンジョンなら、ここを挟まずに直接行く事は出来る。

 けれどここを挟んでの場合は、何かあった時学園がバックアップをしてくれる。

 他所の冒険者とのトラブルの仲介や、自己責任の範囲外での損失の補填など。


 代わりにここを経由する場合は色々と決まり事を作られたり条件を課せられたりする。

 例えば、学外ダンジョンに向かうならまず先に学内ダンジョンの地下三階に到達する事など。


「後は、今回あんたらには関係ないけど配信機材の貸し出しも行ってるわ。機会があったらあんたらも配信してよ。酒を片手に笑いながら見たいから」

 彼女はそう言ってケラケラと笑った。

「前向きにけんとーします」

 クリスはそう答える。

 出来る事は全部やる予定だからいずれ配信も手を出すだろう。

 どの位までやるかは決めていないが。


「それはそれとして、一つ尋ねても良い?」

「何? 年齢は秘密だけどおしゃけ飲める歳よ?」

「そうじゃなくて、いい加減名前教えて欲しいなって。私はクリス。こっちはリュエル。そちらのお名前なんですか?」

「あー……。不良巫女で良いわ」

「こっちが良くないんよ」

「へいへい。『茉莉花(まつりか)』よ。あんま名前で呼ばれるの好きじゃないからそれ以外で呼んで」

「どうして? 可愛い名前だと思うよ?」

「だからよ。嫌いじゃないけどこそばゆいの」

 そう言って不良巫女は「いー」と口を横にしてみせた。


「まあ嫌がるならおねーさんとでも呼ぶの」

「そうして。ああそうそう忘れてたわ。はいこれ」

 そう言って不良巫女はクリスに何かを投げてきた。

 クリスはそれを受け止め、その正体を確認する。


 それは腕時計だった。


「これは?」

「ダンジョン貸し出し道具の一つ。他にも地図とか薬とか色々あるけど今回はいらないでしょ?」

「そなの?」

「うん。地図が必要な程遠くは許可されてないし、薬が必要な状況になったら戻って来た方が確実。荷物になるだけ」

「じゃあ、これは必要って事?」

 腕時計を持ってクリスは尋ねた。

「制限時間超えたらルール違反だからね」

「あ、そっか」

「ダンジョンに入る前にスイッチを入れて。時間が来たらアラートで教えてくれるから」

「うぃ」

「ちなみに失くすと面倒よ。損失一度目は厳重注意、二度目は反省文、三度目から弁償だから気を付けて」

「随分と甘いね」

「学生ってのはピンキリだからね、下に合わせてあげてるのよ。はいこの馬車に乗って。今行けば予定より一時間は早く到着するから」

 そう言ってから不良巫女は馬車の馭者に何かを賄賂っぽくわざとらしく渡す。

 馭者はそれを受け取ってにやりと悪そうな顔で笑った後、発車する準備を取った。

「馬車、私達しかいないけど、良いの?」

 リュエルは不安そうに尋ねた。

「別に良いのよ。次の発射に戻ってくりゃ。んじゃ、頑張って」

 ひらひらと手を振り、彼女は元の場所に。


 その背を見送るよりも早く、馬車は走りだした。


「ぎょしゃさんぎょしゃさん、さっき何貰ったのか聞いても?」

 馭者はクリスの方をちらっと見た後、煙草を咥えそれを指差した。




 馬車から降りて、今度こそ本物のダンジョンの前に。

 今度は一風変わって地味だった。


 例えるなら、大きな土くれ。

 バケツに土と水を入れて固めた様な外見とでもいうべきだろうか。

 その二階建て相当の土塊に横穴が開いていて、それが入り口となっていた。


 ただ、雰囲気はあった。

 傍に一目で見張りとわかる兵士が立っている事もそうだが、それ以上にその建物。

 単なる土くれなのに、そうであるとわかる存在感がそこにはあった。


 リュエルはダンジョン事体慣れている為大して気にもしていないが、怯える者も少なくない。

 だから心配になりクリスの方を見て……。

「ちょっと楽しくなってきたんよ」

 不安どころかワクワクとしていた。

「流石」

「ん? 何が?」

「何でもない。行こう」

「うぃ」

 そうして彼らは、ダンジョンの入り口に足を進めた。


ありがとうございました。

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