追跡者は
他者から見れば、彼らは共通点が何もないように見えるだろう。
外見も方向性も中身も能力もまるで違う。
クリスとナーシャが一緒に居て違和感を覚えない者はいない。
強いて言えば、姫とそのペット位だろうか、想像出来る関係性は。
だが実際彼らの相性は非常に良い。
ともすればクリスとリュエル以上に。
何故か。
恋愛的な意味?
友情?
能力?
いいや、そうじゃない。
むしろ、彼らはそれのどれもを一切重要視しない。
そんなズレた感性をしているのは、この学園においてクリスとナーシャ位だ。
恋愛的に発展する可能性は皆無で、友情を築く必要もない。
能力に至ってはお互い気にもしていない。
重要なのは、面白いかどうか。
彼らが感じる面白いは一致していない。
クリスは子供の様な純粋な楽しさや浪漫を求め、ナーシャは単純な娯楽も否定しないが安全地帯からワイン片手に愉悦したりもしたい。
内容に差はあれど、面白い事を重視する度合い、そのスタンスこそが彼らの共通点であった。
彼らは話さずともそうであると分かり合えた。
自分達はきっと良い関係性が築けると。
そんな相互理解の末、多少の会話の後彼らは別れた。
ああ見えてもナーシャはエリートのAクラスでしかも魔法使い。
しかも多少先輩であっても同じ一年生であるのなら、忙しくない訳がなかった。
そして二人になってようやく静かさを取りもどし……。
「えっとさ、リュエルちゃんはさ、興味ある?」
ナーシャの背中がしっかり見えなくなってから、クリスはリュエルに尋ねた。
「何に?」
「ナーシャのお家事情」
「あんまり。……何か知ってるの?」
「……うぃ。本当に多少だけど」
リュエルは小さく首を横に振った。
「そう……。でも、クリス君が楽しそうじゃないから別に良い」
「ありがとう」
クリスはそれだけを口にした。
ナーシャと友達になったのは間違いない。
だが、友達程度で深入りしてはいけない話もある。
それ位はクリスにも理解出来た。
騎士国ヴェーダ、その北東にあった雪国の小国の事なんて。
小さな雪の国と言われるそこは三年程前に蛮族に滅ぼされ、そして騎士国ヴェーダがその蛮族を滅ぼし保護した……とされている。
少なくとも、ハイドランドの魔王はそう聞かされた。
だが彼女ははっきりと『クーデター』と言って、しかもヴェーダではなくハイドランドの難民となっている。
クリスに政治はわからない。
ただ……戦争の事だけは悲しい程に理解出来た。
だからこそ、彼女はきっと、大きな使命をその背中で背負っていると考えられたし、彼女は未来に希望を抱いていない事も容易に想像出来た。
クリスとリュエルは面白い事をとても大切にする。
そのスタンスは悪い事ではない。
だが、彼らのそれは悦楽主義とも言える程少々行き過ぎている。
まるで破滅願望でもあるかの様に。
いや、そうじゃない。
彼らはただ、自分の未来を――。
「……彼女の事、考えてる」
リュエルの呟きにクリスは考え事を止め、微笑んだ。
時折見せる勘の鋭い部分が、何故か面白かった。
面白い物好きで他人をおちょくるのが好きそうなんてちょっとサディスティックな趣味があって。
だけどその割には天然が入ってよくおちょくられる側になる。
そんなナーシャは、きっと……。
「きっと、幸せな未来は待ってないんだろうな」
「……どうして?」
同族だから……とは言わなかった。
代わりに……。
「諦めてる様な口ぶりだったから」
そう、口にしてから何かを期待する様リュエルの方に目を向ける。
リュエルはクリスの視線に気づき……。
「クリス君は、どうしたいの?」
少しだけがっかりした気持ちを隠し、微笑んだ。
「リュエルちゃんのしたい様にして欲しいんよ」
それだけを口にする。
大国の陰謀、小国の滅亡、滅びた国の姫の未来の悲劇。
そんなのは全部全部、良くある事でしかない。
少なくとも、黄金の魔王にとってはありふれた日常にでしかない事柄であった。
しばらく歩いてから……突如リュエルが警戒態勢に入った事にクリスは気付いた。
建物の外だが学園内で、しかも人通りが多いという場所にも関わらず。
「クリス君……」
「大丈夫。わかってるから」
そう言って、リュエルの次の言葉を止める。
そう、クリスは最初から気づいていた。
学園内で、自分を追う目がある事に。
むしろここに来て急に追跡が杜撰になったからリュエルにまで気付かれていた。
どうして急にそんな杜撰に尾行になったのか。
その変化の理由をクリスは推測する。
そして、一つの答えに辿り着いた。
「……リーガ先輩が尾行を止めたからか」
今まではおそらく、尾行するリーガに見つかるのを恐れ病的なまでに慎重な行動を取っていた。
だけど、実力者のリーガが尾行を止めたから、そこまで徹底しなくなった。
それはリーガの実力に及ばない相手であるのと同時に、クリスを舐めている相手である事を意味している。
つまり……大した相手じゃない。
「クリス君」
この言葉に続くのは『どうしたら良い?』だと思い、好きにして良いと返そうとたら……。
「――捕えて来る」
リュエルがそうはっきり断言するのは、自分がどれだけ心配され愛されているのか理解していないクリスにとって意外な事だった。
彼は『無能』な男であった。
才能は皆無である為、少なくとも近い未来の内に無能と呼ばれる事となる。
彼には経験があった。
誰にも及ばない苦労と数えるのも馬鹿馬鹿しい程の人を殺した経験が。
だから、一年生である今の段階では彼は上澄みの更にその上に立っている。
だがそれは所詮才能の前借による物。
スタートダッシュが早かっただけ。
もう二、三年もすれば自分が勝てる同期はいなくさえなるだろう。
いや……この学園の育成能力を考えたら。二、三年どころか一年もすれば自分は周りから置いていかれる。
その程度の才能しかなく、その程度の未来しかない。
故に、その男は必死だった。
己が野望を実現する為の道具を、なりあがる為の踏み台を必死に探していた。
男には、何よりも優先しやるべき『目的』があった。
命を賭けるに値する野望があった。
そしてそれは時間が後になる程達成が難しくなる。
自分には目的を達成するだけの自力がないと男はちゃんと理解している。
現実を見れている。
今が、今しかチャンスがないのだ。
まだ自分が上澄みにいて、周りの評価が高い今だけが男にとっての奇跡の時間であった。
これが過ぎれば評価はどんどん下がり、周りに抜かれ、最終的には『サボって成長しなかった』なんて烙印が押される。
そこに気付ける程度の才能しかなく、そこまで考えられる位にネガティブな思考ルーチンを持つ。
それが、その追跡者であった。
男は無能である。
故に、徹底して強者を怯えた。
それ故に、彼は一年生でありながらリーガに尾行を一度も気づかせなかった。
これははっきりいって快挙と言える。
リーガは男と違い、本物の天才でかつ上澄みなのだから。
とは言え……その程度。
リュエルの才能やクリスの目の怖さに気付ける程、男には才能がなかった。
だから、これはその程度の話でしかない。
クリスとリュエルを追跡しながら、男は落胆を覚えていた。
男が探しているのは自分の野望を叶えられる存在、つまり『実力者』である。
圧倒的力を持ちながら自分が有利な交渉出来る相手。
特別な力やコネを持ちながら安定感に掛けた存在。
そういう相手を、男は探し続けていた。
そしてクリスとリュエルに目を付けたは良いが、最近はこいつらでは駄目だと思い始めてた。
彼らは勇者候補のインパクトや外見や破天荒さと異なり、大した実力者じゃない。
男の目にはそう映っていた。
――動いたか。
次の教室に向かう為建物に入っていったクリスとリュエルを追い、時間差で追いかける。
そしてその建物に入った瞬間……ぽんと、背中を叩かれた。
後ろを振り向くと、そこには先程まで自分を尾行していた二人が。
リュエルに持ち上げられというか抱きしめられながら、背を叩いたクリスは微笑んだ。
「こんにちは。とりあえず、どこか静かな場所にいかない?」
クリスの一言に、男は反応しない。
驚きはあったが、更に落胆も強くなった。
彼らに見つかり、彼らに脅す様対峙されても、男は死の気配の欠片さえも感じなかった。
これでは駄目だ。
実力が足りなさすぎる。
落胆というより、それは絶望に近かった。
時間がない。
男が強者でいられるタイムリミットだけでなく、野望が叶うまでの時間もない。
だからこんな奴らに構っている暇はなく――。
「何となくだけど、君の目的は見えたかな」
逃げようとした男はクリスの一言に、つい足を止めてしまう。
すぐに、ただ思わせぶりな事に引っかかっただけと気づいたものの手遅れで……男はリュエルの一撃を受け昏睡した。
ざわざわとした騒ぎの中心にいるリュエルは、困った顔をしていた。
「……思わずやっちゃった……」
クリスを抱きかかえる反対の手に握られた鞘入りの剣、そして倒れる男の姿。
そしてそれらを見てひそひそとする通行人たち。
とは言え、リュエルはあまり反省していない。
見下した目のままあれだけ盛大に背中を見せて走られたら、獣でなくともつい襲ってしまう。
だからこれはしょうがない事でしかなかった。
とは言え、それほど人通りが多くない建物の入り口でぽかりは流石に目立ちすぎていた。
クリスはそんな周りの目線も気にせず、リュエルの腕からぴょいっと降り男を観察しだした。
年齢で言えば二十代前半から後半。
少なくとも、外見年齢はその位。
種族は不明だが完全人間体で魔族。
次に、顔半分を隠すマフラーを奪う。
灰色の髪に落ち着いた顔立ち。
甘いルックスという奴なのだろう。
同時にどこかワイルドさもある。
クリスもリュエルもさほど興味はないから詳しくは知らないが、とりあえず化粧やら何やら手入れが行き届いているからお洒落に関心があるのは理解出来た。
能力的には暗殺者寄りな器用万能レンジャータイプ。
おそらく狩猟経験あり。
まあ十中八九狩人だろう。
視線の感じから、自分に敵意や悪意がある訳でもなく、リーガの様に興味がある訳でもない。
何か条件を満たす相手を探していて、それに引っかかりかけたとかそんな感じと想像出来る。
出来るだけ目を使わずに読み取れる情報は、この位な物であった。
「それでクリス君。どうする? たぶんあまり興味ないと思うから学園に引き渡す?」
リュエルの直感が言っていた。
この男は平凡な男であると。
だが、クリスは首を横に振る。
「ううん。ちょっと面白そうな感じだよ。この人。能力じゃなくて……この人自身が」
楽しい気配……というよりも、トラブルの香り。
そんな物をクリスは嗅ぎ取っていた。
ありがとうございました。




