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もふもふ元大魔王の成り下がり冒険譚  作者: あらまき


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面白きこそなくば世に意味はなく

あけましたおめでとうございます。


どうか今年もよろしくお願い致します。



 彼女の身に纏っているドレスは変わった代物ではなくオーソドックスな物だが、同時にこの場では酷く場違いな物であった。

 動きやすさなど一切考慮していないそれは街中で見る様な物ではなく、結婚式を除けば社交界にでも出なければお目にかかれない。

 しかも意向や細工は非常に細かい。

 金の刺繍や金の小物が使われている事も含めば、それはお金だけじゃあどうにもならない世界の代物であると想像出来た。


 その上で、彼女の容姿はそのドレスの品位に負けていない。

 ドレスに着られる様な事はなく、礼節は当然態度や風格も含めきちんと着こなしている。

 メイドを連れている事に一切の違和感がない気品溢れるその姿は『姫』と表現するのにふさわしい物であった。


 美しい白いドレスと同じ様に、美しく長い銀髪。

 同じ銀でも煌めく力強い銀のクレインと異なり淡く透き通った白銀。


 彼女のイメージは『雪』。

 髪とドレス、そして白い肌からまるで誰も踏み荒らした事のない雪原の様な繊細な美しさを彼女は持っていた。


 何となくだが、リュエルは彼女の正体が予想出来ていた。

 このタイミングでの参加に加え、髪の色とドレスまで白を中心とした姿。

 白を貴ぶ一族の生まれである可能性が高い彼女は即ち……。


「そう、貴方がもう一人の学園の勇者候補ね」

 リュエルがそう言うと……。

「え? ううん違うわよ?」

 彼女はきょとんと、素の表情で言い放った。


 小さな沈黙が流れ、視線がリュエルに集中する。

「自信満々に言ったのに、間違えた……」

 リュエルはしゅんと落ち込みしゃがむ。

 クリスはよしよしとその頭を撫でた。


「なにこの子達おもしろ」

 彼女は心底楽しそうな顔を浮かべていた。

「……あー。えっと、もう一人の勇者候補も男だよと言っておくね。それで、君は誰だい? 少し込み入った話だから遠慮して欲しかったのだけど……」

「ふっ。見てわからない? 姫よ!」

 特に意味もなく彼女はドヤ顔だった。

「知らないよ!」

 クレインは逆切れの様に叫んだ。

「ちなみに自称よ!」

「自称なのかよその外見で!」

「そしてその込み入った話に興味があります! ぶっちゃけ何か楽しそうな雰囲気がしたので突撃しただけよ!」

 クレインは酷く困った顔になった。

「君滅茶苦茶だね」

「何故なら私は姫だから! という訳で面白い話を聞かせて頂戴!」

 ワクワクとした顔の自称姫に無表情のメイド。

 彼らを見比べクレインは困惑と無礼さにイラつきを覚えた。


「別に大した事はないよ。私の勇者候補の資格が剥奪されるって話」

 リュエルの一言に姫のニコニコ顔が、ぴたりと止まった。

「……へ?」

「私の所属していた組織……というか私を飼っていた組織が犯罪の限りを尽くしていた事が露見したから、私の功績を全部剥奪しようとかそういう話」


「……ちょ、ちょっとタイム。……どうしようラキ。話題性ある人達が集まって和気あいあいとしているから、何か面白い話してると思ったのに……面白いどころか大分重たい話みたいなんだけど」

「知らないわよ。だから私は止めとけって言ったわけだし」

「ちょっと、貴女私のメイドでしょ?」

「いや別に。あんたが着ろというから着ているだけだし」

「こういう時だけ知らんぷりは狡いわよ。二人の責任でしょ?」

「あんた一人の責任だし」

 それは、キャーキャーといった周りの歓声の中でも完全に聞こえるひそひそ声だった。


 そしてしばらくしてから……。


「私の名前はナーシャ。クーデターにて父と母を殺されかろうじてで逃げおおせた亡国の元姫。そんなとても可哀想な身分なのでどうか土下座で完全してもらえませんか?」

 平然かつ堂々とした笑みを浮かべ、お姫様の様にスカートを軽く持ち上げ……。

 そんな優雅に挨拶しながらそんな情けない事をナーシャは口にした。


 リュエルはちらっと、クリスの方に目を向ける。

 何となくだが、わかってきた事がある。 

 クリスは、変な奴が好きであると。


 故に今回も……リュエルの予想通り、遊園地前の子供みたいな目をナーシャの方に向けていた。

 リュエルは嫉妬と憎しみで不機嫌となった。


「……えと、それで……あの、沈黙は困ると言いますか、その……」

 明らかにリュエルが不機嫌になった事を自分の所為だと勘違いし、姫様汗だくで慌てだす。

 後ろのメイドは無表情だが、笑うのを堪え必死に口を閉じていた。


「……クリス君。どうぞ」

「リュエルちゃんは何かないの?」

「どうでも良い」

「そか。ありがとう」

 そんな会話の後、リュエルの代わりにクリスが一歩前に。


「あら想像以上にもふもふで可愛らしい」

 ナーシャはクリスに目を向け、微笑んだ。

「どうもなの。それで一つ質問しても良い?」

「クリス君の質問に答えたら私は何も言わない」

 リュエルはそんな助け船を、不承不承で出した。


「そう言う事なら何でも答えるわ。何かしら、可愛らしいもふもふちゃん」

「レディ、ナーシャ。貴女は恋人か旦那がいますか?」

「うっそナンパ!? 想定外過ぎる! どうしましょうちょっと想像してなかったんだけど!?」

 姫は真っ赤になって叫び慌てだす。

 後ろのメイドは我慢しきれずぷるぷると震え出し、リュエルは明らかに憎しみをナーシャに向ける。

 特にその胸部装甲に。


「あのさぁ! 俺帰って良いかな! ちょっとこの空気に耐えきれないんだけど!」

 クレインは情けない言葉を心の底から叫ぶ。

 こんな情けない事を口にしたのは、学園に入ってからは初めてだった。




 疲れた顔のまま、クレインは去っていった。

 その背中は、酷く寂れていた。


 ついでにメイドも去っていった。

 十分楽しかったからもういいやという言葉を残して。

 そんなこんなで今クリスとリュエル、そしてナーシャは一緒のテーブルで食事を取っていた。


「別に奢るわよ? 私の詫びなんだし」

 もぐもぐとハンバーガーを食べながらナーシャはそう言葉にする。

「別に良い」

 そう言ってリュエルは拒絶。

 というかクリスきゅんへの貢ぎチャンスを潰されたくなかった。


「そ。まあ今の私は金持ちって訳でもないから助かりはするんだけどね。それで……なんでナンパ? 確かに私が綺麗なのは自明の理であり真理でもあるかもしれないけど」

 ふふんと胸を張るナーシャ。

 もちろん、本人は冗談のつもりであるが、それはリュエルの逆鱗であった。

 クリスに対してのアプローチである事に加え、その胸部装甲的な意味で。

「殺すぞ」

 純粋な一言に、ナーシャの顔は一瞬で青ざめた。

「ひぇっ」

「冗談よ。今回は」

「えっ……。今回って何今回って」

「食事中よ。騒がしい」

 リュエルはそう呟いてサラダを口に。


 クリスは彼女達の様子を見て、やっぱり同性だから仲良くなるのは早いなーなんて的外れな事を考えながらナゲットをフォークに刺して食べていた。


「とりあえず、自己紹介から始めましょう。貴方達の事は噂しか知らないから教えて頂戴。私はアナスタシア・ビュッシュフェルト・メイデンスノー。……まあ、今は家名も何もないから単なるアナスタシアさんだけどね。長いからナーシャって呼んで頂戴。もしくは姫様」

「うぃ、よろしくなーしゃ」

「ええ、よろしく。えっと……そちらのお嬢様もそう言う事でよろしいでしょうか?」

 若干こびへつらいながらナーシャはリュエルに声をかける。

 割と普通にビビっていた。


「リュエル・スターク。リュエルで良い」

「ジーク・クリス。好きに呼んで欲しいんよ」

「ありがとう、リュエル。もふもふちゃん。新入生でAクラス。後は……魔法メインな事位? まあ、学園では評価されない魔法ですけど」

 きりっとしたドヤ顔でそんな事をナーシャは口にした。

「ほぅ。興味あります」

 ワクワクした顔でのっかるクリスを見てナーシャは笑った。

「実力があるのに学園は私の特別な力を認めないのよ……というありがちジョークや止めて、私の魔法は外国の術式だからというだけの話よ」

「……クリス君。どういう意味かわかる?」

「うぃ。魔法の式って国によって異なるの。んで学園の魔法のシステムはこの国の物だから、こちらで学びたいなら一から覚え直ししないといけないの」

「なるほど」

 それだけ答え、興味なさげに。

 リュエルの露骨な態度にナーシャは困った顔で笑った。

 好きの反対は無関心。

 ナーシャはリュエルから自分はそうなのだと理解出来た。


 とは言え、今の段階でのナーシャに彼らから離れるという発想はない。

 変わった物が大好きなナーシャにとってこの状況はご馳走以外の何物でもなかった。 

 ちょっとばかし敵意が怖いのと理解がまったく出来ない状況で困惑してはいるが、カオスな状況そのものはむしろ歓迎するのが彼女のスタンスであった。


「ちなみに私達も新入生。だけど悪名高きDクラス」

「まあ、貴方は納得するわもふもふちゃん」

「えへん」

「くすっ、褒めてないわよ。リュエルの方は……」

「何?」

「いえ、リュエル様は態度点でD落ちですか?」

「当たらずとも遠からずかな。まあ良いの。自己紹介はここまでで十分でしょ」

「あっはい。じゃあ本題に入るけど、さっきのナンパは」

「あ?」

 リュエルの凄みにナーシャは無意識で両手を挙げた。

「いえすいません。先程のもふもふちゃんのお声かけの意味はなんでしょうか?」

「うぃ? 大丈夫。ナンパじゃないから」

「あ、そうなの?」

「うぃ。相手がいない人に興味はないんよ」

「えっ」

 ナーシャは硬直し、そしてクリスに対し酷い恐れを向けて来た。


 ――まさかこのもふもふ獣……こんな可愛らしい外見してるのにも寝取り趣味なの!?

 ナーシャは羊の皮を被った狼ならぬもふもふの皮を被ったケダモノに恐怖を感じた。


「えっと……それはつまり、相手がいた方が良いと……」

「うぃ。相手が居ないと誘えないから。ねー」

「ねー」

 平坦な声かつ無表情でリュエルはのっかる。

 ただし内心はラブラブオーラ全開のハッピーモードだが。

 完全に、彼らの意見は一致している。

 つまりそれは二人がグルという事を示していて……。


 ――まさかの強制寝取り趣味な上に、逆美人局!? あまりにも鬼畜過ぎるでしょうこのもふもふちゃん!?

 ガタガタと震えながら、ナーシャは二人を見ていた。

「……ん? どうしたの?」

 クリスは首を傾げ見る。

 その横で、冷たい目のリュエル。


 特に意味はなく、いつもの表情。

 だけど勘違いバイアスかかったナーシャからは『断ったら殺す』というメッセージに見えて……。


「……か……」

「か?」

「勘弁して……下さい。まだお付き合いどころか経験もありません……」

 震え泣きながら、ナーシャはそれだけ口にした。


「……へ?」

「へ?」

 クリスとナーシャ、二人は顔を合わせ首を傾げた。

「……えっと、ナーシャ、どゆことです?」

「相手が居る人が、貴方は良いって……?」

「うぃ。相手がいないとパーティーに誘えないから」

「……へ? パーティー?」

「うぃ。でも相手いないみたいだから残念だけど諦めるんよ」

「……え、あー! あーなるほど。いやそうだよね。最初からわかっていましたよええそんな訳ないって!」

 ナーシャは誤魔化す様に笑いながら、ハンバーガーをぱくり。

 ちなみにそれは本日六個目で、その間クリスはまだ二個目をもそもそ食べている。


「……良く食べるわね」

 呆れ半分驚き半分でリュエルは呟く。

「貧乏生活長くてね、食いしん坊になっちゃった」

「そう」

 興味なさそうにリュエルは呟いて……。

「沢山食べるって良い事なんよ。体は冒険者の資本だから」

「どうでも良いけど私ももう少し食べたくなってきた」

「あ、それならお一つどうぞ」

 そう言ってナーシャは今先程届いたばかりのハンバーガーのお代わり五つの内一つをリュエルに手渡す。


 そしてリュエルは頑張って小さなお口で頬張りだす。

 その態度はどこか褒められ待ちの猫の様だった。


 もふもふわんこと美少女剣士。

 だけどその立場はまるで逆みたいで、リュエルの方がペットみたいだった。


 流石の他人であるナーシャも、リュエルがクリスに好意を持っている事は理解出来た。

 それが異性愛だとは思ってもいないが。

「……可愛い人ね」

「あげないよ?」

 クリスの言葉に頬を食べ物で膨らませていたリュエルは驚き目をまあるく開いた。

「それは残念」

「うぃ。こっちも残念。君が誰か恋人でも居てくれたらパーティーに誘えたのに」

「ごめんね。ま、例え恋人が居ても断ってたけど」

「どうしてか聞いても?」

「好感度が足りない」

「なるほど。それはしょうがない」

 そう言ってケラケラと二人は笑う。

 その横でちょっと苦しそうにしながらリュエルは頑張ってハンバーガーを食べていた。


 ちなみにナーシャが頼んでいるのは『冒険者用肉マシマシ激安ハンバーガー』である。

 外見こそ普通だがパンも肉もこれでもかと圧縮済で、そのボリュームは一個でお腹いっぱいになる位にはある。

 ついでに言えばカロリーに比例し味はむしろ下がっている。

 なにせパンは圧縮により固くパサつき、肉は食感がゴムの様。

 少なくとも、お代わりに頼む様な代物ではない。

 リュエルは苦しさから若干顔を引きつらせていた。


「……今更だけどね」

 ナーシャはクリスに向かいぽつりと呟いた。

「うぃ?」

「パーティーは別だけど、私貴方と仲良く出来ると思うのよ」

 リュエルはその言葉を聞いて噴き出しそうになった。

「うぃ? どうしてか聞いても?」

「そうね……例えばだけど……」

「うん」

「とっても優秀で優れた冒険者と」

「うん」

「頭の上で生卵をリフティングしながらオペラ張りの声量で歌いダンスを披露出来る冒険者。どっちを仲間にしたい?」

「そんなの――後者以外ないんよ」

「そう。私もそうよ! つまりは……面白いって、素敵よね」

「わかりみ」

 クリスは確かに何度も頷く。


 そして、彼らは互いに手を取り握手をしてみせた。

 つまりはそう言う事。

 ナーシャが今回最も興味を持っていたのは、勇者候補であり先輩で人当たりの良いクレインではなく、勇者候補の少女であるリュエルでもなく、面白生態もふもふちゃんのクリスの方。


 学内にいる面白そうな人をチェックするのが趣味なナーシャは、最初から彼目当てだった。

 もふもふした不思議生命体。

 そんなの面白くない訳がない。

 ただ、それだけの理由で。


「あら、本当にもふもふする。痛くない?」

「もっと強くても良いよ」

「あー……これ私のドレスより手触り良いわね。……普通に癒されるわ」

 そう言ってもふもふし続けるナーシャ。

 リュエルからガチの殺気が送られている事に気付いたのは、そこからたっぷり五回はもにもにした後であった。


ありがとうございました。

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