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もふもふ元大魔王の成り下がり冒険譚  作者: あらまき


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エピソード0その3


 魔王というのはただ一人を示す言葉ではない。

 それは言葉の通りで、魔族の王を示す言葉。

 逆に言えば、ただ単に王を表す単語に過ぎなかった。

 魔王の統治方法によって国ではなく地方だったり民族だったりするが、魔族をある程度統べるだけの実力を持てば、それは必然的に魔王となる。

 もちろん、周りを納得させる程度のそれ相応とした実力は必要だが。


『魔王十指』


 即ちこの世界は、十人の魔王により支えられている。

 だけど、魔王という言葉は十人を示す正しい言葉で使わる事は少ない。

 それは、ただ一人を示す言葉として使われる。

 魔王の中に一人、残り九本の指が揃っても決して及ばぬ相手が存在するからだ。

 世界の上に立つ存在、真なる意味での王。

 

 彼らは相対しているのは、そんな相手であった。


 大魔王(アークデモン)ジークフリート。

 クリストフ=ジークフリート・ハイドランド。


 通称『黄金の魔王』。

 真なる意味での調和を意味する黄金、錬金術の究極を表すそれ位しか、この不完全なる世界で彼を形容する言葉は存在しない。


 それだけの仰々しい言葉に納得出来る程、目の前の男は美しかった。


 百八十を超える身長で、極めて男性的な骨格。

 筋肉質ではあるがアーノルドの様に太いという訳ではなく、むしろ細くさえ感じる。

 実数値以上に高く感じる身長にすらっとした長い手足。

 そして最大の特徴は床にまで広がっている長い長い、黄金の髪。

 まるでシルクレースのカーテン様にも感じるし金色の滝の様にも見える。

 人だったら長すぎると感じるそれさえもが、彼にはそれが正しい様に感じられた。

 まるで獅子の鬣の様に、あるのが当然であるとさえ……。


「さて……この後に及んでしまえばもう自己紹介は不要であると思うが、どうだろうか?」

 玉座に座ったまま、魔王は言い放つ。


 ただ座っているだけ。

 それなのに押しつぶされように感じる圧迫感と同時に感じる美しさ。

 まるで絵画の一枚かの様な芸術性。


 そしてそれ故に、酷く不気味に感じてしまう。

 あまりにも、現実味がなさ過ぎるからだ。


 その美しさも、感じる威圧も、醸し出されるその魔力も。

 百倍……いや、それ以上。

 リィンは自分と比べそれだけ相手が強いと推測する。


 どうあがいても、どうしても超えようのない格差。

 種族としての絶対的な違い。


 だからこそ……()()()と確信する。

 百倍程度?

 だったら越えられる。

 自分はちっぽけなただの人間。

 だから自分じゃあどうあがいても勝てない。

 だけど、仲間となら――。


「いいえ。せっかくだから、皆で自己紹介させてもらうわ」

「そうか。ではありがたく口上を聞かせて貰おうか」

 どこか退屈そうに、魔王は呟いた。

「ただし……語るのは実力でね!」

 そう言って剣を抜き、リィンは戦闘を開始する。


 魔王は嬉しそうに笑ってみせた。

 まるで、この一瞬を待ち望んでいたかの様に。


「立ち上がらないのかい?」

 アーノルドは玉座に座りっぱなしの魔王にそう声をなげかけた。

「ん? ああ……その必要も感じなくてね。つまり……」

「立たせてみせろって事だろ! わかりやすくて良い!」

 叫び、そのまま突撃する。


 何も持っていなかったアーノルドの手に巨大な剣が突如出現し、アーノルドはそれを握りしめる。

 二メートルを超える己の身長とほぼ同等で、丸太の様に太い剣。

 剣というよりも鈍器に近い無骨な刃こそが、アーノルド必殺の武器『ロックブレイカー』である。


 ただでさえ巨大な上にそれの刃は高密度にまで圧縮した上何層も重ねたアダマンタイト。

 その重量は一トンを軽く超える。


 そんな頭のおかしな剣を、アーノルドはまるで普通の剣かの様に軽々と振り上げ、叩きつける様な憩いで魔王に振り下ろした。

 重量鎧を着ながら普段通り生活出来るなんて馬鹿みたいな筋力を持つアーノルドだからこそ放てる、圧倒的パワーによる渾身の一振り。

 それに全身鎧の超重量さえも込められ、城でさえ一刀両断出来そうな勢いの斬撃。


 それを……魔王は左手の人差し指と中指だけでぴたっと止める。

 その様子は剣を繊細な割れ物の様に扱っている様だった。


「素晴らしいな。すまない、拍手にて賞賛を示したいのだが、片手が塞がってしまっていてね」

 まるで他人事の様に感嘆の声をあげる魔王。

 それにムカつきはするが、ロックブレイカーは微動だにしない。

 振り下ろす事も振り上げる事も出来ず、指二本だけで完全に拘束されていた。


「……舐めやがって……」

「いいや。侮ってなどいないとも。そうでなければ意味がない」

「うるせぇ! やるぞリィン!」

 アーノルドが叫ぶと、リィンは頷きアーノルドの方に右手を向ける。


 リィンの右手と、アーノルドの体が光り輝いた。


「……ほぅ。これが……」

 それこそが勇者の……いや、リィンの力。


『完全同調』

 信頼する相手の意識と気持ち、すなわち心をシンクロさせる事で一時的に対象の身体能力を増幅させるリィンの切札。

 その絆次第で増幅量は二倍にも三倍にも膨れ上がるというが……。


 先程までは完全に固定されていた剣が、動き出す。

 ぐぐっと、魔王の腕は動き、押しとどめていた剣がその舐め腐った顔に迫って……そして……。


 爆発したかの様な轟音と衝撃が魔王を襲う。

 そしてその果てに、玉座は砕け散った。


 魔王自体に傷はない。

 だけど、魔王はその場に立ち尽くしていた。


「君達を信じていたつもりではある。だけど……まさかこんなに早く()()()()()とは」

「自己紹介位にはなったかい?」

 仲間達の元に戻ってから大剣を肩に担ぎ、構えながら不敵に笑うアーノルド。

 その様子を見て、魔王は笑った。

「ああ。素晴らしい自己紹介だったよ」

「じゃ、次だな」

 アーノルドが片手をあげると、その手とハイタッチしクラリスが前に。


 杖を構え、浅く呼吸を整える。

 静かに吸って、静かに吐いて。

 その呼吸は魔法使いの基礎。

 己の精神を凍えさせ、マナを体に蓄える。

 それが何時でも出来る事こそが魔法使いの基礎であり、そして奥義でもある。

 多重詠唱ではなくその呼吸こそが、彼女にとって最大の長所であり自慢であった。


「仕掛ける前に、一つ尋ねても良いかしら?」

 にやりと笑いながらクラリスは囁く。

 呼吸を整えながら、頭の中で術式を張り巡らせる。

 それが時間稼ぎであると理解している。

 魔法使いに時間を与える事は悪手であるとも。

 魔法使いの一秒は、戦士の五分にさえ匹敵する。

 その位重要な物である。


 わかっていながら、魔王は素直に従った。

 楽しそうに、嬉しそうに。

「どうぞ、レディ」

「この部屋の熱対策は十分かしら?」

「ああ、無論だとも。今日の為にあらゆる対策を取ってある。心配せずとも部屋に潰される事も窒息する事もない」

「そ、だったら安心したわ」

 にっこり微笑みながら、クラリスは今さきほど完成した必殺の魔法を解き放った。


「『練斬業炎舞(ヴレイヴラスト)』!」

 魔王の周囲にて二メートルを超える焔が五つ、爆発する様に燃え広がる。

 その焔は収縮していき、刃の形となって魔王に襲い掛かって来た。


 劫火の爆発が圧縮され炎の斬撃へと。

 一つの呪文でこれだけ多才な動きを見せる事に魔王は「ほう」と感嘆の声を漏らす。


 いや、それだけではない。

 魔法という物は二文字で終わる基礎詠唱を元に発展させていく。

 故に、五文字となると相応に高位の呪文と言えるだろう。


 それを彼女は同時に五つ、一切の誤差なく発動させその上合体までさせた。

 多重詠唱というのは技術を使い熟し、五つの魔法を一つの魔法に集約させて見せたそのセンス。

 そしてオリジナルでありながら完成度と殺意の高い魔法。


 魔王は心の底から賛辞を叫びたかった。


「素晴らしい! ああ、見せてもらったよ。君の魔法(心の式)を。故に、次は私の――」

 動こうとして、そして魔王は気付く。

 自分の腕が、完全に拘束されていた。


 それは魔法であって魔法でない。

 祈りの力を原動力とした神に仕える者だけに許される魔法。

 即ち――。


「悪いですが、貴方のターンにはさせませんよ」

 僧侶ロイアは光の手枷を生み出しながら、そう呟く。

 リィンの完全同調が行われていたのはクラリスではなく、ロイアの方だった。


「……ふむ」

 かちゃかちゃと動かして、状態を確認する。

 単純な手枷というだけではなく肉体の耐久力が下がっている様に感じる。

 それ以上に、魔力が練りにくい。

 強制的に魔力を遮断している様子だった。


「なるほど――。ああ、これもまた悪くない」

 その言葉の直後に、魔法により生じた五つの刃が襲い掛かり……全身に炎が燃え広がった。


 単純な炎ではなく、全てを燃やし尽くす獄炎。

 その炎を受ければ魔王でさえも無事で済む訳がなくて――。


「嘘……でしょ……」

 クラリスは言葉を零す。


 炎が燃え広がる中でも、炭化せず原形が残っている。

 それどころか、炎の中に見えるシルエットはゆっくりとだが、平然と動いていた。


 ぱきんと、何かが砕ける音がした。

 それはロイアの仕掛けた手枷が熱に耐えきれず燃え落ちた音。

 その瞬間、時間が巻き戻ったかの様に炎は急速に鎮火され、その中身が顕わとなる。


 上半身の服が燃え落ち、火傷どころか切り傷一つない無傷の体が露見する。

 鏡の様な白い肌だからこそ、傷なきその美しさが際立っていた。

 産毛一本さえも見えないそれは人と呼ぶよりも陶器と呼ぶ方が近く感じる位であった。


「失礼、レディ達の前には相応しくない恰好だ」

 そう言ってから魔王が手を差し出すと、どこからともなくヒルデが現れる。

 魔王は彼女の手からマントを受け取り、羽織って肌を隠した。


「それで……もう終わりかね?」

 そう尋ねる魔王の目は、暗に退屈を示す。

 だが……彼らの目はまだ死んでいない。

 まだそこに、絶望はなかった。


「小手調べ……って程手は抜いてないけど、本気じゃないよ」

 リィンの言葉に目を丸くさせ驚きを見せ、そしてその驚きは微笑に変わった。

「それはとても素敵だ。ああ、まだ踊ってくれるのだね?」

「ええもちろん。お代は見てのお楽しみって事で、アーノルド!」

「あいよっ!」

 リィンはアーノルドに手を伸ばし『完全同調』を発動させる。

 アーノルドはその怪力で剣を叩きつけて来た。


 魔王は左腕を上げ、その斬撃を阻止する。

 左腕に剣が触れた。

 そのはずなのに、まるで剣戟の様な金属音が流れ鍔迫り合いの構えになってしまう。

 だけど……それでも……。

 小さく出血さえしていないが、それでも確かに跡は残していた。

 細い切り傷を、魔王の左腕に。


「油断してると噛み殺すぞ? 大魔王様よ」

「その様だ」

 アーノルドと魔王は互いに腕力で押し合い、拮抗状態が築かれる。


「次! ロイア!」

 リィンはそう叫び、今度はロイアに『完全同調』を発動させる。

「……この状況で対象を変えるとは彼を見捨て……。いや!? 違う! これは……」

 リィンとロイアの間に絆の光が生まれても、アーノルドの体の輝きは消えていない。


 そう、リィンは一言も、対象は一度に一人とは言っていない。

 ただ、そうであると魔王サイドが勘違いしただけで。


 驚く魔王の表情に、ロイアはそっとほくそ笑む。

 騙されたなと言わんばかりに。

「我らの敵に裁きを……『魔滅(アンテ)の霧雲(フォッグクラウド)』!」

 ロイアの力ある言葉にて、魔王を取り囲む様煙の様な霧が発生する。


 その霧に触れる箇所に痛みが走るのを魔王は感じた。

 鋭い針の様な痛みと焼け付く様な痛み。

 小さな痛みが、じりじりと広がっていく。

 そして同時に強い魔力の喪失感。


 つまり、この雲に触れていると魔力が吸われ毒で体を蝕まれていく。

 悪くない魔法である。

 だが先程の手枷程の脅威ではなく……。


「いや、これは……なるほど! そう言う事か!」

 楽しそうに魔王は叫ぶ。


 答え合わせの必要さえなかった。

 霧に触れているのは自分だけでなく、自分と鍔迫り合いをしているアーノルドも。

 だけどアーノルドは痛みをこらえている様子はなく、それどころか更にその力を増している。


 敵の魔力を吸い取り、そしてその魔力で自陣営を強化する。

 そのついでに痛みと毒で相手の行動を抑制する。

 魔力吸収、バフ、デバフ、全て一つにした魔法。

 呆れる程に我儘で強欲。

 それでいて卑怯で仲間想い。

 これでもかとロイアの性格を表していた。


「最後は――クラリス! 決めて!」

 クラリスと『完全同調』に入りリィンの体は全身が強く輝く。

 三人全員と同調し、三人全員を強化する。


 それだけでなく……リィンはクラリスの魔法を待つ事なく魔王に攻めて来た。


 聖剣による一振り。

 良くも悪くも真っすぐな剣を魔王は開いていた右腕で受け止め――。


「ぐっ!」

 初めて、魔王の口から苦痛が漏れた。


 足が一センチ程、床に陥没する。

 女の細腕と舐めていた訳ではない。


 だが、アーノルドよりも怪力であるというのは流石に予想していなかった。


「なるほど……調和だけではないという事か。流石と言わせて貰おうか、レディ」

「いいえ、私はそれだけよ。仲間がいなきゃなーんも出来ない、仲間頼りの情けない調和の勇者様よ!」

「だがその力は……いや、そうか。そう言う事か」

「そう……私は『完全同調』した相手と同じ力を得る事が出来る。だから今の私は私の大好きで最強な三人に匹敵する力を持っているのよ!」

 純粋な剛剣であるアーノルドの筋力を、クラリスの魔力、ロイアの技術で強化し扱う。


 それが勇者リィンの本気の力。

 絆を結び、誰かの為に生きる事を決意したからこそ、彼女は皆からその力を託される器となっていた。


「そして時間稼ぎも終わりと……」

 魔王は呟き、背後を見る。

 そこには既に詠唱を負え杖をこちらに向けるクラリスの姿があった。


 左腕は戦士アーノルド。

 右腕は勇者リィン。


 僧侶ロイアに魔力は吸われ更に前衛二人がそれで強化され動きは封じられる。


 そこに、全力で詠唱する時間のあった完全同調状態のクラリス。

 単独の段階で五文字詠唱を即時に出来る彼女が何をしてくるか待ち構えると――。


劫火煉獄(ごうかれんごく)!」

 意外な事に、それはオリジナリティもないただの四文字呪文だった。

 確かに四文字も十分高位の呪文だろう。

 だが五文字とは越えられない壁もある。

 オリジナルクラスの五文字と比べるなら、天と地と言っても良い。


 外見も単なる普通の炎魔法。

 だから、魔王も察知が遅れた。

 その呪文『劫火煉獄』は、数ミリのずれもなく何重にも重なっていた。





『200000』

 クラリスが魔法を扱えるキャパシティを数字化したら大体その数字となる。

 完全同調が入ると大体『500000』程となる。


 クラリスは二文字の基礎の下級呪文で『400』程の魔力を消費出来る。

 最小ではなく、最大。

 つまり最大火力を求めた時の最高消費量。

 その火力は下級呪文に特化した魔法使いでさえ稀な程となる。


 これが三文字だと『8000』で四文字だと『160000』、五文字だと『3200000』となる。

 だから、クラリスは多重詠唱を行わなければ五文字の呪文をマックス威力で放てない。


 とは言えこれは多重詠唱や魔力消費を抑える道具や技術も使わずの単純計算でのみ。

 実際はもっと消費魔力は軽減出来るし、逆にマックス威力が放てる程の消費なんてよほど調子が良くないと出来ない。


 多重詠唱を許可するならば『400』×『10』のわずか『4000』消費で詠唱破棄したほぼマックスに等しい威力の五文字呪文をクラリスはぶっぱなせる。

 これがクラリスにとって最大効率である魔法であり、先程放った魔法。


 だけどそれは通用しなかった。

 だから、それよりも強い力が必要だった。


 クラリスは四文字の呪文を選択した。

 これなら、多重詠唱を使わずに放てるからだ。


 四文字と五文字の呪文には越えられない程の隔たりがある。

 しかも四文字の方はクラリスオリジナルではなく既存の呪文である為、使い勝手は良いが火力はそこまで高くない。


 だが、それで良い。

 それで良かったのだ。

 使い勝手の良い呪文でないと、こんな無茶は叶わないのだから。


 やった事は単純。

 多重詠唱の本当の使い方をしただけ。

 多重詠唱とは元々、複数の呪文を同時に放つ技術である。

 そして当然、同じ呪文である方が相性は良い。


 だから、魔力が続く限り、そして魔力が切れても強引にマナを吸い込み限界を超え多重詠唱を重ね続けた。

 遅延術式を利用して完全に魔法同士の位置を重ね、威力が乗算される様に。

 しかも、完全同調を利用して仲間達の魔力までも強引に吸い取って。


 ロイアとクラリスと同調するリィンの魔力キャパのおおよそ半分を横取りし、『約800000』のキャパを全て使う。


 ぶっちゃけて言えば、それは高度な魔法使いの戦い方ではない。

 ただ単に全員分の処理能力と魔力キャパを強引に借り全てを一度にブッパしただけ。

 高度な魔法というよりも脳筋ごり押し側の技であった。


 本来ならば……これだけ多数の呪文並列処理は一個人が耐えきれる様な物ではない。

 その同時並列の処理量によって脳が焼き切れ確実に一人二人は廃人となる。

 それだけの無茶をクラリスはしている。

 だけど、今だけは無茶ではなかった。


 なにせ彼らは本当の意味で、心から繋がっているのだから。

 三人がクラリスを信じてくれているから、四人全員が平等に負担される。

 繋がった絆が、彼らの限界を更に上に押し上げる。

 心が、絆が、理屈を超える。


 だからこそ、彼らは勇者と呼ばれた――。


 あまりの熱に耐えきれず、クラリスの足元の壁が溶けだしていた。

 ヒルデが徹底的に防熱処理したはずの壁が。

 その様子を見て魔王は笑った。

 楽しそうに、耐えられなさそうに、心の底から……。


「素晴らしい! そうだ! ああ、それこそ……良くぞここまでその牙を届けた! よくぞ私の前に来てくれた! ああ、感謝する。心から君達に敬意を込め、感謝を送らせて欲しい! 高らかに、歌う様に!」

 燃える様に熱いはずなのに、クラリスはぞくっとした寒さを覚える。

 どこか饒舌となった魔王は、底知れぬ恐怖を感じた。


「でも、そんな事はもう意味がない! 喰らいなさい! 大魔王ジークフリート!」

 クラリスは狙いを定め、多重劫火煉獄を放った。


 そう、クラリスは狙わないといけない。

 それは火力だけを徹底し高めた物。

 本当の意味での『火の力』。

 かするだけでも火傷では済まない。


 ロイアのフォグには火傷対策の効果も含まれているが、ぶっちゃけ焼石でしかない。

 だから正確に、慎重に魔王を狙っていて……それ故に、クラリスだけは正しく事象を認識した。


 傍に居る人は、魔王が暴れ前衛二人を押し切った様に感じただろう。

 だが実際は、魔王は何故かリィンとアーノルドを庇う様に押しのけていた。

 そして、恐ろしささえ感じる様な獰猛な笑みを浮かべながら、炎の前に自ら立っていた。

 そして、短い詠唱をしている姿を見せて……。


 例えるならば、風船の割れた音。

 そんな音が、聞こえた。

 そして音と同時に……劫火煉獄は魔王の目前で、消滅した。


 比喩でも何でもなく、消滅。

 当たるでもなく爆発するでもなく、その場から消え去って……そして対消滅の余波で、クラリスは吹き飛んだ。

 傍にいる前衛ではなく、魔王と直線状になっていたクラリスが。


「クラリス!」

 リィンの叫びと共に、クラリスは背中を壁に叩きつけられる。

 激痛と共に呼吸が止まり、自分が潰れたアマガエルになった様な錯覚を覚えた。


 完全同調は解けなかった。

 だから、気を失わずクラリスの意識は残っていた。


 だけど残っているのは意識だけで……指を一ミリ動かす事さえも出来そうになかった。


「さあ、次は何を見せてくれる!? 私はここだ、ここに居る! 君達の敵は、アークデーモンは!」

 両手を広げ、叫ぶ魔王。


 それでもまだ、四人が心を折らなかった。

 それだけで、彼らは紛れもなく勇者であった。


 だけど、彼らの決死の覚悟さえもが、時間の問題に過ぎなかった。


 アーノルドには左腕だけを。

 リリィには右腕だけを。

 ロイアはサポーターだから最後の一人となるまで狙われない。

 クラリスには呪文勝負しかしない。


 数分の戦闘の後に、魔王がそういう縛りを己に科し戦っていたと気付いたその瞬間に、彼らの心はへし折れた。

 ロイアの『化物』という言葉を最後に、彼らは投降した。


 これが二百年前の伝説。

 人間は誰も生きておらず、魔族さえも知っている者の少ない真実の歴史。

 そしてその真実は、人と魔族の境目のなくなった今では無用のものでもあった。


 そう……彼らが争うよりもずっと前から、人と魔族の境界線は限りなく薄い物となっていたからだ。

 そして二百年の前のこの日を境に、その境界は完全に消滅する。


 勇者達の命を賭した戦いは、あらゆる意味で無意味な物でしかなかった。

 少なくとも、世界にとっては――。


ここまでお付き合い頂き、真にありがとうございました。

楽しんで頂けたのなら幸いでございます。


これでお話的には一旦の一区切り。

アニメなら一話、小説なら一巻の終わり位になります。


もし気に入って頂けましたなら、良いね、ブクマ、お気に入り、感想等頂けたら励みになります。

ええ、本当に励みになるので何卒よろしくお願います(/ω・\)


そしてここまででとうとうストックが完全に切れましたので、申し訳ありませんが更新ペースが落ちます。

それでも打ち切りやエターにならない様励みますので、どうか長らくのお付き合いの程、よろしくお願い致します。


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