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もふもふ元大魔王の成り下がり冒険譚  作者: あらまき


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エピソード0その1


 それは今から二百年も昔の話。

 勇者という言葉がまだ、正しく意味で使われていた頃。

 即ち、魔王を倒す者であった時代……。


『ここは俺に任せて先に行け!』

 そう言葉にする仲間を置き去りにして、彼女達は先に急いだ。

 己の犠牲さえも厭わない覚悟を持った彼の意思を無駄にしない為に。

 そして同時に、自分達がこの場から離れたら彼に逃げるチャンスが与えられると考えて。


 ここは魔王城、即ち決戦の場。

 ここまで来て誰も犠牲にならず無事終わるなんてのは、スイートポテトよりも甘い妄想だって彼女もちゃんとわかっている。


 それでも、彼女はその甘すぎる夢を願って、ここまで来ていた。


 勇者リィン。


 魔族に支配されんとする人類を救う救世主。

 人類の望みを全て背負われた、哀れなる犠牲者。


 そんな事はわかっている。

 自分達が悪とは言わない。

 だが、絶対的な正義でもない。

 自分はただ政治的に利用されていて、自分の行動だけで世界が平和になる事はないと最初から全部知っていた。

 それでも良いという強い意思があるからこそ、彼女は勇者であった。

 己の行動が平和の単なる一歩となれば、それで十分と。


 三人の仲間と共に、面白楽しく生きながらほんの少しだけ世界を良くする。

 それだけ出来れば十分で、それを心から望んだからこそ、リィンは勇者であった。


 リィンの始まりの同士、最初の仲間は、先程先に行けと叫んだ男だった。

 自らの身を盾とし四天王との一騎打ちに挑んだ『アーノルド』。

 怪力自慢のマッチョで重たい鎧を軽々と操る重戦士。

 ごつくてでかくていかつくて、なんて戦士らしい戦士の彼は意外な事に王子である。

 正しく言えば、王位継承権第一位でありながらそれをかなぐり捨ててこうして決死の旅に来た馬鹿野郎。

 悪い奴じゃないけどただの馬鹿、いや、大馬鹿。


 ついでに言えばリィンに対して『悪いけど……ちょっとタッパが足りない……もうちょっと背とかケツとか成長出来ない?』なんて言って告ってもいないのに振りやがった度を越えた失礼野郎でもある。

『胸がでかいから良いじゃん! 男ってこういうの好きなんでしょ!?』

『いや、バランス悪くね? チビでボインってそれはちょっとニッチ――』

 そんなやりとりの後、勇者渾身のボディブローが炸裂。

 それが彼らの出会いであったのだからもう酷い話である。


 振り返っても王子らしい部分はなくて、本当にいつも馬鹿だった。

 酒を煽って全裸になって捕まった事もあったし、美人だからって理由で詐欺師にひっかかりかけた事もあった。

 そう、最初から最後まで本当に馬鹿で単純で……それでも、彼は誰よりも頼りになった。

 リィンの隣に立ち、庇って戦えたなんてのは、最後まで彼だけだった。


 二人目は、上級レベルの魔法を同時に五つ詠唱可能という魔法のエキスパートであるクラリス。

 彼女程優れた魔法使いはおらず、彼女程実戦に長けた魔法使いも存在しない。

 ちょっとばかり性格に難があるというか……ぶっちゃけネガティブ思考満載で妬み癖の抜けない陰キャであった。

 ただし……それは不気味だからという理由で親に捨てられたなんて環境の所為で彼女自身に悪い部分はなく、むしろその性根は善良そのもの。

 旅に同行する様になってからは頑張って周りに合わせる様になった。

 とは言え……今度は周りに合わせ過ぎて自分の意見を引っ込める悪い癖がついてしまったが。


 ちなみにアーノルドに対して男女の恋愛的な意味で好意を持っており、誰が見てもわかりやすい位ラブオーラを何時も出している。

 わからないのは馬鹿アーノルド位の物だろう。


 そんな彼女も、もうここにはいない。

 魔王城を突撃する際、クラリスは魔物に囲まれながらも己の身を護る事を後回しにし、傷だらけになりながら自分達だけを魔法で強引に跳ばした。

『行って下さい! そして、その希望を届けて!』

 普段口数の少ない彼女の願いは、おそらく最初で最後であろう彼女の我儘は、確かに彼らの胸に届いた。


 そんな頼りになる馬鹿アーノルドも卑屈だけど頼もしいクラリスも、もういない。

 生きている可能性はゼロではないが、限りなく奇跡に近い可能性を願わないといけない。

 少なくとも、この城の中にて彼らの助けを期待する事は……。


 残った仲間は、癒し手の彼、ロイアのみ。

 一応神官ではあるのだが、彼は厳密な意味では神官ではない。

 枢機卿候補とまで登りつけたもののその出自が良くない為に罷免され、あげくの果てにはめられ神官の籍を剥奪され、教会を追放されたからだ。


 勇者パーティーとなった現在では失った名誉も回復し、ロイアをはめた相手も処刑にまで追い込まれ、いつでも教会に戻る事も可能になっている。

 なっているのだが、ロイアは未だ教会に属していない。

 自分を貶した教会が嫌いだから、その教会を苦しめる為だけに要請を無視している。

 要するに、ロイアは嫌がらせの為教会に中指を立て続けていた。


 そう、こいつは比喩でも嫌味でもなく本当に出自が悪く、底意地も性格も性根も悪い。

 外見だけは人当たりが良さそうな上に金髪サラサラヘアーで虫も殺せなさそうなのに、中身はスラム出身野心むき出しド外道鬼畜眼鏡の眼鏡抜きである。

 まあ、悪い奴ではないが。


 そんなロイア以外とは離れてしまった事は不安だが、それでもまだ、リィンは彼ら全員と繋がっていると思っている。

 彼らが傍にいると思えるから、リィンはまだ戦う事が出来た。

「一つ、尋ねても宜しいでしょうか?」

 全速力で走りながら、隣にいるロイアはそう声をかけて来た。

「何? もうすぐラストバトルなんだから何でも言って頂戴。今なら告白もオーケーで結婚の約束までしちゃうよ」

 リィンは冗談二割本気八割でそう言葉にする。


 別にリィンはロイアの事が男性として好きという訳ではない。

 ただ、ロイアがそう望むんなら自分を全部あげても良いと思う程度には信頼しているだけである。

 ロイアだけでなくアーノルドでも、何ならクラリス相手だってオーケーを出す。


 アーノルドも自分の事が好きだというのなら困った話になるが、その可能性は皆無だ。

 あの単純筋肉だるまに恋愛なんて高尚な事出来る訳がないし、そもそも気持ちを隠したりなんて複雑な動きも無理。

 あれは正真正銘、リィンに女性としての興味を持っていない。

 だからフリーであるからロイアが望むのなら貰われてやっても問題ないのだが……。


「あははははそれはもしかして罰ゲームですか? 勘弁してください」

 にこやかに、だけど確かにロイアは拒絶した。

「あんたもそんな扱いかい……。一体私の何が不満というのよ! おっぱいも大きいのに」

「そこしか自慢するところがないのと、慎みがないのと、後性格がアーノルドさんに似ているところですかね」

「訴訟も辞さない。誰の性格が脳味噌筋肉だるまよ」

「似たり寄ったりですよ」

「それは断じて認めない。……それで、告白じゃないなら何?」

「まあ、告白みたいな物ですかね」

「やっぱり私の事好きだったの? 挙式はどこにする?」

「そのがっつき具合が冗談に聞こえなくて本当に怖いのですが……」

「だって……今から別の人と一から関係築くのめんどいじゃん。あんたならどう扱っても問題ないし金も稼いでくれそうだし」

「そういう所ですよ……。その告白ではなく、本当の意味の、つまり罪の告白です」

「……聞きましょう」

 最後の戦いを前にして、後悔をなくす為の言葉。

 それが罪であるのなら、仲間の為リィンは受け入れようと――。


「昨日のお夕飯、リィンさんのからあげ一つ食べたの私です。すいませんでした」

「やっぱり気のせいじゃなかったじゃん! というかいつの間に盗った!?」

「あはははは。という訳で謝罪を。お詫びに今晩はお酒を驕りますので」

「私飲めないよ!? せめてお肉で返して!」

「面白くないので嫌です」

「その性悪どうにかしよう!? ねぇ神父様になるんでしょ!?」

「いえ別になりませんけど? 教会潰れて落ちぶれたあいつらの前でワインを飲むまで私は中指立て続けますよ。信仰は捨てませんけどそれはそれです」

 リィンは小さく溜息を吐く。


 かつて無実の罪を着せられ追放されたロイア。

 それが名誉回復し勇者の旅に同行していたらどうなるか。

 そう……ロイアの国の宗教教団は全て、全世界からの冷たい目を向けられ針の筵状態であった。

 しかも活躍し話題になる旅にロイアはわざとらしく自分の被害を口にし被害者面をする。

 その度に彼の国の教会は悪者にされ、他国の教会からは恥知らずと罵られて……。


 そこそこ長い事一緒に居たけれど、こいつの性格だけは改善する事が出来なかった。

 勇者にだって出来ない事はあるという事である。


「……ええ。私は変わりません。こうして恨みをぶつけ、ときおり姑息な事をして利益を得て、そうやって(さか)しく生きてます。……そんな私をどうして信用してくれているのですか?」 

 ロイアの言葉にリィンはきょとんとした反応を見せた。


 ロイアと最初ので出会いは、ロイアがアーノルドの財布をスったなんて最悪な物だった。

 教会を追放され、何もなくなったロイアは幼い頃親代わりの男にやらされていたその盗みの技術だけが、生きる為の手段であった。


 自分が罪を犯し汚れる程に追放された事が正当化されている様で、ロイアの心は日に日に荒んでいき追い詰められる。

 リィンと出会ったのは、本当に、その心が壊れるギリギリのところだった。


 リィンが彼を信じなければ、きっとロイアは今頃自害していたか世界を巻き込んだテロを起こすか、はたまた魔王に媚びを売っていたところだろう。


「……どうしてって言われても、仲間を信じるのに理由はいらないでしょ」

 何当たり前みたいに言うリィンに、ロイアは嫌味な溜息を見せた。

「それ以前です。仲間でない時から信じていたじゃないですか。……聖剣を盗まれた時とか」

「え? いや、あの頃からもう仲間だったじゃない。何をおかしな事を言ってるのよロイアは」

 ケラケラと笑うリィンを見て、ロイアは苦笑いを浮かべる。


 そう……理由なんてない。

 勇者だから仲間を信じている訳じゃなくて、それがロイアだったから。

 リィンはロイアという仲間を心から信じているだけ。

 それこそ、裏切られても恨まない程に……。

 それがわかるから、ロイアは今日まで彼らだけは裏切らずにいられた。

 落ちぶれきった場所から、己の誇りを取り戻すという道を選べた。


 リィンをロイアが恋愛対象に出来ないのは当然の事だった。

 彼にとってリィンは、己を救ってくれた救世主そのものなのだから。


「……まあ、我ながら馬鹿な事を聞きました」

「やーいばーかばーか」

「……はぁ」

「いや、溜息だけとか止めてよ。何か傷付く」

「おや、傷付く様な繊細な部分が残ってらしたのですね。初めて知りました」

「あんたは私を一体どんな化物に見えているのですか」

「女版アーノルド」

「よーくわかった。全部終わったらぶん殴ってやる」

「勘弁してくださいよ。首がねじれ飛んでしまいます」

「そんな力ない事位知ってるでしょう! もう……励ましてくれてるんでしょ? ありがとう」

「え? いえ別に。そんなつもりなく割と本気で女アーノルドと思ってますよ?」

「マジでしめたろかいこいつは……」

「まあまあそんなどうでも良い事は置いておきまして……」

「置いておくなや」

「いえ、そろそろお遊びは終わりの様ですからね」

 ロイアの言葉を聞き、リィンはおちゃられた空気から切り替える。


 臨戦態勢ではあったが、ここからは僅かな冗談さえも行わない。

 正真正銘のラストバトルが、目の前まで迫っていた。


「……全然、敵が出なかったね」

 撃破した四天王はたったの一人だけで、もう一人はアーノルドが足止め中。

 だから後二人出て来ると思ったのだが、四天王どころか単なる魔物さえもいなかった。


 それはまるで誘導されているかの様でさえあった。


「余裕の表れでしょう。……噂では私達の事を歓迎しているらしいですよ。魔王様は」

 憎たらし気にロイアはそう口にした。


 あらゆる賛辞を受けても尚届かない究極の王。

 あらゆる敵は彼の前に存在せず、あらゆる芸術品が彼に見劣りする己を恥じる。


 ついた二つ名は『黄金』。

 それは美しき金色(こんじき)の髪に合わせた言葉ではなく、錬金術における黄金を示す。

 つまり『完璧』。


 それが、かの王を示す言葉で最も正しい物であった。


「そか。歓迎か。だったら、こっちも盛大に行かないとね」

 大きな扉の前に立ち、リィンはそう呟く。


 ロイアと顔を合わせ、互いに頷いて覚悟を示してから……リィンは宣戦布告も兼ねその扉を全力で蹴り壊した。



ありがとうございました。

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