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もふもふ元大魔王の成り下がり冒険譚  作者: あらまき


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番外編:あなたの明日


 その日は、特別寒い日だった。


 男は俗に言う勝ち組であった。

 まず、容姿に恵まれた。

 整った綺麗な顔立ちに高い身長。

 細身ながらがっしりとした肉体はかつての冒険者だった頃の名残。


 続いて、会社に恵まれた。

 冒険者であった縁を元に、若き未でありながら冒険者を一抜けし安定してかつ高額な収入を得られる様になった。

 その会社はハイドランド首都リオンに本社を持つ。

 主な業務は保存食の開発、研究、流通である。

 軍用、冒険者用だけでなく食料供給による飢餓対策にもなる保存食の需要が薄れる事はない為、食い扶持に困る可能性はない。

 そんな保存食をハイドランド内の五割、他国であっても三割程のシェアを持つのだから大企業と言っても良いだろう。


 容姿端麗で仕事は出来て、その上普段から女気はない。

 更に言えば人当たりも良く誰かを怒鳴る様な姿を見た事もない。

 だから当然、男の周りには女性が群がって来る。


 特に、今日の様な日には……。


「二コラさん。えっと、今日会社の飲み会がありまして……」

 もじもじとした態度で(猫を被った)女性は二コラを誘う。


 まるでその後もずっと一緒に居たいという様な(露骨な)態度で。

 だが、二コラは静かに手を前に差し出した。

「申し訳ありません。今日はまだ仕事がありまして」

 綺麗で艶はあるのに、男性らしくもある透き通った声。


 そんな彼は拒絶の言葉でさえ、女性の腰に来る様な何かを持っていた。

 そうして二コラと呼ばれた同僚は振り向く事もなく、会社を後にした。


「だから無理だって」

 他の同僚の言葉に女は頬を膨らませた。

「何よ! 私の容姿じゃ不満っての! 全くもう!」

「そうじゃねーよ。毎年の事なんだよ」

「へ?」

「十二月二十五日。この日だけはあいつ、仕事と言ってどこかに消えるのさ。まあ、マジで用事なんだろうよ」

「それなら最初に教えてよ! 断れるのわかってたらもっと別の言い方したのに!」

 そう言って女はぷりぷりと怒って、そして二コラの事をさっさと忘れ飲み会に皆で向う。


 確かに彼女は二コラに気があった。

 だけど、気にはなってもその程度の事でしかなかった。


 確かに、二コラは男性として一枚も二枚も優れている。

 見合いなど用意したら引っ張りだことなるだろう。

 だけど同時に、彼は他人と深く付き合おうとしない。

 友人と呼べる存在もおらず、親しくても知人止まり。

 人間味が薄味過ぎるのだ。


 それをどうにかしようとした上司や同僚も居たが、皆諦めた。

 あれは、そういう距離感の人間なのだと自分を納得させる様にして。




 急ぎ家に戻った二コラは慌てる様に、速やかに、事前に用意した着替えに入った。

 そう……あまり時間は残っていなかった。


 この日だけが特別。

 この僅かな時間にしか使命は行えない。


 そんな彼の着替えた服は……例え一面の雪景色の中でも見つけられる程、鮮やかな赤であった。


『クリスマス』

 それがどこから伝わった風習で、どの様な意味があるのかわからない。

 名前だけは皆知っているが、その程度。


 内容でわかっているのは、家族が共にする時間という事位だろう。

 もしくは、これから家族と成ろうとする者が共にする時間。


 だからこそ、その日は特別な存在が必要だった。


『サンタクロース』

 世界を幸せにする為に、この日だけに活動する存在。

 二コラはその、サンタクロースであった。

 正しくは、その一人だった。


 何時からそうだったのかさえ覚えていない。

 ただ、そうである様に生きていた気もするし、そうなる為に生まれた様な気もする。


 故に、彼にとって日常とは今日の為の準備の日。

 そして、本日十二月二十五日の夜の時間こそが、彼にとっての本当の時間である。


 彼の幸福は、今日誰かを幸せにする事であった。


 全身赤のサンタ服に着替え、大きなプレゼントの入った袋を持って……。

 そして……。


「おっと、忘れていた。これを……」

 そう言って二コラは最後の衣服である『覆面(マスク)』を頭から被った。

 プロレスでもしようかという頭全部を覆い隠す覆面。

 しかもそれはご丁寧に虎の模様が入っていた。


「いざ、出陣! 性なる夜を迎える若人達にプレゼントを、ロマンチックなんて温い事をほざく馬鹿共に野生的な快楽って奴を叩きこんでやる為!」

 そう言って二コラは……いや、変態サンタは袋一杯にウナギやニンニクやチョコやマムシ酒を恋人達に叩きつけ、発情させてやるなんて最低な行為を目指し旅立った――。


 クリスマス。

 それは聖なる夜にて恋人達の幸せの時間……のはずなのだが、同時に何故か変態が良く出没する。

 故に、どの国であってもその日は不審者の対策として兵が良く街を循環していた。

 市民はあまり気にしないが、国は毎年気を付ける位には変態は出没していた。


 特に、宗教心篤くフィライトでは変態の出現率も多い。

 国側だけでなく市民、特に恋人達はそれを恐れ、故に『呪われた魔の時間』とさえ言われている。

『この日だけは外に出るな。外に出る時は男だけにしろ。とにかく気を付け逃げろ。そうでなければ貴様も変態になるぞ』

 そんな言葉さえ残っていた。


 ハイドランドには変態の出現数はそう多くなく、また変質者の質も比較的温い為あまり話題にはあがらない。

 むしろハイドランドの場合は変態の主義による対立が目立ち、変態サンタと変態サンタが良くバトルをし潰し合っている。


 実際二コラも時間の大半は変態とのバトルに明け暮れるのが例年の習わしであった。

『野性的な性行為こそ自然体の証、獣の様なパワータイプのセックスこそ人の輝き派』である二コラのライバルは『ねっちょり前戯マシマシチョモランマ愛情たっぷりなめくじの様な性行為こそ人の叡智である派』である。

 ちなみに『寝取られオネショタ布教信者』もいたが二人に叩き潰され廃業に追い込まれた。


 つまり……そう言う事。

 クリスマスというのは、変態が夜跋扈する時間の事であった。

 とは言え、不思議とそう不幸になる人はいない。


 狙われた恋人も変態サンタも、何なら単なる見張りで寒い中巡回させられる兵士さえもが、この日は最終的には『まあ何となく悪くない日だった?』位には思える。

 クリスマスというのは、そんな不思議な日だった。





「ちっ!」

 不快さを隠しもせず、露骨に舌打ちをする天空神。

 彼にとって今日この日は最も不愉快な日であった。


 ユピルだけではない。

 全ての神が、この日を蛇蝎の如く嫌っている。

 それは変態が出没しまくるというだけではない。


 そうではなく……。


「ごめんね。お邪魔して」

 そう言って、()()は悪びれもせずに現れる。

 七柱に入らず、創造神でもない。

 にもかかわらず、少女は当たり前の様に神域に入っていた。


「謝る位なら来るな。たわけが」

「つれないなぁ。同じ神なのに」

「貴様を神などと認めぬ。神であるのは我ら創造神より生まれし大神と世界より生まれし小神のみ。それ以外は皆異物に過ぎぬわ」

「頑なだなぁ」

「貴様の良い部分など髪の色くらいよ」

「え? 金髪フェチ」

「そういう意味ではない。そもそも貴様の様な色気のない小娘などにその様な気は起きぬわ」

「自分はショタっ子の癖に」

「一々変な言い方をするな気持ち悪い」

「へーへー。全く同じような事を言っちゃってー」

 そう言って少女は苦笑する。


 ここに来る前に出会った海洋神は『服の趣味だけは認めてあげても良い』だった。

 金色の髪は天空神が好み、青と白の清楚な服は海洋神が好み。

 だけどそれだけ。


 この世界で誰も彼女の中身を認めようとはしない。

 それでも、彼女は割と幸せそうだった。

 その反抗さえも愉しんでいる様に。

 その様子がまるで、世界中総てが、神々さえもが己の子供であるかの様だからこそ、天空神は尚の事この少女の事が気に食わなかった。


 そして何より気に食わないのが……。


「それで、あいも変わらずこの日だけ現れるか。いや、この夜だけか」

「そういう訳じゃないんだけど、聖なる夜しか活動出来ないんだよね。私弱いから」

 頬をぴくっと震わせ、イライラゲージが一つ追加。


 弱いと言うが、だったらこの弱い少女をどうにも出来ない自分達はどうなのだという話になる。

 というよりも、強い弱い以前にユピルは少女と一度も戦った事がない

 戦う事さえも出来ていない。

 本人曰く『この日だけは負けない』らしいのだが、天空神はとてもではないが納得出来なかった。


 出来る訳がなかった。

 戦って負けたならともかく、戦う事さえ避けられて好き放題されるという現状が。

 それでもまあ、短い時間ほっておいたら消えるのは事実だから、無視をするのが一番良いのもまた確かであった。

 実際クトゥーは話すのが無駄と言わんばかりにもう数百年以上無視を貫いている。

 効率的でない事を嫌うクトゥーらしいという事で、少女も彼には声をかけない様になった。


 それが正しいとわかっていても、ユピルにはそれが出来なかった。


「そもそもの話だが、何が聖夜なのだ? 変態が蔓延るこの時間のどこが聖なのだ? なあ?」

 嫌味混じりの純粋な疑問。

 故に、少女の心にダメージが入った。

「うぐぅ。それを言われると弱い……。いや、私もそんなつもりはなかったんだよ? 本当に。ただロマンチックな感じにしたくて、それでその手足として私の力を分けて……」

「ほぅほぅ。そうかそうか。あの変態共は貴様の所為だったのか。知らなかった。いや、考えてみれば当然よな。貴様のいる時間だけしか現れぬのだから」

「……その事については、もうごめんなさいしかないよ」

「謝る必要はないからかわりに消えてくれぬか? 変態と共に。それだけで我の機嫌は元に戻るのだが?」

「それでもごめんね? この時間だけは私の時間だから」

「……ならばもう我の前に現われず好きにせよ。気に食わぬ小娘め」

「それでもまあ、お邪魔するなら挨拶位はね。まあ、不快にさせてごめんなさい。それと変態量産した事も……。一応頑張ってまともなサンタにしようとは思うけど……うん、たぶん無理だからごめんね」

「無能が」

「否定出来ないや。まあ良いんだよ。いつの日かクリスマスをロマンチックな恋人の日にして、そしてイブとイブイブとイブイブイブ位まで復活させるんだからね」

「良くわからんが、貴様が出て来る日が増える事など絶対に許容せん。その時は神々の争いを覚悟せよ。我も手段は選ばん」

「手段を選ばんって……どうするの?」

「誇りを捨て切札を連れて来る。貴様を滅するだけの力を持った者がいないなどと思うなよ」

「ありゃ。貴方の様な神が誇りを捨てるってのは本当に怖いね。まあ、もう数千年以上先の事だしその時また相談するよ。じゃ、私忙しいから行くね」

「我が引き止めていたみたいな空気にするな……って、消えやがった! ああもう! なんなのだあ奴は!」

 だんだんと悔しさから地団駄を踏む。


 その外見通り子供の様に成る位には、ユピルの怒りは蓄積していた。


「あらん。ご機嫌斜めちゃんね。どうかしたの?」

 そう言ってくねっくねっとした歩き方で、ホワイトアイが現れる。

 多少……というかかなり気持ち悪い動き方だった。

「むしろ貴様がどうした? ケツを振りながら歩きおって。腰でも痛めたのか?」

「モデルウォークよ。エレガントでかくセクシーに見える歩き方よ。シントちゃんが教えてくれたの!」

「その余計な事を口走った馬鹿は……シントって……誰だ?」

「ほら、この日に来るあの可愛い子よ。聖夜神だけど、あまり神様っぽくないじゃない? だから偽名だけど気に入ってるシントって名乗って……」

 ホワイトアイは耳を塞ぐユピルの様子を見て苦笑する。


 死ぬ程嫌いだから、名前さえも覚えないし忘れる。

 その気持ちがわからないでもないが、ホワイトアイはユピル程少女を嫌いにはなれなかった。

 たぶん、まるで人間みたいだからだろう。


「はいはい。もう言わないから安心して頂戴。……それで、今頃何をしてるのかしらねぇ。あの子ちゃんは」

 そう言ってこの世界で本当の名前を口にする事も出来ない少女の事に、真実の名さえも知らぬどこぞの信仰の神の事に思いを馳せた。





 神から嫌われ、人間には見られず。

 挙句の果てに己の力を分けた人は皆揃って何故か変質者化した。


 それでもまあ、少女は幸せだった。

 この世界が存在する事が、この世界を見守る事が出来る事が、もうそれだけで胸がいっぱいになる位に。

 だから少女は、時間ギリギリまでこの世界を見守った後、最後の力を振り絞り、皆を祝福した。


『あなたの明日が素敵になりますように』


 そう願いを込めて、神を含めたこの世界全てを彼女は愛して……そして彼女はまるで最初からいなかったかの様に消えた。

 何時もの様に、その祝福だけを残して。


ありがとうございました。

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