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もふもふ元大魔王の成り下がり冒険譚  作者: あらまき


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一万キロメートルオーバーの旅


 ざばぁ! と音を立て、その小さな海からクリスと少女が戻って来た。

 いかにも『何事もありませんでしたよー』みたいに振舞う彼らを見て、目を丸くしたまま硬直するリュエルと唖然とした表情のリーガ。

 少女の母はきょとんとした後しばらくしてからその場で静かに泣き崩れ、父親は泣き笑い怒り困り全てが同居した複雑な表情をしていた。


 彼らが戻って来たのは、海に飛び込んでから三時間も経過しての事であった。


 リーガは大丈夫だと確信していた。

 エナリスの信仰を受けた存在、それも信奉者という高ランクの信者であるのなら海の中で溺れるという事はないはずだ。

 その確信は、一時間経ってから消滅した。


 ついでに言えば、この海は『遊泳禁止』であり破った者には天罰が下るという言い伝えが残されていると後から現れた両親から聞いた。

 そうして三時間経過し、生存は絶望的と思われ場の空気はお通夜の様な物となってから、彼ら登場した。


「た、ただい……ま……」

 怒られる気配を感じながら、クリスは片手を挙げ冷汗を流しながら挨拶を。

 リュエルは困った顔のまま、小さく溜息を吐いた。

「おかえり。無事で良かった。それで、事情を説明してくれる?」

「うぃ。でもその前に、これ……」

 ごそこそと袋を漁り、クリスはリュエルにそれを手渡す。

 ちなみに、その袋にリュエルは見覚えがなかった。

「何? 何か海産物とか取れたの? そんなの後で……」

 ちょっとプレゼントにドキドキしながら、リュエルはそれをクリスから受け取る。

 それは『エナリス☆フィナンシェ』と書かれた箱だった。

 副題には『お肌つやぷるコラーゲンたっぷり』とも。


「……えっと……その……これ、何? いや……何?」

 訳がわからずリュエルは困惑しきっていた。

「お土産」

「……あ、ありがとう。……え? いや、うん……えっと……どうし……」

 そう尋ねようとする前に、その意味……というか大変な事情を、少女の両親は理解した。


「そ……それ……」

 恐る恐るそのお土産を指差す少女の両親を見て、リュエルは箱をぱかりと開いた。

「欲しいなら、どうぞ?」

 少女の父は中に入った包装紙に包まれたフィナンシェを開き、ぱくりと一口。

 そして……。

「同じだ。私の知っている物と……これが食べられるのは……」

「他にも色々あるよ」

 そう言ってクリスは袋の中からクッキーやらブラウニーやらのそこそこ値の張る甘い系のお土産を沢山見せる。

 驚く少女の両親と異なりリュエルは訳がわからず首を傾げるだけ。


 少女の父は、簡単に答えを口にした。

「これらは全て……フィライト限定のはずなのに……」

「……え?」

 リュエルも遅れ、それに気づく。


 だから、聞くべき事はこれが正しいだろう。


「クリス君。どこに……行ってたの?」

「ミューズ。月の港のミューズタウン」

「……先輩、わかる?」

 リーガは首を横に振り、そして少女の両親の方に目を向けた。


「……フィライトの奥の方にある田舎で、ちょっとした観光地のはずですが……詳しい場所は。その……ハイドランドからはとても行ける距離では……」

 少女は唐突に皆の前で木の枝を持ち、大きなく大国の形を描いた。

 それはこの大陸であるノースガルド。

 その北北西の海辺りを枝で指し示した。


「この辺りだって!」

 そう、向こうのお土産まで持たせてくれた親切な神父さんに聞いた事をそのまま皆に伝える。

 クリスと少女はそのエナリス信仰の篤いミューズタウンにて歓迎を受け、そしてここに戻って来た。

 つまるところ、そういう事。


 この小さな海は、ノースガルド中央のハイドランドにある小さな海は、ここから一万キロ以上ある宗教国家フィライトの最北端の港と繋がっていた。


「……先輩、これ、どうするのが正解?」

 リーガは両手を広げ、お手上げのポーズを取る。

 こんな状況、想定している訳がなかった。




 翌日……。

 百人の兵と十数名の調査隊を引き連れ、ウィードは胃を痛めながらその小さな海を見つめていた。

 その海の傍では発見者であるパーティー三人と管理人の子供が楽しそうに走り回って遊んでいる。

 その中に我が主が混じっているのだからもう笑うしかない。


 とは言え、これはある意味ではわかっていた事ではあった。

 そう……我が主がトラブルメイカーである事位最初からわかっていた。

 あれはそういう星の下に生まれた存在であり、それ故に黄金の魔王という舞台装置となっていたのだから。

 とは言え、想定よりも斜め上な事体である事には間違いなかった。


 というか他国との直通パイプが、転移ゲートが見つかるなんて想像していた方がおかしいだろう。

 その問題は国防に関する為たかが学園長でしかないウィードの権限の範囲をとうに超えている。

 故に、彼はやりたくなくともそれをしなければならなかった。


 国防を担う彼女、ヒルデ・ノイマンを調査部隊の一人として招集する事を……。


「何か心配事ですか?」

 ヒルデの質問にウィードは苦虫を噛みしめた様な顔のまま答えた。

「何もかもが心配ですね。まだ一月も経過していないのに短期間でこんなとんでもない物が発見された事も、貴女の仕事が増えた事も、私のこれからも、この場所がどうなるかも、何もかもが心配です……」

「ご安心を。私がどうにでもします」

「頼もしい言葉ですね」

「我が主が望むのですから、当然の事です」

「本当、頼もしい事です。私の仕事が減って下さればもっと頼もしいのですがどうでしょう? ご検討を……」

「残念ですがそれは私如きに叶えられる範疇を越えております。どうぞこれからも頑張って下さい」

「ありがたいお言葉です。それで、調査結果は?」

「粗方ですがどういう代物かは判明しました。説明は我が主……いえ、此度の冒険者と管理関係者と共に。二度手間になりますので」

 ウィードは頷き、ヒルデと共に冒険者たちの元に向かった。




 転移ゲート発覚から翌日。

 僅か一日にて大軍が派遣され、少女とその家族は非常に慌てていた。

 こんな大事になるなんて思っていなかった。

 とは言え、当然の事だろう。

 他国と繋がった……というか他国から侵略出来る可能性があるゲートなんて国として放置出来る訳がなかった。


 百人の兵士はもしもフィライト側が舐めた態度で侵略してきた時の為の単なる見せ札でしかない。

 彼らが戦う必要はなく、四天王ウィードと側近ヒルデの時点でぶっちゃけ過剰戦力である。

 ただまあ、こういった国家間のトラブルというのはお互いなあなあで終わった方が互いに損が少ない。

 下手に殴ったら国家間パワーバランスが崩れるからそういう事もあり見せ札の新人兵士を用意した。


 本命は兵ではなく調査員達の方。

 彼らは調査、研究について文句なしのスペシャリストであり、給料も兵士百人どころか千人いても彼ら十数名に及ばない。

 逆に言えば、プロフェッショナルをかき集めなければならないと判断する位には転移ゲートなんて代物は難問であった。


 まず、転移ゲートなんて物は自然に発生する代物ではない。

 仮に自然的発生があるとすれば、それは間違いなく『ダンジョン化』している。

 そしてその兆候はこの海には今の所ない。

 更に言うなら、転移自体は存在していても、『直線距離一万キロオーバー』を一度でかつ一瞬で転移出来る手段なんて物は未だに誰も編み出せていない。

 完全なるオーバーテクノロジーである。


 だからこそどういう原理でどういう理屈で、そしてどういう法則で転移が起きるかの調査の為に彼らは派遣された。


「それで調査結果なのですが……」

 ヒルデはクリス達に向かい、今まででわかる事を説明しだした。


 まず、こことあちらの海は直接繋がっているという訳ではない。

 こちらの小さな海で一定時間中に入る事であちらの海に転移するという構造となっている。

 帰還に関しては不明だが、望みながら海に入れば今の所皆帰還出来ている。


 ヒルデ最大の心配である侵略の可能性はここで消滅する。

 転移はこちらから行わなければ発生しない仕組みとなっていたからだ。


 最初に判明した条件は長期間海水の中に居るという物。

 一定期間水の中に居る事で、転移が作動する。


 ただ、条件はこれだけではなかった。


 長時間水中に居るだけが条件と思い、俺なら楽勝と魚人系の魔族が試した結果……その魔族は転移するどころかその場で溺れ死にかけた。

 魚人が溺れるなんてのは、人間が陸の上で呼吸が出来ないという様なあり得ない事態である。


 同じ魚人種でも溺れる人と溺れない人が出て、その差から追加で条件が発見された。

 溺れなかった魚人は全員、エナリス教の信者であった。

 そしてエナリス教の信者でも転移出来る者と出来ない者が居た。

 転移出来たのは、調査部隊の中で四人と新人兵の中で二人だけ。


 その事から、現時点での暫定的結論が下された。

『エナリス信仰でかつ一定以上の信仰を持った者が長時間水中に居る事』

 それが、現段階で判明した転移する為の条件だった。


「我がある……クリス様の様にアーティファクトをお持ちの場合は条件は免除されますが、それ以外では信仰的に多少厳しい制限が存在する様です。それなりの地位にいる方でなければ発動しないでしょう。とは言え……繋がった事に代わりはありません。国家間という事に加え信仰の条件もありあまり仰々しい事は出来ませんが、多少の交易は叶うでしょう」

 そう言ってヒルデはちらっと少女の家族に目を向ける。

 責任者はまだ、少女の家族であった。


 目をぱちくりとさせながら、少女は尋ねた。

「えっと、結局、どういう事ですか?」

「念の為程度ですが、護衛の為兵を常時滞在させていただきます。また国防に関わる相談を相手の国とする為時折使用許可を求めさせて頂きますが、それ以外は何も変わりません。それだけの事です」

 そう言って、ヒルデは片手を挙げ撤退を合図。

 ヒルデはただただ威圧的な雰囲気のまま、ウィードを引き連れその場を後にした。

 誰にも見られずクリスにだけ見える様、こっそりと軽く会釈をして。


「……それで……えっと……えっと……」

 少女は困った顔でおろおろとクリスや両親に目を向ける。

 何が何やらと困惑し、最初の目的さえも少女は見失っていた。


「閃いたというか、思いついた事があるんだが……聞いてくれるだろうか?」

 そうリーガは口を開く。


 その話が長い物になりそうな気配があったから、外ではなく室内の方に移動する事となった。


ありがとうございました。

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