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もふもふ元大魔王の成り下がり冒険譚  作者: あらまき


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思惑のすれ違い


 蟲の予感……というよりも、勇者の勘。

 もしくは、神の啓示か愛ゆえの奇跡。


 つまり、女の予感。


 リュエルは急にゾッとする様な嫌な予感を覚え、外に出て走った。

 何かわからないしこんな事感じた事もない。

 だけど、目の前から世界が消える様な嫌な予感に包まれていた。


 そうしてその現場で見たのは……クリスが海の中に飛び込むその瞬間だった。


「リュエル、何が……」

 追いかけそう尋ねようとしたリーガだがすぐに問答は止め、ナイフを取り出し構える。

 十数人の荒くれ者を見たら何も言わずとも理解出来るとばかりに。


 いや、理解したとかそういう事じゃあなくて……。

「先輩、もしかして、グルですか?」

 リュエルはほぼ確信を持ち、リーガに尋ねる。

 その目は新入生とは思えない程の凄みと、常人とは思えない程の憎しみが込められていた。


 ここで嘘をつくのはまずい。

 そう思って、リーガは正直に白状した。

「それだけは違う。ただし、昨日怪しい奴らが居たのは知っていて、敢えて気付いて泳がせていた」

「……後で詳しく聞かせて貰って良いですね」

「うん。それは約束する」

 その言葉の直後、リーガはナイフを静かに振り下ろした。


 音もなく、動きも短く、あまりにも軽い動作。

 それだけで、男の手首がぽとりと落ちる。

 まるで一瞬でワープしたかの様な歩法からの一撃は、敵味方の誰も反応出来ず、一瞬の沈黙の後に絶叫が轟いた。

「あ、ぎぃ……ぎぃやぁああああ! 俺の手が……俺の手がぁあああああ!」


 だくだくと血を流しながら叫ぶ男と、オロオロとして戦う様子さえ見せないその仲間達。

 リーガは苛立ちを覚えながら、ワイヤーを指で飛ばし男の手首を縛って止血した。


「こ、殺さないでくれ! 俺達はただ盗もうとしただけで……」

 手の喪失という恐怖に加え勇者候補という存在の怒り。

 たったそれだけで、既に男達の誰もが戦意を喪失していた。

「そう。あのぬいぐるみ野郎からちょっと拝借しようとしただけで誰も傷つけるつもりは……」

「そこまでしなくても良いだろうが!」

「頼む! 見逃してくれ!」

「助けてくれ! 同じDクラスのよしみだろ!?」


 どうやら襲撃者はDクラスの同級生だったらしい。

 リュエルどころかクリスさえそれ気づいていないが。


「……どうすれば良い?」

 リュエルは困った顔でリーガに尋ねた。

「好きにすれば良いよ」

「……時間が大切」

 リュエルは一撃で相手を気絶させようと剣を振る。

 ただ、白の権能が使えない為思ったより上手くいかなかったず、気絶させられたのは五人と半分以下。

 だから残りは足の骨を砕いて回った。

「足、縛ってくれる?」

「了解」

 リュエルの言葉に従い、蹲り痛みで涙を零している男達の両足を縛っていく。

 何か言いたそうな顔をしているが、男達は誰も何も言わなかった。


 そうしてさっさと無力してから、リュエルは海の方に目を向ける。


 クリスが飛び出してから経過した時間は一分か二分程だろう。

 なのに、クリスが戻って来る気配はなかった。


「大丈夫」

 リーガはリュエルにそう言った。

 そう言わなければ今にも飛び出してしまいそうと感じて。

「……どうして?」

「エナリスの信奉者が海に溺れるなんて話はない。だからこそきっとクリスは飛び込んだんだ」

「……あの子の為に」

「そう。それで僕の話だけど……」

 リーガが何かを言おうとしたが、リュエルはそれを静止した。

「やっぱり何も言わなくても良い」

「何故?」

「そこまで先輩に興味がない。だから、言い訳も謝罪も私じゃなくてクリス君にして。それが約束出来ないなら……」

「いいや。約束するよ。……そうじゃないと、借りた本を読む気分じゃなくなるから」

「何でも良い。きちんと話し合ってくれるなら。それより……これからどうするか考えて欲しい。泳げる?」

「泳げぎはまあまあ得意だけど……止めた方が良い。迷惑にしかならない」

 わかっている。

 ここで助け船を出したところで足手まといにしかならない。


 アーティファクトを持っていて、そして信奉者になって。

 その意味はわからないが、信仰による強さは勇者候補であるリュエルは誰よりも知っている。

 それでも、心配する気持ちを抑える事は出来なかった。




 エナリスの信奉者を我欲で利用した。

 だから、その罪を償う為に殺される事となった。

 少女は己の運命をそう受け入れていた。

 これは天の定めた罰なのだと。


 そして、その裁きをくれたエナリスに感謝をした。

 最後に、大好きな場所で死ねるのはきっと優しさだから。


 そう思いながら水の中で眼を閉じ、苦しくなる前に死にたいななんて思っていると……ふと急に、呼吸が楽になる。

 いや、そうじゃない。

 水の中なのに、自分の呼吸音が聞こえる。

 まるで地上の様に、息が出来る様になっていた。


 慌てて目を開けると、そこにはクリスが立っていた。

「良かった。意識あるね。痛い場所ある? 大丈夫?」

 クリスの言葉に少女はただ混乱するだけ。

 どうしてここにいるのか、なんでしゃべれるのか、そもそもどうして呼吸出来ているのか。

 もう死んでしまったのか、なら巻き込んでクリスもなのか、それはどう謝罪したらいいんだ。


 そんな事を考えながら周囲を見て、自分とクリスを護る様に、自分達を包み込む様周りに空気の膜が張られていると気付いた。

 といよりも、それは一つの大きな泡だろう。


 泡の様な球体の中に、自分達はすっぽりと入っていた。

「これは……」

「これ!」

 じゃじゃーんという効果音が出そうな感じで、クリスは自分の首輪を手に持って見せた。


 その聖遺物が二人を溺れない様膜を作り、更に最初から濡れていなかったかの様に体や服を乾燥させていた。


 一瞬助かったと気付いてぱぁーっと笑顔になる少女だが、すぐに落ち込む俯き、三角座りとなった。

「……どうしたの?」

「また、巻き込んじゃった。……全部私の所為なのに……。どう償えば良いかわからないよ……」

「別に良いんよ。そもそもあれ、私を狙ってたみたいだし。むしろ私が巻き込んだから私が謝らないといけない?」

「そんな事はないよ。……依頼した私の所為。善意を利用するなんて最低な事をしたから、エナリス様がきっと怒っちゃったんだ」

「いやーそんな事で怒る様な神様じゃないと思うなぁー」

「でも……それでも……利用した事は事実だもの。信奉者を利用する為の正規手続きを取って安全確保してからの依頼をしなかった私の落ち度だもの……」

「……うぅーん」

 クリスは悩んだ。


 問題ないと説得する術をクリスは持たない。

 それほど口も頭も回らない。

 だけど、このままというのはあまり楽しくない。

 だからクリスは、正直な事を言う様にした。


「そもそも、別に善意で依頼受けた訳じゃないんよ?」

「――嘘。それ以外ないもの」

「ううん。ただ面白そうだったから」

「……え? いや、別に面白そうな部分なんて……」

「だって、女の子が思い悩んで単身学園潜入だよ? 絶対面白いと思った。ぶっちゃけもっと大きなトラブル期待してたんよ。だから本当に気にしないで。ただの好奇心だから」

「……嘘を、言って……ない?」

「うん」

 クリスはこくりと頷いた。


 そう、混じりッけなしの百パー本気。

 クリスはただ、好奇心のみでこの依頼を受けた。

 そして、こういうトラブルはむしろ望んでさえいた。


「でも、ごめんね。私がもっと強かったら依頼人庇いながら全員倒して『あれ? なんかやっちゃいました』って言えたのに」

「……いや、別に言わなくても良いしそんな事しなくても良いから」

「でもさ、リュエルちゃんならたぶん出来るから。というかたぶん上の人全滅してるし」

「本当? あんな怖そうな人達なのに?」

「うぃ。間違いなくリュエルちゃんならよゆーのゆー。むしろさ、今気づいたけど、あれクラスメイトかも」

「え!?」

「……たぶん?」

「そこはたぶんなんだ……」

「うぃ。という訳で、本当に気にしないで。それでも気にするなら……」

「なら?」

「依頼後アンケートの評価は満点にして、次またご依頼お願いします!」

 きりっとした顔でクリスはそう言葉にする。

 そんな様子を見て、少女は笑った。

「あは、なにそれ。あはははは。面白い」

 そう言って笑いながら泣いて、それで、ごめんなさいを言い訳にする事を止めた。

 ちゃんと謝る為にも、前向きになろうと思う事が出来た。


「という訳で……次の問題です」

「次の問題って……何?」

「どうやって上に行きましょ?」

 クリスは首を傾げながらそう尋ねる。

 泡は、凄くゆっくりだけど高度を下げていた。




 二人で、色々試してみた。

 揺れたり泡を揺すったりこすったり叩いたり。

 何とか上に上がらないものかと刺激をしたりして。


 そして最終的には……。


「一、二の……ハイ! 一、二の……ハイ!」

 少女の掛け声と共に、クリスは少女と共にジャンプをする。

 二人揃ってジャンプしたらその間だけ若干泡が浮く事に気付いたから、二人はジャンプを繰り返し上を目指していた。


 それを十分かニ十分。

 少女が汗だくになり息が切れた辺りで、クリスは気付いた。

 足だけ外に出してバタ足で泡を運べる事に……。


 短い足でばたばたしてもあまり推進力はなく、結局地上に出るまでに更に十分もの時間を要した。

 だけど外に出る事は出来て、そして彼らはついに地上に出て、元の場所に……。


 ざざーん……ざざーん……ざざーん……。


 聞こえる訳のない、波の音が響いていた。

 じゃりと、不思議な感触を少女は足に覚える。

 そして足元を見ると……そこには黄色い砂が。

 無論、小さな海であるあの場所にはそんな物はない。


 慌てて後ろを振り向くと……そこには見渡すばかりの広大な海の姿が広がっていた。


 クリスと少女はぱちくりと目を開き、互いの顔を見つめ合った。

「ここ、どこ?」

 少女の言葉に、クリスは答えられない。

 二人は仲良く、首を傾げ合った。


ありがとうございました。

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