首輪付きになりました
その光景は、人の営みと何ら変わりはない。
少なくとも、クリストフにはそうとしか見えなかった。
クリストフは神にとって友であり仲間であり人であり英雄の枠から超えた極地たる例外。
敵であり憎しみであり呪いであり憎悪で、そして敵わざる化物。
そんなクリストフを己の信奉者にするメリットは決して少なくない。
あと単純に、神は有能な人を好む。
信者の功績は神の功績でもあるからだ。
だから、彼らの議論には相当の熱が入っていた。
その語り合いはお互いにメリットを示し合わせたり感情で攻めたりという物。
『こういう理由で最も相性が良いのは自分』
『彼はこうこうだから私の元に来るのが自然』
そんな感じで、自分に誘導する。
もしくは、誰かを下げ相対的に自分を上げる。
だから、人と大差なかった。
欲しい物が被った人間のする事と、全く同じ状況であった。
そうして三十分程も議論が進み、クリストフが話に集中出来ず退屈そうに腕枕をしていると……。
「では、彼の管轄は私と言う事でよろしいですね?」
そう、海洋神であるエナリスが勝利宣言を出した。
「くっ! やはり議論となった時点で我の敗北であったか……。これなら籤の方がまだ確率があった……」
くやしそうに天空神ユピルは呟く。
彼女は伊達や酔狂で欲しがりと言う訳ではない。
彼女の交渉能力と相手を貶め自分を上げる能力は他の神の追随を許さなかった。
「決まったようだ」
「ええ。私エナリスが、クリストフ様の信仰すべき神となりました。とは言え、何か恩恵があるのかと言いますと……」
「構わない。むしろ不要だ。神の信仰を受けていると証明されるならそれで構わない。ああ……当然だが、信奉者としての務めも果たすつもりではいる。何かあるなら遠慮なく言って欲しい」
「ええもちろん。そうさせていただきますわ。とは言え、貴方様ほどのお相手に何もなしというのは神がすたるという物。その服を恩恵の代わりと、そして私からの愛という事で贈らせていただきますわ」
「ご厚意に感謝を」
答え、微笑み、首を垂れる。
クリストフは戦い以外には何も出来ない無能である。
だから、こうして話術戦をしかけて貰った方が色々と楽であった。
さっきまでの奪い合い討論はほとんど訳がわからなかったが、今は容易く理解出来た。
エナリスは他の神にマウントを取ろうとしている事に加え、部下としてクリストフに首輪をつけようとした。
それがわかった上で、クリストフはエナリスに対し何の反撃も行わなかった。
『お前の思惑は理解した。その上で好きにしろ』
それが、先程のクリストフの言葉を訳した物である。
ただ、一つ不満があるとするならば贈り物について。
それが気に食わないという気持ちも否定できなかった。
曲がりなりにも神から直接の授かり物。
この服が特別でないと考える程クリストフは神を侮ってはいない。
きっと何等かの特別な力を秘めている。
それはゼロからの冒険を楽しみたいクリストフのスタンスにとって好ましいとは言えないのだが……。
「ご安心を、クリストフ様」
「ふむ?」
「私はそこいらの空気の読めぬ二流神ではございませぬ。その服は防御力が高いとか魔法をはじくとかはありません。強いて言えば破れても自動で修復されます。だからちゃんと洗濯をしないといけませんが……」
「そうか。気遣い、感謝する。ただ、すまないが私はあちらでは獣の姿だから……」
「……あの愛くるしい姿が獣かどうかは置いておきまして、それもご安心を。その服装はあちらの姿の時にも自動的に合わせますから」
要するに『信者アピールの為ずっと着ていろ』という命令である。
あまりの露骨さに他の神は苦笑していた。
「それは便利だ。助かるよ」
「いえいえ。ただ……冒険においてほとんど役に立たない様にした事は確かですが、私の力が具現化した事も確かです。ですので、海に関する権能が含まれています。何が出来るかは実際海にいらした時、ご自分の目にてお確かめください」
つまり『海がない場所では単なる儀礼服』という事であり『海があると何か力があるけどエナリスも把握していない』という事であった。
「ああ。そうするとしよう。では、あまり長い事邪魔をしても悪い。そろそろ私はこれで失礼しよう」
「わかりました。どうぞ、遠慮なくまたいらして下さい。ですがその前に……ホワイトアイ様」
エナリスに呼ばれ、ホワイトアイは席を立ちあがりマッスルアンドビューティフル的なポージングを……。
「それは止めなさい」
マジレストーンでエナリスに命じられ、不服そうに腕を降ろした。
「何かしら? 海洋神様?」
「いえ、貴方ならユピル様が解き放ったあの封印を戻せるでしょう? 戻してあげてくださいませんか?」
「……まあ、海洋神様に言われずともそのつもりでしたので構いませんがー」
ホワイトアイはどこか不満そうに、というか命令する事で自分の手柄にしようとした海洋神を憎たらしそうに見た後、クリストフの元に向かう。
まあ、それがただの女同士(?)の醜い嫉妬であるとわかるから海洋神は何も言わず、ただ微笑むだけだった。
己が勝者であるという絶対の自負を持ったままで。
「さて美しき人。アテクシの力は貴方には遥かに劣るわ。だから抵抗しないで頂戴ね。ちょっと気合入れるだけでぽんっとはじけちゃうから。たぶんアテクシが」
「努力してみよう」
「ええ。そうして頂戴」
そう呟き、ホワイトアイは手の平を向け意識を全てそこに集中させる。
ホワイトアイは別に封印に長けた能力を持っている訳ではない。
ただ人という生物の理解力に長けているだけ。
人から生まれたからこそ、人以上にその生態と命運を理解している。
だから、それはそんな彼(彼女?)にだけ出来る芸当であった。
例え神の力が最大限使える神域であったとしても、それが出来るのはホワイトアイただ一柱のみ。
人間単独を対象とした、因果の流転による過去改変。
記憶はそのままに、ユピルが封印を解かなかったという歴史に事象は書き換えられた。
ぽんっと音を立て、クリストフはもふもふの姿に戻る。
もちろん、完全なる封印状態も元通り。
そして、先程まで着ていた服は首輪の形となっていた。
『首輪を付けた』
エナリスの思惑は本当に露骨であった。
「うぃ。じゃあ帰るんよ。ばいばい」
ぱたぱたと手を振り、その場を後にしようとして……。
「ちょっとまって頂戴。何時もの事だけど……」
ホワイトアイの言葉を聞き、クリスは振り向き答える。
それは今回だけの事でなく、神の世界に来ると最後に必ず聞かれる質問だから、クリスは問いの内容が来る前に何を言われるか理解していた。
『創造神の名前を答えよ』
そして何時もの様に、クリスはそれを口にする。
「うん。『創造神■■』だよね?」
クリスはちゃんと言葉にした。
そして何時もの様に、その言葉はどの神にも届かなかった。
その名を知るのはもはやこの世界で彼だけで、そしてそれを口に出来るのもまた彼だけ。
想像神は存在そのものが抹消されていた。
創造神の子である大神さえも、創造神の名を聞く事も思い出す事も出来ない。
彼という存在のみが創造神が居た事を証明出来る唯一だった。
今度こそ、クリスは神域を離れんと背を向ける。
そんなクリスの背を神達は見送った。
ユピルは友との別れに敬意を、エナリスは得た物の大きさに笑みを、ホワイトアイは人であろうとする事に敬意を。
皆それぞれ異なるスタンスだが、不思議とそこに憎しみはなかった。
そうして完全に気配が消えてから……。
「それで、調査結果はどうなっている? クトゥーよ。早く答えよ」
ユピルはこの場にいない神の名を呟いた。
『……だから何度も言っているだろう。変わらないと』
空からクトゥーの声だけが届き、そしてクリスがこちらに居る間に調べろと命じた事に関する書類が円卓の上に。
それをユピルが取ろうとして……横からエナリスは奪い先に盗み見た。
そうしてエナリスは溜息を一つ吐いて、書類を元の位置に戻した。
「ったく」
ユピルは眉を顰めながら呟いて、そして書類に目を向ける。
何度目かの調査記録で、そして何度しても同じ納得出来ない結果。
『クリストフに創造神由来の力は含まれていない』
それは、クリストフが神域に訪れる度に、全神一致でクトゥーに調査を依頼した内容。
奥深くに隠されていてもわかる様に、徹底的に調べさせた。
それでも尚、結果は変わらない。
何度調べても、何度調べても。
だというのに、その結果を信じているのはクトゥーただ一柱のみだった。
それは真理の一つ。
支配者たる神だからこそ知っている『絶対の法則』である。
『理由なき強者はいない』
最初から強い存在というのは、必ず何がしらの理由を持っている。
その最も代表的な物が、神の力の欠片を持つ事。
時折いるのだ。
人であるにも関わらず、神に多大な影響を受けた人というのが。
ただ、そういった力ある人物は成功が約束されているというわけではない。
彼らは生まれた時から平穏から遠き事が約束され、英雄か犯罪者の二択しかない極端な道しか歩めず、その上で大半が道半ばで人生が潰える。
むしろ不幸となる可能性の方が高い。
それでも、そういった超常たる存在は一般的な人と比べたら圧倒的に強いのは確かである。
無論神の欠片だけでなく、その他様々な要因がある。
神として生まれる予定が人として生まれてしまったなんて例だって過去にはあった。
そう……最初から強い人には理由が必ず存在する。
理由がないという事だけはあり得ない。
そしてクリストフ程の力を持つ場合、神であってもその理由はたった一つしか思い浮かばなかった。
既に名も語れなくなった神の残滓、世界創造の力。
もうそれ位しかない。
それ位の物でない限り、天空神ユピルに手加減して勝つ様な人間は生まれない。
いや……それ以前に、彼『大魔王ジークフリート』は過去に全ての神が頭を垂れる程の偉業を成し遂げている。
かつて彼は神域全体を揺るがし、全ての神が滅びかけた『とある大事件』を解決し、そしてその時にとある存在を抹消した。
その事件があるからこそ、もう創造神しかいないのだ。
クリストフのあの理不尽過ぎる強さの理由は。
「……まあ良い。そうであろうとそうでなかろうと、我らのやる事に代わりはないのだから……」
ユピルは呟き、書類を雷の力で燃やす。
神は基本的に嘘をつかない。
己を偽る事は己を否定する事と同じであり、己を否定する事は神にとって死に等しい。
故に、神は嘘を恐れる。
だがその代わり、真実を話さないという手段ならば幾らでも取る事が出来る。
彼らは、クリストフにその『企み』を隠していた。
今、神域はクリストフを巡り二つの陣営に分かれ争っている。
そのどちらの陣営もクリストフの絶対的な敵とは言えないが、同時に全面的な味方であるとは言えない。
なにしろ両陣営共に彼が望まない事を知りながらも『クリストフを神とする』つもりでいた。
相違点は『どういう神にするか』であって。
クリストフが望まない事は端からわかっている。
彼は、人である事に憧れを持っているのだから。
その上で、両陣営共にクリストフを地上より引きずり上げ神にせんとしていた。
あんな存在を、平穏たる地上に置いておくなど許されないとばかりに。
ありがとうございました。




