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もふもふ元大魔王の成り下がり冒険譚  作者: あらまき


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そのもふもふを蔑ろにするなんてとんでもない


「本当に申し訳ない」

 ぺこりとクリスは頭を下げ、その女性に謝罪する。

 謝罪の気持ちというよりも、お世話になった感謝を込めて。


 クリスがこの女性と出会ったのはこれで二度目。

 一度目は冒険者学園入学の時、迷子になって。


 そして今度もまた、外に出て迷子になって。


 少しずつだが、今の封印状態に慣れ自覚も出て来た。

 それ故に気づいてしまったのだ。

 封印の効果によって、自分は簡単に迷子になってしまうのだと……。


 まあ実際は封印関係なく元からクリスは方向音痴だったのだが、それに気づくよりも早くヒルデのお世話力を発揮されていたというだけ。

 その事実さえもクリスは気付いていなかった。


「ううん。別に良いの」

 そう言って女性はにっこりと微笑む。

「優しい人で良かったの」

 ニコニコ返し、だけどすぐ女性は不安な表情を見せた。

「でも……本当にここなの?」

 目の前に広がるのは巨大な城。

 ここは別名『世界の中央』。


 ハイドランド王国首都リオンの中心に備える城、即ち魔王城であった。


 冒険者学園と魔王城の距離はそう近くない。

 今回も一時間の高速馬車を経由して三十分以上も歩いてようやくである。


 その道中を、迷子のクリスに冒険者学園傍からずっと付き添ったというのに女性は一言も不満も愚痴も漏らさなかった。

 むしろ女性にとって彼に恩を売れるというのは大きな機会であった。


 そう……彼女は未だ諦めず、クリスの事を狙っていた。

 そのぬいぐるみすぎるファンシーな容姿は、我が拠点であるファンシーショップ『ふぁんふぁんふぁーふぁー』通称『F4』こそが最も相応しいのだと!


 ファンシーグッズフリークの間では隠れた名店と噂され、評判はいつだってマニアの間で星五をキープ。

 古い新しい人気不人気一切関係ない。

 重要なのはただ一点、それが可愛いかどうか。


 徹底的なまでの拘り故に人を選ぶ部分があるのは間違いないが、それでも拘りぬいた名店であるという評価が受けている。

 そんな店の主故に、クリスをずっと狙い続けていた。

 出来るなら己の代わりに表に立つ店主に、それが無理でもアルバイトでもしてもらえないかなと。


 だから、遠方の冒険者学園と魔王城付近の直通ルートを彼女はいつも研究していた。

 学園から魔王城半径二キロ圏内のうちの店にどうやってこまめに来て貰うか、どうすれば交通時間を最小に出来るかを。


 ついでに言えば、ここ最近の日課は冒険者学園付近の配達配送の仕事を店長直々に行い、その帰りについでに見回りと称し学園付近でクリスを見つけストーキングする事である。

 この女はこの女で割とヤバい女であった。


「大丈夫! ここで合ってます!」

 そう言ってびしっと、彼は己の城を指差した。

「おや、坊や、何か用かい?」

 その姿を見つけ、兵の一人が近づいて来た。

 ニコニコしながら子供扱いする、若い兵士。

 その彼にクリスが返事をしようと顔を上げた瞬間……若い兵士は、隣の男に結構強い力で小突かれた。


 その拳は、金属ヘルメットがへこむ程の威力だった。

「い、いってぇ! 何するんすか!」

「失礼な物言いをするな! 若い者が失礼しました。どの様な御用か伺っても宜しいでしょうか?」

「うん! えっとね、ヒル……」

 一瞬ヒルデを呼ぼうと思ったクリスは、ふとヒルデに言いつけられた事を思い出した。


『その姿ですと我々の名を使ってもこの城の奥どころか城内に入る事さえ無理かと思います。ですので、もしその時が来るなら……』

 がさこそとバッグを漁り、そしてヒルデに渡されたメモを持ちそれを読んだ。


「えと『D-65の3226』でわかります?」

 ぴくっと、兵士の顔が一瞬だけ険しくなった。

「少しだけお待ち下さい」

 男は懐から手帳を取り出し、その中を見る。

 まるで辞書で索引から検索する様パラパラとめくり、そしてその文字列と意味を見つけて……。


「確認しました。案内の者は必要でしょうか?」

 極めて冷静に、静かに男は口にした。

 恐怖をかみ殺しながら。

「流石に城の中は大丈夫」

「では、手続きはこちらで取っておきますので、どうぞこのままお通り下さい。ですが、申し訳ないがお付きの方は……」

 女性は慌てて手を横に振った。

「あ、私は大丈夫! ただの案内だから。じゃーねーもふもふちゃん。良かったら……」

「うぃ。お礼を持って帰りに寄ります」

「うん。待ってるね!」

 そう言ってにこやかに手を降って、女性はその場を後にする。


 そしてもふもふちゃんと呼ばれたぬいぐるみがきゅむきゅむ城内の奥に入っていき、その姿が見えなくなった後……。


「お前! 馬鹿か!? 誰が相手でも同じ対応をしろと言っただろうが!?」

 中年の男は若い兵士を怒鳴りつけた。

「いや、だって困ってそうだったから……」

「その気持ち自体を否定しない! だが、我々の仕事は案内でも観光でもないんだぞ!?」

 そう、彼らの役目は門番で見回り。


 だから老若男女問わず常に丁寧な敬語を心掛け、目上として扱う。

 それはどんな相手でも差別せず、皆尊きと尊重して……なんて綺麗事な理由ではなく、例えどの様な容姿が相手であっても疑いの心を消さない為である。


 女だから悪くない。

 子供だから怖くない。

 老人だから大丈夫。


 そんなのは理由にさえしてはならない。


 例え女子供であろうとも。

 その考えが違うのだ。

 子供なら、女性なら大丈夫……なんて甘い発想の時点で既に悪に負けている。

 悪とは、敵とは、容赦なくそんな容姿を利用する存在であるのだから。


 だからこそ門番の役割は、相手に寄り添わず過大な敬語にて距離を取りながら、対話する相手を怪しみ続ける事。

 そういう意味で言えば、新人の優しさは兵には相応しくない悪癖であった。


「とは言え……今回の場合は違う理由でお前ヤバいかもしれんがな。……クビじゃ済まないかもしれん……」

「へっ? どういう事っすか?」

 男の言葉に新人はきょとんとした顔を見せた。

「さっきあのお方が言っただろう」

「あの方って。もふもふちゃんっすよ?」

 嘲笑う様に男は言った。

 馬鹿にしている訳ではないが、敬うには少しばかり可愛すぎた。

「例え勘違いでも、そう呼んでおいた方が良いのだよ。『D-65の3226』ってのは『AD案件』の別名だよ。ご丁寧にヒルデ様発令でもあった」

「えーでぃー?」

大魔王(アークデーモン)案件の略だ、馬鹿が」

「へ? あれって迷信っすよね?」

「俺は知らん。だけど、例えその迷信が真実だろうと虚構だろうと、国の最重要案件だぞ? それに触れるという意味がわかるか? あのお方、堂々と城の正門突き進んで行ったぞ。そんなお方相手に、お前はAD案件の関係者の方に舐めた態度で子供扱いをして……」

「……隊長。骨は拾って下さいっす」

「一応……お前は良い奴だと報告はしておく。とは言え……今日はもう休め。身綺麗にする時間位は欲しいだろう」

「うぃっす。お世話になりました」

 とぼとぼと、絶望感溢れる顔で新人は帰っていく。


 誰も何の音沙汰を下すつもりもないと彼が知る一週間後まで、若者はただただ胃を痛め続けた。




 城の奥をきゅむきゅむと足音を立て進む獣の横に、まるでずっと隣にいたかの様な態度で平然と、ちゃらちゃらした男が並んだ。

「おやおや大将。随分とお早いお戻りですね」

 ケラケラ揶揄う口調で、ヘルメスは城中枢部に戻って来た主を小馬鹿にする。

 クリスはそれを楽しそうに受け入れた。

「恥ずかしい話なんよ」

「そんで、何かあったんで? もしかしてもうバレました?」

「ううん。その気配はないよ。一応仲間も出来た」

「そりゃ目出度い。そのもふもふでも何とかなるんすね。そんで、どうします?」

「うぃ。ヒルデを呼んで欲し……」

「その必要はありません」

 すっと、まるで最初から聞いていたとばかりにヒルデはその場に現われた。


「うぃ。恥ずかしながら戻って来たんよ」

「何も恥ずかしくは御座いません。我が主よ。ここは我が主の居城なのですから何時でもお戻り下さい。むしろ、良くお戻りくださいました」

 そう言って、ヒルデは深々と頭を下げる。

 その後で見せた表情は、普段の堅苦しい物とは思えない位、優しい笑みだった。


「そんで話だけど……」

「急ぎでないのでしたら昼食と共にどうでしょうか? それと、僅か数日程とは言えお体に乱れが見えますのでお身体のトリミング(手入れ)の方もさせて頂けたらと……」

「食事は良いけど……それいる?」

「絶対に必要な事です」

 普段は命令に従うだけのヒルデらしからぬ程、強い口調だった。

「じゃあしょうがないね」

「ご理解感謝します。では、まずは食堂の方にどうぞ」

 そう言って流される主と流しきる従者。


 その様子をヘルメスは苦笑しながら見送った。

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