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もふもふ元大魔王の成り下がり冒険譚  作者: あらまき


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信仰システム


 何か冒険者らしい事をしよう。

 そんな事を漠然と思っている間に時間だけが過ぎていき、あっという間に一週間が過ぎ去った。


 何も出来なかった事に別に深い理由はなく、単純に忙しくて何かをする余裕がなかった。

 特に、クリスとリュエルには差こそあれど同じ欠点を抱え、それが如実に表れた事が活動の制限に繋がっていた。


 つまるところ――『体力』。


 クリスの受けた封印は身体能力を極限までに封印する上に、限りなく体力を削る。

 動かす体が小さい為そう極端な影響は受けていないが、その体力は子供レベルであった。

 リュエルはクリスよりはマシとは言え白の権能で体力を誤魔化す事が出来なければ普通の女子とそう変わらない体力しかない。


 二人共病弱とか不健康という程ではないが、それでも平均よりは遥かに劣っているのも事実であった。


 普段の活動程度なら、問題はない。

 だが、体力関連の授業に一度出るともう駄目。

 元々潰れるまで走らせたり素振りさせたりという様な授業である為、その後の活動さえまともに出来ない程疲弊した。

 体力がない上に手抜きが出来ない性格もまた疲弊の理由の一つでもあるだろう。


 じゃあ苦手を後回しにして別の事をすれば良いという話なのだが……そんな発想はクリスにはない。

 むしろ苦手分野を積極的に攻めるのがクリス流である。


 苦しいし辛いし痛い。


 それが、クリスには新鮮で、ありたいていに言えば嬉しかった。

 苦労してみたいというのがずっと昔からのクリスの夢であったのだから、クリスは今が一番楽しい状況でさえある。


 それに付き合わされるリュエルとしては溜まった物ではないが。


 それでも……リュエルにも役得らしい役得はある。

 どうしてもクリスの方が体力がないから、帰り際になると比較的に言えばまだ余力のあるリュエルがクリスの面倒を見る。

 その時本当に駄目な時はリュエルはクリスを抱え寮まで連れて行ってあげるなんても事も一週間の内にはあった。


 要するに、抱きしめつつ時折こっそり顔をうずめクリスきゅん吸いを決め込めるという事だ。

 汗を掻いた後のクリスきゅんを決める。


 その一瞬はこれまでの人生全てを足しても足りないであろう充足感であり、このためにリュエルは生きていると言っても過言ではなかった。


 そうこうして冒険者としての心構えやマナー、作法についてを学び、学園に何があるかを調べ、足りない体力を増す為に体力アップ用の授業を多く受けて、そして一週間。


 依頼を受けてもいないしダンジョンにも潜ってない。

 何も動いていない一週間だったけれど、クリスはそこそこ満足した日々を過ごしていた。

 リュエルもまあ、ベクトルは違うが一ミリも後悔のない日々であったと断言出来た。


 そして今日、ものすごく久々に担任より呼び出しがありホームルームが開かれ、D組の教室にほぼ全員が集まっていた。


 既に三割近くが姿を消していたが。


「……まじかよお前ら。まだ一週間だぞ」

 久方ぶりに姿を見た老年の女性担任は呆れ顔のまま溜息を吐いた。


 初回の出席率からこれまでよりマシそうだと思っていたが、そんな事はない。

 歴代でも最速の減少速度で、これは正直予想していなかった。


 というのも、例年ならばその数が一気に減りだすのは一か月以上過ぎてから。

 その辺りから、学んだ事を利用すれば冒険者の資格などなくても食うだけなら困らないと気付くからだ。


 だけどまだ一週間。

 大した教育を受けてもいないし稼ぐ手段もまだまだ安定していない。

 この状況で辞めるという事はつまるところ、ただ面倒で投げただけという事であった。


 再び担任の溜息。

 そして気持ちを切り替える。


「せんせー。ラウド杯は取れましたかー?」

 生徒の一人がどこか揶揄う様に外国の競馬レースの名を出し尋ね、その問いに担任はどうでもよさそうに答えた。

「あー? まあぼちぼちだ。というか、おうまさんに関しては別に儲けはどうでも良いんだよ。動物は良い。馬鹿じゃないからな」

 そう言ってから笑うその姿は、暗にお前らは馬鹿だと……。

「さて、馬鹿にわかる様に言ってやろう。めんどくせーけど全クラス必須の重要な講義をやるから集中して聞け」

 暗にじゃなくて直接的に馬鹿にしながら、授業を始めた。




「わかってる奴はわかってると思うけど、これから行うのは『宗教』の話で、そんで『信仰』の話だ」

 この世界に宗教らしい宗教はない。


 理由は単純で、実際に神が存在しているからだ。

 神が人々に影響を与え、人々は神に寄りそう。

 だからそれは宗教というよりも、神話の方が近かった。


 ここではない神の世界にて彼らは存在し、時折気まぐれでこちらに声をかけ、気に入った人を助ける。


 彼らは人に理解出来る様な単純な存在ではない。

 文字通りの超常なる存在である。

 だけど、人々にとって敵という訳でもない。


 少なくとも、彼らは自らの信者に対し意味もなく害するなんて行為を行わない。

 それどころか、彼らは己が信者に対し『利』を与え、他の神々と競い合っているフシさえある。


 要するに、神を信仰する事による直接の『恩恵』。

 そんな祝福が存在している。

 だからこそ、力を求める冒険者が宗教について学ぶのは当然の摂理であった。




 まず、始まりとして語るべきなのは『創造神』。

 この世界において唯一信仰出来ない、例外の神。

 この世界に生み出した女神は、既にこの世界を去っていた。


 全ての頂点である創造神は、名前さえもわからず語られる事もない。

 他の神も最低限以上の事は語らず、何がどうなって立ち去ったのかも不明。


 それでもこの神が全ての頂点である事に変わらず、存在しない今尚もその恩恵を受けていない者はいない。

 信仰出来ないというよりも、この世界全ての民が信者であると言った方が正しい。


 そして残りの神々も全てこの女神の下についている為、信仰が重複する事もない。

 要するに『空気』の様な神である。


 自ら信仰せずとも信仰した事となり、そして信仰さえも何もしなくても良い。

 ただそこに居るだけでその神が居るという証明となり、そしてただ生きるだけでその神への感謝となる。

 世界そのものが、彼女と言っても良いだろう。

 そんなだからきっと名前さえ忘れされたのだ。


 それでも、この忘れ去られし創造神を熱心に信仰する者は少なくない。

 その数少ない恩恵が『出産時の母子の安全』という特大の恩恵であるからだ。


 実際出産の際に母親も赤子もその声を聞いたという者もいる。

『大丈夫、私がいるから』

『もう少しだよ』

『安心して、絶対に助けるから』

『早くおいて、世界は君を待っているから』


 それが幻聴と言われたらそうだろう。

 そんな力はないというのが神界での共通見解でもある。


 それでも、彼らは信じていた。

 例え忘れ去られ、神界にさえその姿はなくとも、今でも見守って下さっていると。


 教会にて最も多く祭られているのは、その忘れられし創造神。

 始まりの『三神』の母神であるからではない。

 どの神々よりも母を、子を護ってくれているからだ。

 

 創造神の教会は母子の安全を祈る事に特化した場となり、そういう事情から病院の出産関連に強く関わっている。

 教会とは名ばかりで、ぶっちゃけ出産特化の医療施設である。

 多くの生まれる命とその産む者を救う事こそが創造神への恩返しであるとその教会が思っているから、この様な実利一択の教会となった。


 病院が二つ街にあれば、創造神教会もどこかに一つ存在する。

 その位の比率と思って間違いはないだろう。




 そしてここからが、実際に信仰出来る神となる。


 その数は『七柱』であり、『大神(メジャーゴッド)』と呼ばれる『三神』と『小神(マイナーゴッド)』と呼ばれる『四神』。

 大神は創造神より直接生み出された神で、この三神が今は直接世界を管理している。


 見渡す限りの大空、その全てを己が物とし支配している『天空神ユピル』。

 時に民を慈しみ、時に大いなる厄災と果てる女神『海洋神エナリス』。

 黄昏よりも深き闇と抗い様のない死を司る神『冥府神クトゥー』。


 闇の中がそのまま地中も意味する為、創造神が生み出した『始まりの大地』以外の空と海と地下をこの三神が生み出したとされていた。


 小神になると因果が逆転する。

 つまり、神が世界を作ったのではなく世界が神を作った。


 大地より生まれ、豊穣を司る『緑の神フェスタ』

 願いより生まれ、癒しを司る『白の神ホワイトアイ』

 天空より生まれ、自由を司る『青の神ルア』

 紅焔より生まれ、戦争を司る『赤の神タウフレイヴ』


 これらの神は世界よりも遥か後に生まれ、それ故にその力も大神には及ばない。

 代わりに彼らは大神以上に人と隣接的な関係にある。

 人が滅んでも大神は滅びないが、小神は人が滅べばそのまま存在を失い消滅する。


 故に、大神は強力な権能を持ち大きな力を授けてくれるが人には決して顧みず、小神は人々と共に歩む為、力こそ弱いが人々に寄り添った権能を持つ。

 この七柱を学び、己に最も適した力を授けてくれる神を探すのが理想と言われているのだが……。


「あーまあ、ぶっちゃけ知っていると思うけど、そりゃ別に自由に選べば良いけどさ、特に何事もないなら冥府神一択な。よほど相性が良い神様がいるとか、よっぽど神様に気に入られているとか、家庭の事情とかない限りは悩む必要はない。まあ、何かあっても悩みは聞かんから自分で考えろ」

 なげやりに担任はそう告げた。


 そう……神々について授業で深く話さず概要しか説明しないのは、ほとんど必要がないからである。

 神には他の側面もあり、思わぬ神様に思わぬ力が隠れているとかあるのだが、歴史を学ぶ事で信仰を理解しより神に近づき恩恵を得るとか、そんな事どうでも良いとばかりに冒険者と冥府神の相性は良かった。


 というのも、冥府神が担当するのは地下世界。

 つまり、自然に発生したダンジョンは全て冥府神の担当という事になる。

 何なら不思議な事にタワータイプのダンジョンも冥府神の担当である。


 そんな冥府神を信仰する利点の()()に『ダンジョン内での活動が楽になる』なんて冒険者にとって必須じゃないかと思う様な恩恵が含まれている。

 本来ならばダンジョンに入れば異なる空気、異なる魔力で呼吸さえも制限され、場合に寄れば空気そのものが毒性を帯びているなんてダンジョンもある。


 それらのデメリットが『全て』軽減される。

 信仰をより深めた場合はダンジョン内でも地上と全く同じ風に感じる事が出来るそうだ。


 これが最大の理由である事に間違いはない。

 だけど、これだけでもない。

 冥府神の担当は地下に在する財貨も含まれる。

 即ち、鉱石や宝石。

 冒険者にとってのお宝の一つである。


 更には冥府である以上死とも関わりがあり、物理的な死を遠ざけてくれる上に死後の面倒までも見てくれるという始末。

 死にやすい冒険者にとってこれほど有難い事はないだろう。


 これらの恩恵はまだ初歩の初歩。

 冥府神について学べば学ぶだけ冒険者と相性の良い恩恵が増えていく。

 下手な冒険者より冥府神の神官の方が冒険者に向いているなんて言われている位には、冥府神の恩恵は冒険者向きの者が揃っていた。


 そういう訳で、冒険者にとって冥府神以上の神は存在しない。

 例え一度もダンジョンに潜らないと決めた冒険者であったとしてもその加護は決して無駄にならず、また行く気がなくてもダンジョンに行く可能性がある事を考えたらむしろダンジョン経験が少ない者こそ恩恵は大きい。


 そしてそんな事は周知の事実である為ここにいる大半は冥府神を信仰するつもりだし、既に信仰している者も少なくない。


「まあ、信仰を変えろとは言わんし強制する気もない。悩む位なら冥府神にしとけって話だ」

 冥府神についてだけ深堀りした後、担任はそこで会話を打ち切る。

 授業時間自体は残っているが、次の予定を考えたら時間は既に押しているという状態となっていた。


「……こりゃたぶん待たせる事になるな。お前少し急げー。実際に信仰の時間だー。既に信仰してる奴も念の為来いよ。何のトラブルがあるかわからんからなー」

 そう言って担任ぱんぱんと手を叩いて教室の外に出ると、生徒全員急いで立ち上がりその背を追いかけた。


「リュエルちゃんは白の神だよね?」

 廊下にて、てってってっと、後ろの方を走りながら、クリスは尋ねる。

 足のリーチが短いからか、皆が早足となるだけで走らないとついていけなくなっていた。


「ううん。別に。これは私の権能だし勇者候補生もどっちも良いし。良く知らないけど白の神様もそう言ってたらしいよ?」

 勇者という存在の担当が白である以上そうだと思ったが、別にそうでもないらしい。

 少し残念に思うが、それはそれで良いとも思える。


 もしそれが事実なら、『白の権能』なんて神の祝福に等しい力を持つリュエルは世界で唯一の二重信仰を会得する事が可能という事になる。

 そんな素敵な浪漫応援しない訳にはいかなかった。


「クリス君は?」

「めいふしん!」

 きりっとした顔で叫ぶ。 

 自分は普通の冒険者になりたい。

 だったら普通の冒険者らしく、普通に冥府神に信仰する。


 それがクリスの考える普通であった。

「そか。じゃあ私もそうしようかな。……体力ない事わかったわけだし」

 以前は白の権能でごり押ししていたが、それを封じた今良くわかった。


 自分は体力がない。

 そしてダンジョン内では必要以上に体力を消耗する。

 そう考えたら、リュエルも同様選択肢は一択であった。


「そか。お揃いだね」

「そうだね」

 ここにいる皆そうなのだが、そんな事どうでも良さそうに、リュエルはクリスの方をじっとりと見つめた。

ありがとうございました。

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