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もふもふ元大魔王の成り下がり冒険譚  作者: あらまき


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気苦労の多い男だった


 哀れな犠牲者によって終わりを迎えたホームルームの後、生徒達はぞろぞろと教室を去っていく。

 その最後の方で、クリスとリュエルは移動を始めた。

 彼らと同じ様に、次の場所を目指して。


 冒険者なんて到底一言では表せない職業を一度に支援出来る様、この学園は無数の建造物にて構成されている。


 百に近い授業用の棟に二十を超えるグラウンドと四つのダンジョン。

 寮やトレーニング施設に学内用教会、生徒や教師が個人で所有する施設を含めたら全て倍以上となるだろう。

 それがこの冒険者学園の中にあるとされている施設である。


 とは言え、多くの生徒はその内の二割も利用する事はない。

 新入生は新入生エリアと呼ばれる場所から出る事はあまりなく、同時に何年も学園に滞在しても専門的な内容である為同じ様な場所をぐるぐると回る事となる。

 更に、奥の方にあるのは特殊かつ出入り厳禁な研究関連。

 ダンジョンもまた一般開放されているのは二つのみで残り二つは危険だから封印する為に管理されているなんて代物。

 だからどれだけ広くとも学内施設の利用割合は二割を切り、広い割には迷う事は少なくなる。


 ただ、その多くの施設に接点が乏しい故に、この学園にも多くの疑惑や噂が渦巻いていた。


 曰く、封印されているダンジョンは実はめちゃくちゃ美味いダンジョンで教師が独占している。

 曰く、この学園にはハイドランド王国にクーデターを起こす為のテロリストを匿う施設がある。

 曰く、この学園に宝がありその地図が裏購買で売られている。

 曰く、上級生の中にはどんでもなく男好きの女性が居て、新入生男の一割は襲われ女性にトラウマを持つ。

 曰く、曰く、曰く――。


 七不思議ならぬ七十不思議位はあるだろう。

 まあ当然、どれもこれもが根も葉もない単なる噂に過ぎないが。


 ただ、それが広まってもおかしくない位に学園は広大ではあり、噂が広まる土壌がある程度には不思議な場所が多かった。




 冒険者学園の中で必須科目という物はほとんどない。

 冒険者を志すのだから当然、全ての行動は自己責任である。

 授業を選択する事も、特別な有料授業を受ける事も、授業を受けず依頼を受ける事も、何もせずのうのうと暮らす事も、全てが自己責任。


 そんな中、クリスが一番最初の授業として受けようと思ったのは、ダンジョン関連についてだった。


 やはり冒険者の花と言えばダンジョン。

 しかも初心者向けとは言え学内にダンジョンがあるのならば、それに行ける様準備をしたいというのが冒険者魂という物だ。

 特に、儲けではなく浪漫を求めるクリスにとっては。

 リュエルは特に何の疑問もなくクリスの後ろについて歩いていた。


 という訳で多くの生徒と同じ様ダンジョン関連が学べる建造物に移動しようとして……。


「少し、良いだろうか?」

 疲れた顔のアルハンブラが、クリスとリュエルに声をかけてきた。

「あ、おはよう」

 そう言ってクリスは手をあげニコニコ。

「うん、おはよう」

 静かに、ぺこりとリュエルも頭を下げた。

「ああ、おはよう二人共。そして授業前の大切な時間にすまない。時間は取らせないから少し良いだろうか?」

「ん? 何何?」

 アルハンブラは少しだけ、遠回しに授業の説明を始めた。


 この学園は一年でおおよそ百程の回数入学を受け付けている。

 そんな非常に細かい頻度で入学を受け付ける為、授業進行と入学時期が大体一致しない。

 だから何も考えず授業に向かうと第二回とか第五回とかの授業を最初にやる事になる。


 まあよほど進行していない限り問題にはならない様になってはいるのだが、実の事を言えばそれはかなりもったいない行為である。

 何故ならば、大半の授業は初回が一番濃いからだ。

 限りなく極端な暴論なのだが、新入生向けかつ初歩の初歩を示す程度の授業ならば『初回』を受けるだけで事足りる。

 もっと言えば、初回の授業を受ける事が最も対費用、時間といったコストパフォーマンスが高い。


「そして、何故かわからないが非常に重要度の高い講義の第一回が特別臨時として本日行われる事となっているんだ」

「ほほー。その授業の名前はー?」

「『剣術入門』。一つ目の話はそれだ。最初の授業にこれほど相応しい物はないから受けてみないかという提案をしたい」

 クリスとリュエルは互いを見つめ合う。

 それはどっちでも良いという顔だった。


 悪くはない。

 だが、悪くないというだけで積極的に受けるべき理由はない。

 リュエルは初心者向けの剣術を学ぶ理由はなく、クリスに至っては使うべき武器さえ決まってないしそもそも武器すらまだ持てない状態で。

 この状態で受けるべき授業であるとはあまり思えないのだが……二人はアルハンブラの事を信頼し話の続きを聞く事にした。

「別に良いけど、どうして?」

「色々と理由はあるが冒険者教育論の基礎でもある『スキルシステム』の説明も兼ねている事が大きい。この学園の戦闘技能は全てシステムに合わせ調整されている。どこかでちゃんと学んだ方が良いだろう」

 結論をそう伝えた後、その理由を端的にアルハンブラは説明しだした。


『スキルシステム』

 それを端的に言うなら『近代複合式戦闘構築術』となるだろう。

 元々は冒険者用に作られたメソッドの一種だが、今では広く活用されている。


 メリットは己の技能を管理しやすく多くの能力を取得できる事。

 技能の習熟が数値で見えるからわかりやすく、次の目標を目指しやすお。

 己に必要な能力を取得し出来る事を広げていくカリキュラム式の能力取得。

 それは資格の様に己の出来る事を広げる事が可能なのと同時に、冒険者として出来る事が一目瞭然となり依頼しやすいなんて大きなメリットもあった。


 スキルシステムは冒険者の様な万能性を求める職種と相性が良い為、多くの技能を必要とする軍の特殊部隊、並びに従軍医療チームにも良く導入される。

 何ならハイドランドで生まれたのに他国の軍も一部これを導入している。

 その反面、剣術家などの特定の単一技能に特化している職種の場合はあまり役に立たない。


 縦を伸ばすのに弱いが横を伸ばすのに強い。

 そういう性質の訓練スタイルと言えば良いだろう。


「リュエルちゃんはさ、スキルシステムについてどの位知ってる?」

 クリスの言葉にリュエルは首を傾げた。

「スキル……システム? ……何それ?」

 その返事を聞いてアルハンブラは顔を顰め、その表情を見せない為帽子で顔を隠した。

「ああ……もう。一瞬だが深い闇が見えた気がするよ……」

 スキルシステムは幅広い用途を持つ役職に使われやすい。

 勇者候補生なんか見事にそのど真ん中だ。


 勇者候補生なんて言っているがあれは所謂『高潔かつ勝ち組で将来安泰な冒険者』の類似品である。

 その勇者候補生がスキルシステムを知らないというのはちょっと考えても普通ではない。

 むしろ新入生よりもよほど詳しいはずである。

 つまり……知る事が出来ない環境にあったという事だ。

 勇者候補生である彼女が。

 その事に何と言おうかアルハンブラが悩んでいると……。


「そかそか。だったらそっちに行くべきだね」

 クリスはそう言って微笑んだ。

「私の為に変えなくても良いよ。必要なら勝手に調べるし」

「ううん。むしろ一緒の授業の方が丁度良いでしょ。私はラウッセルとのリベンジの為に力が欲しい。リュエルはスキルシステムを学べる。更に言うなら、アルハンブラ推薦の授業。ね? 丁度良いでしょ?」

「……そうかも。うん。クリス君がそれで良いなら、私に異論はない」

「という訳でそっち行ってみるよ。ありがとうアルハンブラ」

「構わないよ。それと、もう一つ話が……いや、二つ程話があるのだが聞いても良いだろうか?

「ん? 何?」

「こちらは頼まれ事でもなく単なる好奇心で、言いたくないのなら言わなくても良い」

「気になる―。何でも気にせず聞いてよ。友達でしょ」

「……ああ、そうだな。じゃあ尋ねよう。クリス、君はスキルシステムについて知ってるのかい?」

「うん。ゲームみたいな奴でしょ? たぶん他の人より少しだけ詳しいよ」

「そうか。……君は案外ミステリアスな男だね」

「ふふん」

 そう言ってクリスはドヤ顔をする。

 リュエルは静かに、だけどしっかりと威嚇する様アルハンブラを見据えた。

 まるでマーキングする猫の様に。


「大丈夫。君達の間に入るつもりはない。その余裕もないし……」

 アルハンブラはそう呟いたかと思うと疲れた顔を見せた。

「そいえば聞きたかったんだけど、どうしてクラス委員……というか教師の真似事をしているの?」

 朝の事を思い出し、クリスは尋ねた。

「ああ……。頼まれたんだよ。依頼形式で。報酬が良かったから引き受けたけど……まさか担任の仕事ほとんど全てをやる事になるとは思わなかった。まあ、自分で選んだ事だ。投げ出しはしない」

「大変だね……。手伝う事があったら言ってね。出来るだけは手伝うから」

「ありがとう。その時は友人としてか、もしくは依頼人としてお願いするよ」

「うぃ、よろしく」

「ああ。それで最後にもう一つの話なのだが……」

「うぃうぃ」

「学園長が君達を呼んでいるよ。何か思い当たるフシはある?」

 リュエルは首を横に振る。

 その反対に、クリスは首を縦に振った。


「そうか。まあ、とりあえず伝えたよ」

「うぃうぃ。ありがとうなんよ。それで、その剣術の授業まで時間どの位ある?」

「二時間後、第三号館二階初級講義用教室C。つまり右隣の建物だね」

「だったら先に学園長のところに行ってくる。色々ありがとね」

 ぶんぶんとコッペパンみたいな手を降ってそのまますたすた学園長の元に行く彼らを見送り、アルハンブラは担任教師の仕事に戻った。




 アルハンブラは結局、小さな忠告を口に出す事が出来なかった。

『ゲームみたい』

 その言葉はあまり口にすべきではないと伝えるべきかどうか悩んだまま、他の要件を済ませてしまった為に。

 確かに、スキルシステムはゲームの様な物ではある。

 だが、その例えを行う者は限りなく少ない。

 というよりも、そもそもその()()()とやらを遊んだ事がある人がほとんどいない。

 ハイドランド内で一パーセントもいないだろう。


 魔導電脳遊戯(ゲーム)


 それは下手な家や大規模魔導施設よりも高級な代物であり、貴族クラスでない限り一個人が持つ様な事はあり得ない程の高級品。

 しかも、単なる娯楽品である。

 興味のない者にとってはがらくたにしかならない為、愛好家の数は本当に少ない。


 それを気軽に遊べたというのはもう貴族階級である事と同等の意味と言っても良い位だ。

 故に……アルハンブラはクリスに対し『その様に誘拐を誘発する様な事を口にするのは控えるべきだ』と言おうと思ったが……流石にそれは子供扱いし過ぎだろうと考え口に出せずにいた。


 確かに、冒険者たる者自己責任である事に違いはない。

 それでも、友に対し気づきを忠告しないのは人道に反するのではないだろう。

 だがそれでも彼のプライドを傷つける可能性もある行為でもあって、だけど放置して後味悪い結果になるのも嫌で……。

 

 悩んで悩んで、アルハンブラは後日改めこっそり間接的に忠告しようと決めた。

 そんな細かい事まで真面目に考え真剣に悩むからアルハンブラは担任から仕事を全部投げられていた。


ありがとうございました。

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