魔界貴族
『魔界貴族』
ハイドランド王国にて爵位と呼ばれる地位に相当する立場の者はそう呼ばれている。
元々は我らが主、偉大なる大魔王こそがこの『魔を統べる世界』の後継者であるという黄金の魔王過激信仰者より生まれた魔族至上主義的思想であったのだが、長い歴史にて代替わりを繰り返すうちに、単なる貴族を示す言葉に変わった。
まあ、他国に存在する一般的な貴族と異なり、商人や町長といった仕事を兼用する者が多いが。
まあ要するに『魔王城に属さない大魔王直属配下の子孫』が魔界貴族である。
かのラウッセル・ド・リディアの生まれた名門『リディア家』はその序列八十三位に位置する。
別に序列が高い訳でなくむしろ低い方であり、他国で言えば少々力の強い男爵家相当となるだろう。
その現当主であるマロングル・ド・リディアは誠実なる男であった。
ただ、それは誉め言葉ではなくどちらかと言えば悪口に近いが。
魔界貴族とは魔王を支える為の一門。
魔王の為に力を振るえる事を悦びとし、魔王の為に死す事を至上の誉れとする。
故に彼らの根本は力にあった。
永い時代の中で大魔王と直接会った事がある者はほとんどいなくなり、魔王への恐怖に近い崇拝はもはや消え去った。
それでも尚、彼らの根本は変わらない。
『魔界貴族は力こそ全て』
そういう意味で言えば、序列は低く力への渇望も少ない真面目さが売りのマロングルは魔界貴族らしくないと言えるだろう。
彼は良くも悪くも民草思いの普通の貴族であった。
とは言え無能という訳ではなく、また己が力や権力に酔って暴れる事もない貴族としては模範的な男であった。
地味な事意外欠点のない退屈な男。
無難に仕事をこなし民と共に家庭も愛した普通の男。
そんな器用貧乏なマロングルが唯一己の欠点であると思ったのが……子育てについてであった。
マロングルは息子に貴族としての誇りを伝えた。
苦渋を飲んでも民を護る事の重要性を説いた。
そして力なくば貴族にあらずという伝統も受け継がせた。
それを息子は素直に受け入れた。
ラウッセルはそれを理解した。
その上で……彼は魔法至上主義の選民思想に偏った。
とは言え、これは彼だけが悪い訳ではない。
魔界貴族そのものにその病は広がっていた。
魔族たる者強き魔力を持つ事は当然の摂理。
強き魔力を持ちそれを扱う者を強者と呼ぶ。
世の中には二種類の魔族が存在する。
『魔法を使い世界に己を知らしめる偉大なる魔法使い』
『魔力を用いてその武器にて世界を切り開く優れた戦士』
それ以外の物は魔族ではなく、出来損ないに過ぎない。
悲しい程に、魔界貴族と魔法的選民思想は相性が良かった。
ラウッセルの考え方はそう難しいものではない。
選民たる己がパーティーを組むに値する者は冒険者学園入りたての奴らの中にはほとんどいない。
その中でも最初の仲間、パートナーとも呼ぶなら己に等しい者が望ましい。
そう考えたら、選択肢は一つとなった。
勇者候補生。
膨大な魔力を持ち、刃にて全てを切り裂く魔法戦士。
純粋たる魔法使いである自分と相性が良く、そしてその名は魔界貴族の一門たる己に負けていない。
だから彼女リュエル・スタークは己の相棒となるべきである。
そう考える彼が輪郭がどこなのかさえわからないふわっふわなナマモノに先を越された心境を想像して欲しい。
その上でナマモノは『お前が下に下れば仲間にしてやる』的なニュアンスを吐き出した。
そんな彼の心境を想像して欲しい。
そう、ぶっちゃけキレそうになっていた。
とは言えキレる訳にはいかない。
下々の者に激昂し暴力を振るうなんてのは下賤な行為そのものである。
貴族はいつでも優雅にいて、そして俯瞰的に世界を見下ろす。
ラウッセルはぷるぷる震えながらも腕を組み、見下す様にクリスを見た。
その仕草と態度がマ〇フォイみたいでクリスの高感度は更に上がった。
「それで、そこのナマモノ。貴様は……新入生……だよな? 昨日付けの?」
そのニュアンスは学生である事の確認よりも、完全に『お前本当に人間か?』という類の物だった。
「うぃ」
そう言ってリュエルの腕の中で片手を挙げ返事をする。
「そ、そうか。私は名門リディア家の嫡男であるラウッセル・ド・リディアである。当然Aクラスだ。君は?」
「D!」
「掃きだめではないか!」
考えるより先に口が出ていた。
その位、Dというのは低い位置にある。
わかりやすく言えば、街におけるスラム街である。
そんな蛮族なんて彼女に相応しくないと思っていたら……。
「私もDだけど?」
リュエルのまさかの一言にラウッセルは雷に打たれたかのような表情となった。
「そ、そんな馬鹿な……確かに、何故Aクラスにいないのかと思った。質実剛健でBに行ったか民草を学ぶ為Cかと思ったが……何故……君程の者が……」
そのまま両手を地面に付けて、全身で絶望を表現していた。
「実際のところ、どしてDに?」
抱きかかえられながら、リュエルにだけ聞こえる様小さな声でクリスは尋ねた。
「え? テスト関連全部白紙で出したから」
「なんで?」
「面倒だったから」
「後悔はない?」
「ないよ。君と逢えたから」
「そか。だったら良かった」
そう言ってえへへうふふと笑いあう二人。
それに完全に無視された形となって、ラウッセルは流石に限界が来た。
「良いだろう! それならば俺がリュエル・スタークを正しき形とする。まず俺のパーティーに来てもらい、その上でAクラスへの移籍を目指そう。故に、決闘だそこなナマモノめ! 貴様を直々に罰してやる! そして俺が勝てば彼女を手放せ!」
ラウッセルは杖を持ち、そしてその杖をクリスに向けた。
魔法を使う為の物ではなくファッションとしての短杖を相手に向け怒りを示す。
由緒正しき魔法使い同士の決闘申し込みの作法だった。
「いや、リュエルの自由意思を無視した決闘はちょっと……」
クリスはそっと梃子を外した。
正直決闘はしたかったが。
「なんでだよ! いや、それは良い。確かにその通りだ先の言葉は撤回し正式に彼女に謝罪しよう!」
「思ったよりも物分かりが良い。やっぱり君頭良いね」
「馬鹿にしてるのか!? だがそれはそれとして俺と決闘しろ! どちらが彼女に相応しいか見せてやる!」
「そう言う事なら喜んで受けるよ!」
ぴょんとリュエルの腕から抜けて、落ちている木の枝を持って、そしてその枝をラウッセルに向ける。
ラウッセルのポーズが恰好良かったから真似ただけである。
その姿があまりにも可愛すぎて愛くるしくて、リュエルはちょっとほわっとしていた。
ありがとうございました。




