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29 手遅れ悪役令嬢、下準備をする

 朝の爽やかな空気の中、明るいダイニングホールで朝食を食べていた。

 朝食のメニューというのはどこでも然程、代わり映えはしないものだが、その分素材や味の良し悪しが顕著に分かりやすい。ここの朝食は王族が食べるだけあって、どれもシンプルながら手が込んでいてどの品も非常に美味しい。



 昨日までは勿体無いことに無感情に食べていた朝食だったが、今朝は飛び切り美味しく感じる。それはひとりの食事ではないからだ。会話をしながらの食事は料理の味をより引き立ててくれる。

 ……それが好きな人なら尚更だった。

 私はアンリ殿下と話しながらの和やかな朝食という望んでいた時間を、やっと得ることができたのだ。

 食べながら、ちらりとアンリ殿下の方を見ると、目が合った。なんともくすぐったくてうれしい気分だった。


「また、クリスのパンが食べたいな」

「お望みでしたらまた作りますね。どんなのがいいですか?」

「甘いものがいいかな……。クリームが入っているのは作れる?」

「クリームパンですか、一度試作してみますね」

「楽しみにしてる」


 カスタードでいいのかな。私はあのもったりとした重めの黄色いカスタードクリームが好きだ。つやつやと表面に艶が入った、アンリ殿下の髪色と同じ色のクリームパン。懐かしのグローブ型がいいだろうか。パンの部分はふわふわで軽く、対称的に中身のカスタードクリームはたっぷりずっしり重め。うん、いいな。美味しそう。

 しかしアンリ殿下は本当に甘い物が好きなのが、少し意外でむしろ可愛らしい。

 あ、もしかしたら頭を使う仕事の人は甘いものが欲しくなるってやつなのかもしれない。

 アンリ殿下が喜ぶような美味しいクリームパンを作るぞ! と私は決心して気合を入れるのだった。


「……あのー、甘ーいパン以上に甘い雰囲気醸し出してますけど、俺もいるのわかってます?」


 おずおずと会話に混じってくるフェオドール。昨日、あれからアンリ殿下にもちゃんと許可を得てしばらくの間滞在することになったのだ。


「わかってますよ。フェオドールさん。みんなで食べる食事は美味しいですね」


 ね、とアンリ殿下に同意を求めると、唇を不器用に動かして微笑んでくれる。

 だがそれを見たフェオドールは砂でも噛んだような顔をするのだった。


「うわ、アンリ殿下怒ってますよね? 俺、お邪魔ですもんね!? いや、本当すみませんって!」

「もう、怒ってませんって。あの顔、笑ってるんですよ」


 私はわかりにくいアンリ殿下の本当の表情を教えてあげるのだった。しかしフェオドールはかなり疑り深い顔をしてアンリ殿下の顔を見ていた。

 しかし私からすると、フェオドールとアンリ殿下は性格的にも真逆なタイプだし、学園に通っていた時もそれほど親しい間柄ではなかった割りには案外打ち解けているのではないだろうか。フェオドールは言いたいことを言っているみたいだし、アンリ殿下も表情を外仕様に取り繕っていない。中々いい組み合わせかもしれない、なんて思うのだった。




「いや、しかし美味いなー。さすが王族のお抱えコック……。細かいレシピ欲しいな」


 朝から手の込んだ食事の数々に、富豪の息子であるフェオドールも満足したように舌鼓を打っている。


「フェオドール様、おかわりをお持ちいたしますか?」


 皿が空になりそうなのを見計らってそう聞いているのは、なんとパトリシアだった。

 パトリシアは結局屋敷に残ることになったのだ。本人の強い希望である。


「あ、お願いします」


 フェオドールは遠慮せずにお代わりをしていた。朝から良く食べる人だ。


 パトリシアには自室で荷物を纏めてもらった後は、安全な場所に移して隠居させてゆっくりとしていてもらう、というのがアンリ殿下の考えだったのだけれど、パトリシアはしばらくしたら落ち着きを取り戻し、私やフェオドールが滞在している為、「お客様がいらしている時に、お暇をもらうなどとんでもありません!!」と居残ることを主張し、アンリ殿下はそれに折れたのだ。

 年齢的にも40代そこそこといったところなので、まだまだ働き盛りだという自覚もあるらしい。まあ確かに隠居するには少しばかり早すぎる。パトリシア自体は悪い人ではない。今までは仕方なくアンリ殿下のことを王妃に告げ口していた訳だが、本人がもうやらないと決めたのだし、パトリシアの安全さえ確保したならば問題はないだろう。


 実際にパトリシアの仕事を任せられるほど侍女がいないこともある。しばらくの間は新しく雇うわけにもいかない。それにアンヌはともかく、オルガにはまだまだ教えなければならないことがたくさんあるんだとか。それを聞いたオルガは、またも口に手を当てて「ひえっ」と声を上げていたのは可笑しかった。


「……全く、少しくらい休めばいいのに。パトリシアは言い出したら聞かないから」

「まあまあ、元来、子供というものは母の言うことは中々聞かないものですが、母もまた子供の我儘は聞かないものですのよ、坊っちゃま」


 パトリシアは坊ちゃま、の部分を強調して言う。

 アンリ殿下は坊っちゃまと呼ばれると珍しく苦々しい表情をするのだった。

 そんなアンリ殿下が可愛くて、私はクスッと笑う。


 ――そんな楽しい朝食の時間が過ぎていった。




 アンリ殿下は朝食を食べたらすぐに王城に向かった。色々とやることがあるらしい。

 何とフェオドールも一緒にである。「死にたくない!」と叫んでいたが、パトリシアの代わりである侍女兼護衛のオルガに強制連行されていった。アンリ殿下とオルガから離れなければ大丈夫だろう。多分。

 とはいえアンリ殿下とずっと一緒にいられるフェオドールが羨ましい。……ちょっとジェラシーである。

 パトリシアはこの件が決着するまでは屋敷内から出ることは難しい。その分、屋敷内でできる仕事を片っ端から片付けているそうだ。アンリ殿下が言うのもわかるほど働き者だ。ワーカホリック気味なのかもしれない。



 私はといえば、アンヌが先日にオリック商会から買っておいてくれた小物を見せてもらっていた。


 以前パトリシア達に採寸されて発注されていたドレスもオリック商会に頼んでいたらしく、仮縫いの状態で届いていた。サイズの問題はなさそうだったので大急ぎで仕上げてもらうことになった。

 さらに抜け目なく新しいドレスまで発注しておいてくれたらしい。……いつ着るのだろう。

 少々買いすぎではないかと思ったけれど、アンリ殿下曰く、「クリスの為なら店ごと買い取ってもいい」なんて言われてしまった。

 さすがに店ごとは要らないけれど、王族として毎年用意されている生活費が余っているらしくて、今回の費用については甘えてしまっている。

 フェオドールは「ご贔屓にしてもらえるのは嬉しいけど、店ごと買い取られるのは本当困るから」と言っていた。

 ……まあ、それはそうだよね。


 アンヌのセンスはとても良かった。王族付きの侍女なだけあって彼女は何から何までとても優秀だ。


「わあ、これ素敵ね」


 その中でも一際目に付いた黄色い薔薇がモチーフのストールピンを手に取る。薔薇の部分は切り出した水晶のようで、花弁の外側は黄緑がかっているが、段々と内側になるにつれて黄味が強くなっていく。


「こちらのストールにお似合いかと思いまして」


 アンヌが取り出したのは、マルゴさんから貰った黄色いストールだった。

 綺麗に洗濯してプレスもしておいてくれたのだ。

 肩からかけてもらい、ストールピンをさすと、同系統の色同士なのにグラデーションのかかった薔薇のモチーフがいいアクセントになっている。


「とてもお似合いです。アンリ様にお見せしたら、お喜びになると思いますよ」

「ありがとう、アンヌ!」


 それからハンカチや帽子、ブローチにヘアアクセサリー。それにすぐに着られる服の数々。

 どれも質、センス共に素晴らしく、オリック商会の品揃えとアンヌのセンスのよさに関心するのだった。


 なお、これらのことはただの遊びではない。数日後のある作戦の為の下準備でもあるのだった。

 ……とても楽しいひと時だったけれど。

 

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