25 手遅れ悪役令嬢、情報屋を呼ぶ3
――それは強い光だった。
開口部の大きな窓からはその光がよく見て取れる。
鮮やかな青空の中、昼の太陽光にも負けず、天に向かってまっすぐに伸びる強い光。おそらくその光の根元が王城――陛下のいる場所だ。
「なんだ!?」
フェオドールの驚愕する声が聞こえたが、私はそれを無視して窓に張り付く。
光はぐんぐんと真上に伸び、かなりの上空にたどり着くと、そこから傘状に無数の光となって地上に降り注ぐ。
緑の入り混じった光が、流星群のように流れていく。その光は地上に落ちるとキラキラと弾け、緑の反射光だけを残して消えていく。
「成功した……!」
緑の入り混じった光――エレナの瞳のような色。それは――
「お、おい?どういうことだ?あの光はなんなんだ?」
「今、陛下にかけられた呪いが解けたんです!」
私は感極まって、もうじわじわと消えていく光の名残しか見えない空を見上げた。安堵でじわり、と涙の膜が張ったが、まだ、その時ではない。ぐっと堪えて光の残滓を目に焼き付けるのだった。
「あの、今の光って、魔法……だよな? 秘術か……?」
「ええ、秘術です。ベクレイアの呪術は、元は我が国の魔法と根本は一緒だって、さっき言いましたよね? つまり、穢れ払いの魔法……それで呪いを解くことができるんです!」
魔法による汚染で土地や物が『穢れ』という状態になることがある。それを払うことができる秘術がある。
「その秘術は、最後の継承者が亡くなって久しく、今の王族には文献しか残っていません。適正を持つ人もほとんどいない聖魔法です。でも、使える人がたったひとり、いるんです」
私は愛しい友人の顔を思い浮かべた。
「エレナ・ヴァリエです。あの子は、正真正銘の聖女なんですから」
『恋情ラプソディア』は、ただの恋愛ゲームではない。聖女を目指すゲームでもあるのだ。
一年を通して友情、恋愛、そして聖女というパラメータを高めていく。その聖女パラメータを高めるためには、奇跡を起こさなければならないのだ。つまり、イベントだ。
奇跡を起こすイベントの中に、『穢れの森』と呼ばれる、かつての魔法実験に使われた森を、エレナ・ヴァリエは、秘術の文献で読んだだけの『穢れ払いの魔法』を使って清める、というのがある。それと今、同じことが成されたのだった。
そして『恋情ラプソディア2』にも、同じように2のヒロインが呪術による呪いを『穢れ払いの呪い』で清めてみせるシーンがある。
ゲーム中ではっきりと呪いと穢れが同じだとは言っていない。けれど根本が類似しているなら効き目があるかもしれない。私はそう思った。
……まさにその通りだったのだ。
「なにがなんなのかサッパリわからねえよ!」
「まあ、とにかくエレナのおかげで陛下の病は消えました。これだけで戦争回避……とまではならないでしょうが、多少有利になりますよ」
元々の国力はこちらの国の方が上だし。それに今のベクレイアには決定的な弱点がある。
ひとつ、問題が片付いた。私がしたのはたったひとつだけ。それが実を結んだ。
国王陛下が健康を取り戻したことで、跡継ぎ問題は一旦保留になる。陛下はまだ40代前半。譲位を考える年齢になるまで、まだしばらくあるだろう。
王妃もこれで一旦落ち着いてくれればいいんだけど……。
黒幕であろうカステレード公爵家のことも気になるが、そちらは私には今のところどうにもできない。
「……あとは、人を操ることのできる秘術の話です。その人は、自分が望まないその秘術を使うように強制されています。私はその人を、秘術から解放してあげたいんです」
「人を操る秘術……? それって!」
訝しげな顔をしていたフェオドールが真剣味を帯びた表情に変わる。
ゲームのシナリオを守ろうとする抑止力が、本当にあるのか、ないのかなんて、私に確認できない以上わからない。
ただ私以外の転生者の記憶と、秘術、そちらの方があり得たというだけの話。
私がかつて誤認したそれは、人為的に起こせる秘術であったという方が、この魔法が当たり前の世界では信じられ、受けいられやすいだろう。王妃にもカステレード公爵にも。
しかし、それは代償がいるという危険な秘術を使うように強制されている人がいる、ということでもある。
「以前、言いましたよね。フェオドールさんも、自分のしないようなことをさせられているって。その時のことを覚えている限り、詳しく教えてください」
フェオドールはソファに座り直し、思考するように顎を撫でる。
私もきちんと姿勢を正して向き直り、フェオドールが語るのを静かに待っていた。
* * *
「1番最初はもう2年近く前になるのか……。エレナが編入してすぐのことだった」
俺は同じクラスに編入してきたエレナが気になっていた。
滅多に見ないレベルの可憐な美少女なのもさることながら、特別に編入してくるほどの高い魔法力を持っていた。エレナの家はギリギリ貴族と揶揄されるほどに平民に近いのに関わらずだ。
俺は母が貴族の血筋だから魔法力を持って生まれたものの、さほど高いわけではない。この学園では中の下くらいだ。
だから興味本位で近寄り、中庭で彼女が昼食を食べようとした時にちょっかいをかけた。
ちょっかいをかけて自分を印象付け、そこから仲良くなるのはナンパをする時の常套手段だ。
ただ、いつも他の女の子にしているのと同じように、ほんのちょっとからかうつもりでエレナの昼食用の弁当を、自分の背の高さを生かして手の届かないところに持ち上げる。
返して、と弁当を取り返そうと手を伸ばしてピョンピョン跳ねるエレナが可愛らしかった。
そこで、すぐに弁当を返して仲直り。お詫びに飲み物でも奢ってお近付きに……、のつもりだったが、突如、体がそのまま勝手に動いたのだ。
ぶわり、と全身に膜が張ったような、体が自分のものじゃないような感覚がして、意思に反して勝手に走り出した。
地面を踏む足がふわふわとしてまるで夢を見ているような感じだった。
そしてエレナが走り出した俺を追いかけて走り、弁当を奪い返した勢いのままマティアス殿下にぶつかったのを見たところで俺の体は唐突に自由になった。
とんでもなく気持ち悪くなって冷や汗が出た。
これは只事ではないと思ったが、自分に起きたことが何なのか、よくわからなかった。
エレナがマティアス殿下にぶつかったことで殿下の護衛に怒鳴られていて、エレナがひどいお咎めを受けるかもしれないと思ったが、咄嗟に逃げちまった。
「逃げたんですか!エレナを置いて!?」
「う……悪かったと思ってるけど、俺は平民だしオリック商会のこともあるし、エレナは特別扱いだから大丈夫かなって……」
ごにょごにょと声が小さくなるフェオドール。
「エレナにも後で、ちゃんと謝ったんだって。でもそれが最初のきっかけであの二人は付き合うようになったらしいしさ」
勘弁してくれよ、と半泣き顔になるフェオドール。
「……なるほど」
今、フェオドールが話してくれた内容は、ゲーム内におけるマティアスルートの出会いイベントである。
……あからさまにマティアス殿下とエレナの出会いが仕組まれている。
仮にただの抑止力であれば、エレナはゲームの攻略対象相手であれば誰に恋に落ちてもおかしくない。この目の前のフェオドールだっていい。
やはり、シナリオを知っている人物が入れ知恵をして、大げさに演出した出会いを仕組んだのは間違いない。
……問題は実行犯の、秘術の術者である。
「あとは以前も言った、クリス嬢がエレナを影で虐めているのを見た、と嘘の証言をした時だな」
「……そこには誰がいましたか?」
「えっと……学園の理事長と教員のロバート先生、衛士何人かと、それからマティアス殿下だな」
「エレナはいなかったんですよね?」
「ああ、いなかった。いたら気まずいから、いなくてよかったけどさ」
「……あとひとり、いたはずです。思い出せますか?」
「あとひとり……? あ、ああ!」
――フェオドールはその人の名前を告げた。




