幕間 コレットとコロッケと
その日はどういうわけか朝から少しばかり忙しく、ようやく暇ができたのは昼過ぎのことだった。
どうやら下町の商店街からほど近くの広場に、旅芸人の一座が来ていたせいらしかった。
「へえー! 旅芸人ですか? 見てみたいですねえ」
私は今まで旅芸人の一座を見たことがない。前世で言うところのサーカスのような感じなのだろうか。歌や踊り、珍しい動物を連れているとは聞いたことがある。人混みは苦手なのだがちょっと興味が沸く。
しかしおかみさんはいい顔をしない。
「ああいうところはねえ、人が多いから喧嘩やらスリやらで、女の一人歩きは少し危ないんだよ」
「そうなんですか……」
「うちの人は人混みが嫌いだしねえ、あたしも旅芸人はちょっとばかし、おそろしくてね」
ぶるり、と体を震わせるおかみさん。
「え? 旅芸人って怖いものなんですか?」
旅芸人を見たことがない私にはよくわからない。怖い芸があるのだろうか?
その理由はおやじさんが、珍しくおかしそうに笑いながら教えてくれた。
「こいつはな、ガキの時分に、旅芸人に小便ちびるほどビビらされちまったことがあんだよ」
「あんた! そんなことクリスちゃんに言うんじゃないよ!」
赤くなりながらぷりぷりと怒るおかみさん。さりげなくおやじさんをど突くことは忘れない。おやじさんは可哀想に、肘打ちされた脇腹を押さえて蹲っている。
「でも、まあそう言うわけで今も苦手でねえ……すまないね、クリスちゃん」
「マルゴのところのチビも見たがってるんじゃねえか? おめえも一緒に連れてってもらえや」
「そうですね、そうしてみます!」
そして毎度のパンの差し入れを持ってパン屋を出た。
確かに今日は商店街にも人通りが多いようだった。歩く人もなんとなく浮き足立っている。
道すがらぽつり、ぽつりと屋台が出ていて、見たことのないようなお菓子を売っている。
「わあ、お祭りって感じだなあ! こういう雰囲気ってワクワクしちゃう」
そういった屋台からを冷やかしながらマルゴさんの店まで行くことにした。
飴菓子を売っている店、春巻きっぽい形だけどどうも中身が甘いらしい揚げ菓子、それから軽食のようなもの。どれも見ているだけで楽しい。その中で一際目を引いた屋台があった。
「コロッケだ!」
まさに今、揚げ油から引き上げられたばかりの小判形のコロッケは、ふつふつと音を立てている。黄金色にこんがりとしていていかにも美味しそうだ。
「お嬢さんどうだい? 揚げたてだよ」
お祭りの屋台にコロッケ、というのは前世の記憶で考えると少し珍しいかもしれない。けれど、よく学校帰りにお肉屋さんで揚げたてのコロッケを買ったなあ……と思い出す。
揚げたて熱々のコロッケを噛むと、外側の衣はさっくりとして、なのに中は熱々のホクホクで、火傷をするから気をつけようっていつも思うのに、ついつい我慢できずに齧りついてしまうのだ。
「それじゃあ、3つくださいな」
どうしても食べたくなって、せっかくなのでマルゴさん達へのお土産にすればいいと、早速購入したのである。
「こんにちは、マルゴさん」
店に入ると、マルゴさんは接客中だった。
お客さんの寸法を測りながらその場で服の手直しをしている。
マルゴさんの店は古着屋とはいいつつ、既製服のお直しもするし、小物や服を作って売ったりもしている。布関係何でも屋、と言った感じだろうか。
なんでも若い頃はお針子をしていたらしい。とはいえマルゴさんは推定30前後くらいだし、今でも若いと思うんだけど。
「クリスちゃん、ごめんなさいね。手が離せないから勝手に上がっていってちょうだいな」
手を止めずに縫いながら言うマルゴさん。匠の技である。
私は遠慮なく奥に上がることにした。
「コレットー! こんにちは!」
「クリスおねえちゃん!」
にっこりと天使の笑顔を見せてくれたコレットだったが、その笑顔はすぐに曇る。
「どうしたの?」
「おかあさん、おしごと……コレットおなかすいた」
むにゅ、と唇を尖らせているコレット。今日は随分と店の方が大変みたいだ。
台所を覗いてみたが、作りかけの材料がそのままだ。これだと戻ってからも時間がかかってしまうことだろう。
「うーん、パン持ってきたから、おねえちゃんと先に食べてようか?」
「うん!」
再び笑顔になる天使。随分とおなかが空いていたようだ。
差し入れ用に持ってきたパンがあるし、手元に先ほど買ったばかりでまだ温かいコロッケがある。
これはつまり――
「コロッケパンでしょ!」
持参のパン、今日は菓子パンにしなくてよかった!
ふんふんと鼻歌を歌いながらパンに切れ込みを入れ、買ってきたコロッケを挟み込む。
「はい、出来上がり!」
3分クッキングより早い!
こちらの世界には前世の世界にあったようなトンカツソースはないのだけど、コロッケパンはソースがなくてもそれなりに美味しいはずだ。
「コレット、さあ召し上がれ!」
コロッケパンをコレットに渡す。
「なにこれー?」
「コロッケパンだよ。がぶって噛み付いてごらん」
私の分も作ったので、大きな口を開けてコロッケパンに齧りついてみせる。
「がぶー」
可愛らしい擬音付きで齧りついたコレットが目を見開く。
「おいしい!」
うん、確かにとっても美味しかった。
パンはブレブレの特製だし、コロッケは揚げたて。ソースが無い分、下味がしっかりついているので、パンに挟んでも味が負けていない。
「そとのとこ、カリカリってしてる」
コレットは小さい愛らしい指で、コロッケの外側を指し示し、ニコニコしがらコロッケパンをパクついている。
「本当だね。うん、美味しくできたよ」
果たして料理と言っていいものか疑問ではあるけれど。
私もコレットもコロッケパンを食べ終わった頃、マルゴさんがようやく住居スペースに戻ってくる。
「なんとか終わったぁ……。はあ疲れたぁ……お腹空いた……。コレット、クリスちゃんもごめんなさいね」
だいぶお疲れのようだ。昼食も食べずに長いこと頑張っていたのだろう。
「コレット、例の用意を」
「うん!」
私が合図をすると、打ち合わせ通りに私が切れ込みを入れたパンにコレットがコロッケを挟み込む。
「おかあさん、はいどうぞ! コレットがつくったの」
少し冷めてしまったけれど、コロッケパンは冷めても美味しいのだ。
差し出されたコロッケパンをマルゴさんが受け取る。
「コロッケパンって言います。私達はもう食べたのでどうぞ。マルゴさんの分ですよ!」
「ありがとう……! コレットがもう私に食事を用意してくれるほど大きくなったのね……。感動だわ。クリスちゃんもありがとう」
食後、お茶を飲みながら、マルゴさんに旅芸人の一座を見てみたい、と頼むとこちらでも渋られてしまった。
「うーん、今からはやめておいた方がいいかもしれないわ。夜は大人向きの芸をするのよね……」
マルゴさんに耳打ちされた話だが、大人向きの芸、とはまあハッキリと言ってしまえば……エッチなもの、らしい。
「だから夕方近くになると、子供を帰らせるために、うんと怖がらせたりするのよね。コレットを連れて行けないわ」
なるほど、おかみさんが子供時代に怖がらせられたのはこれだったらしい。
「だからもしよければ、明日の午前中に行かない? 朝一番の忙しい時間が終わってから、昼までならクリスちゃんも大丈夫でしょ?」
「はい!」
そんな感じで次の日は旅芸人の一座を見に行ったのだけど、コレットはしばらくの間、旅芸人の一座=コロッケパンとインプットされてしまったようで、マルゴさんは旅芸人が来るたびにコロッケパンを強請られるようになったのだとか……。




