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お誘い

 次の日の夕方。

 誠は終業時間10分前に、一階にある現場を見に来ていた。

 製品の組み立てを行う作業場に石田が居るのを見つける。


「あれ、何で石田がここに居るんだ?」

「俺がミスしたから、計画していた分の材料がいま届いたんだ。だから上司に相談して、手伝っている」

「そういうことか」


 誠は返事をすると、その場を去って行った。

 10分ぐらいして、また戻ってくる。

 石田の横に立つと、スッと椅子に座った。


「あと、何個なんだ?」

「20個」


 石田は誠の方をみて答える。


「研修の時より、更に早く出来るとして、二人でやって2時間ぐらいか。さっさと終わらせようぜ」

 

 誠はそう言うと、図面を見ながら組み立てを始めた。

 終業のチャイムは既に鳴っているが、誠は一旦戻り、残業の許可を上司から得ていた。


「いいのかよ?」

「あぁ。最終確認をしなかった俺も悪い訳だし、手伝って当然だよ」


 石田は正面を向くと、「ありがとう」

 と、申し訳なさそうに、小さく御礼を言った。


「御礼なんていらないよ」


 それでも誠の心には、ちゃんと届いていた。

 1時間が経ち、誠の手が止まる。


「そろそろ休憩しようか?」

「いや、大丈夫だよ」


 石田も手を止め、そう答えた。


「焦ってもミスするだけだぜ?」

「――そうだな」


 二人はスッと立ち上がると、製造フロアの端にある休憩室へと向かった。

 休憩室の電気は消え、自動販売機の明かりだけが灯っている。


 シーン……と静まり返る中、自動販売機のモーター音だけが響いていた。

石田は自動販売機の前に立つと、飲み物を選び始める。


「誠、何にする?」

「え、自分で買うよ」

「いや、奢るよ」


 誠は握っていた100円をスッと財布に戻す。


「――分かった。じゃあコーヒー」

「これで良いか?」


 石田はそう言って、微糖の缶コーヒーを指差した。


「うん、それでいい」


 石田が指差した缶コーヒーのボタンを押すと、ガコッと取り出し口に製品が落ちてくる。

 それを拾い上げると、隣にいた誠の方を向き、手渡した。


「はいよ」

「ありがとう」


 続いて石田は、財布から100円を取り出し、誠と同じコーヒーを選ぶ。

 取り出し口から拾い上げると、プルタブを引き上げ、カコッと開けた。


 誠も缶を開けると、コーヒーをゴクッと一口飲み込み、腕を下ろす。


「本当の事を言うとさ。少し心細かったんだ」


 石田はコーヒーの蓋を開けたものの、口を付けずに話しだす。


「だろうな。一人でやる量じゃないよ」

「ありがとな」

「いいって」


 誠は照れ臭そうにそう返すと、ゴクッとコーヒーを口にした。


「心細いって聞いて、ふとあの時のことを思い出した」

「あの時?」


「大学の時、俺が困っていた時に、石田はパンを買ってきてくれただろ?」

「あぁ……あの時の事か。何となく覚えている」


「友達が少なく、人付き合いが苦手な俺は、あの時とても心細かったんだ。それでも頑張れたのは、お前の優しさのおかげだよ」


「それにあの時、必死になって人と話して、自分もやれば出来るんだなって気付いてから、人付き合いも少しマシになった」


「社会人になれば、嫌でも人と関わることが多くなる。いまの自分がいるのは、あの時があったからだ。本当に、助かっているよ。ありがとう」


 誠の真剣な顔をみて、石田は照れ臭そうに目を背ける。


「気にするなよ。そういえば、あの時の悩みは解決したのか?」

「あぁ、ほとんどな」

「そうか、良かった」


 誠は缶に口を付けると、ゴクゴクと全て飲み歩す。

 ごみ箱に捨てると、「そろそろ戻ろうか」


「そうだな」


 石田もコーヒーを飲み干すと、ゴミ箱に捨てた。


 二人は作業場に戻ると、黙々と作業を続ける。

 他に残業している社員はおらず、このフロアには誰も居ないので、シーンと静まり返っていた。

 

「なぁ、石田」


 休憩から30分が経過し、誠は基盤の半田を終えると、半田ごてをコテ台に戻し、石田に話しかけた。


「なに?」


 石田は+ドライバーで、カバーのネジを締めながら返事をする。


「お前がミスなんて珍しいな。そんなに忙しかったのか?」


 石田の手が止まる。

 何か考え事をしているのだろう。

 誠の方を見ることなく、そのまま固まっていた。

 しばらくして、ドライバーと半製品をソッと机に置く。


「正直に話すわ。俺、同じ課の楓さんが好きなんだ。楓さんは配属されてから、俺の教育係で、ずっと仕事を教えてくれていてさ」


「失敗しても責める所か、『大丈夫、大丈夫』って、笑顔で励ましてくれる優しい人で、そんな彼女に俺は、だんだん心が惹かれていって、いつかチャンスがあれば告白したいなぁ……なんて思っているんだ」


「俺が失敗したあの日、実は楓さんから誠のことを聞かれて、もしかして楓さんは誠の事が好きなんじゃないかと思ったら、イライラしてきちゃって、忘れてしまったんだ」

「ごめん、ただの八つ当たりだよな」


「そうだったのか」


 誠が返事をした時、二人の後ろからコツコツコツと、足音が聞こえてきた。

 製造フロアのドアの開閉の音に気付かず、すでに皆帰って、社内には誰も居ないと思っていた二人は、慌てて振り向く。


 足音の正体は楓であった。

 彼女は製造フロアの上にある間接部門フロアで、一人で残業をしていたのだった。


「楓さん……」


 石田はそう呟くと、席を立った。


「二人で何の話をしていたの?」

「――趣味の話ですよ」


 言葉を詰まらせている石田をみて、誠が答える。


「そう……石田君、今日の生産計画、終わっているからね」

「え? やってくれたんですか?」


「うん。あのミスは石田君だけの責任じゃないから」

「すみません」

「大丈夫、大丈夫。気にしないで」


 石田の言う通り、楓は優しい女性のようで、石田が謝ると、優しい笑顔でそう答えた。

 

「それじゃ、私は帰るね。あなた達は?」

「あと30分ぐらいしたら、帰ります」


「そう。じゃあ、お疲れ」

「お疲れ様です」


 二人が答えると、楓は背を向け、歩き始める。

 何かを思い出したのか、急に足を止め、誠達の方へと体を向けた。


「そうだ。二人とも今度の日曜日、空いてる?」

「俺は空いてますけど」


 石田が直ぐに答える。


「多分、大丈夫だと思います」

「じゃあ、川辺でお酒でも飲みながら、バーベキューでもしない?」


「別に構わないですけど、行き成り、どうしたんですか?」


 突然の誘いに疑問を抱いた誠が、質問をする。


「前々から、あなた達と遊んだら、楽しそうだなって思っていたのだけど、なかなか言い出せなくて。丁度いま、私達だけだし、誘ってみようかと思っただけ」


「二人とも大丈夫そうだから、決定ね。私が言いだしたから、私が仕切って準備するね。何か困ったときはお願いね」


「分かりました。楽しみにしています」


 石田が嬉しそうに笑顔で答える。


「うん」


 楓も嬉しそうな笑顔で返事をする。


「それじゃ、今度こそ帰るね」

「はい」


 二人は同時に返事をし、楓を見送った。

 バタンっと、製造フロアのドアが閉まる音が聞こえる。


「聞かれたかな?」


 石田は不安そうに眉をひそめ、部屋のドアを見つめながら、そう呟いた。


「聞こえていたようには、見えなかったけど」

「そうだよな?」


「あぁ。さて、仕事の方、さっさと片付けようぜ」

「そうだな。終わったら、飯食べて帰ろうぜ」

「おう」


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