ターン99 レース道とメイド道
ヴィオレッタ誘拐未遂事件の翌日。
俺は午後からのアルバイトに行く前に、自室でノートパソコンに向かっていた。
ラウネスネットで、調べものだ。
「……あった! 『デルタエクストリーム』! 本当に、TPC耐久参戦チームだったんだな。しかもクラス1で、年間ランキング3位……。強豪じゃないか」
アマチュアの最高峰にして、プロドライバーの登竜門「チューンド・プロダクション・カー耐久選手権」。
その公式サイトで、俺は過去のレース結果一覧をチェックしていたんだ。
ヌコ・ベッテンコートさんが経営する改造車ショップ「デルタエクストリーム」は、確かに参戦した実績があった。
クリス・マルムスティーン君が、語った通りだ。
こりゃあ、期待できるんじゃないか?
ここ数年は参戦していないみたいだけど、レースに復帰するつもりがあるんじゃないか?
だから国内スーパーカート王者である俺に、アプローチしてきたんじゃなかろうか?
もしヌコさんがクラス1で復帰するなら、俺は1~2年待ってもいい。
TPC耐久の最速クラスであるクラス1は、プロドライバーだって、数多く参戦している。
そこからGTフリークスにステップアップするっていうのが、お決まりの出世コースだ。
GTフリークスっていったら、国内最高の人気を誇るプロ中のプロのカテゴリーだからな。
TPC耐久参戦への準備でちょっとぐらい足踏みさせられることになっても、俺のキャリアには物凄くプラスになるはずだ。
うっし!
ヌコさんと共に、TPC耐久へと挑むぞ!
俺はノートパソコンをシャットダウンすると、椅子から元気よく立ち上がった。
そのまま意気揚々と、バイトへ出かけようとする。
ドアを開けて廊下に出たところで、ヴィオレッタと遭遇した。
我が家の天使はまだ寝ぼけナマコ……じゃなかった。
寝ぼけ眼だ。
「あ~。おはよ~お兄ちゃん~。う~。まだ眠いよ~」
「おそよう、ヴィオレッタ。体は大丈夫か? どこか、痛いところとかはないか?」
攫われかけたり、ナイフを突きつけられたりしたんだ。
ひと晩経って、どこか痛めていたところが明らかになったかもしれない。
「う~ん。なんか、拳が痛い」
「それは、殴り過ぎだよ」
あの車泥棒&誘拐未遂犯を、代わりに殴っておいてやるべきだったか?
でも俺のパンチだと、よほど上手く手加減しないと相手が死んじゃうからな。
「これからバイト? 私もお兄ちゃんのメイドさん姿、見に行きたいんだけど?」
「ヴィオレッタ……。俺はお前の前では、かっこいいお兄ちゃんでいたいんだ……」
「え~。かわいいお兄ちゃんでも、私は全然構わないのに」
俺が構うんだよ。
身長180cmで、細身とはいえ筋肉質なメイドなんて誰得だよ?
可愛いもんか。
ヴィオレッタも実物を見れば、ドン引きするに違いない。
「ほら。俺のバイト先に、来ている場合じゃないぞ? 母さんがお呼びだ」
廊下の奥から、シャーロット母さんが笑顔でおいでおいでしている。
かなり怒っている時の笑顔だ。
「……げ! 昨夜のことだ。絶対怒られる。お兄ちゃん、助けて」
「ごめん、無理」
俺と父さんは、ヴィオレッタのためならば世界中を敵に回す覚悟がある。
車泥棒だろうが犯罪組織だろうが、マリーノ国防軍だろうが上等。
ただし、母さんは無理だ。
昨日の晩、許可を取ってから出かけた俺と違い、ヴィオレッタは無断で夜間外出したらしい。
ハーフエルフの母さん、鬼族モード突入だ。
家の外では強気で、ややSっ気のあるところを見せるヴィオレッタ。
そんな彼女も、母さんには敵わない。
ちなみに昨日の誘拐未遂事件について、母さんには話した。
けれど、オズワルド父さんには何も言っていない。
父さんに知られると、拘留中の車泥棒どもを撲殺しに警察へと突撃しかねないからな。
しょぼーんとしながら母さんの方へと歩いていくヴィオレッタに背を向けて、俺はバイトへと出掛ける。
今まではメイドの恰好をすることが恥ずかしくて、バイトに向かうのは気が重かった。
だけど今日は、心も体も軽い。
俺は自転車でオートバイを何台も追い越して、「リンの森」へ駆けていった。
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「オーダー入りま~す♪」
おお!
俺の声、なかなか可愛らしくなってきたんじゃなかろうか?
まだザック先輩ほどじゃないけど、明らかに野郎という段階は突破しているはず。
軽やかにターンを決めながら、厨房へとオーダーを伝える。
今の俺は、完全にメイドウェイトレスモードだ。
「あら、ランちゃん。今日は元気ねえ」
あ、やっぱダメだ。
本格派男の娘メイドであるザック先輩の、足元にも及ばない。
男だと分かってても可愛いと思ってしまう、背徳的な笑顔だ。
「ザック先輩、分かります? 昨夜、いいことがあったんだ……のですわ」
「ふふふっ。張り切るのはいいけど、落ち着きがないのもメイドらしくないわよ? 心を中立に保ちなさい」
おおう。
精神の未熟さを、指摘されてしまった。
心を中立に――か――
いつもレース中に、心掛けていることじゃないか。
案外メイド道とレース道は、近しい存在なのかもしれないな。
「はいっ♪」
可愛らしく答えたつもりだったのに、ザック先輩は「あざとすぎる」と言いたげな顔をしていた。
メイド道は、奥が深いな――
「そうそう、ランちゃん。7番テーブル、あなたのお友達らしいわよ? 担当しなさいな」
「……げ!」
家でヴィオレッタが漏らしたのと、そっくりな声を上げてしまった。
やっぱ俺達、兄妹だな。
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7番テーブルにいたのは、確かに知り合いだった。
1人はドワーフ族の男。
種族柄、筋骨隆々な力士体型の男が多いというのにコイツときたら――
基礎学校を卒業してからも、相変わらずのひょろひょろボディ。
ドワーフらしさを主張しているのは、額の両端から生えた小さな角ぐらいのもんだ。
ただし細身でも馬鹿力だし、身長は190cmもある。
ジョージ・ドッケンハイムはクールを装いながらも、口元を押さえビクンビクンと痙攣していた。
「ランディ……その……なんと言っていいか……。とても、似合っていますよ」
奴は震える声でそう告げると、下を向いてしまった。
俺を見続けるのは、耐えられなかったみたいだ。
「笑い過ぎだろ? レース資金のためだったら、なんだってやってやるさ」
ジョージの向かい側に座って紅茶を飲んでいた人間族の女の子が、俺の発言を聞いて顔を向けてくる。
「あら。それではランディ様、ルイス家のメイドになりませんこと? お給金は、はずみますわよ?」
マリー・ルイス嬢は、にっこりと微笑んできた。
おや?
銀髪縦ロールの巻き数が少なくて、グレーの瞳にも光がないぞ?
よく見ると、目の下にはうっすらクマが。
お疲れみたいだな。
「前言撤回。ありがたいお誘いだけど、キンバリーさんの後輩になるのはゴメンだね」
返答に、マリーさんは少々残念そうな表情だ。
俺みたいなのをメイドとして置いといたら、ルイス家の評判は地に落ちるに違いない。
すでにキンバリーさんが、落としまくっているような気がしないでもないけど。
「ごめんなさい……。今年もワタクシが資金援助できれば、こんなところでアルバイトしなくても……」
「なに言っているのさ。マリーさんには『シルバードリル』での活動があって、資金的に大変だろう? ポールの奴、結構頑張っているらしいじゃないか」
「ええ。現在ポールは、国内ランキング3位につけています。タカサキエンジンに変えてから、ウチはタカサキの2軍チーム扱いをしてもらっていますの。ランディ様を取らなかったレイヴンワークスに、せいぜい後悔してもらいますわ」
そう言って暗黒微笑を浮かべるマリーさんには、なんともいえない凄みがあった。
「僕はそろそろカートじゃなく、ツーリングカーやGTカーを扱うチームに入って勉強したいんですけどね」
ジョージは大学へと進学せず、プロのメカニックとしてシルバードリルで働いている。
「ジョージ様にはまだ、『シルバードリル』にいてもらわないと困りますわ。ランディ様もジョージ様も、もう少しだけ待ってください。ワタクシが今抱えている仕事がひと段落すれば、また皆でレースができますわ。一緒にTPC耐久へと、殴り込みましょう」
「マリーさんの仕事……って、『シルバードリル』の監督業じゃないよね?」
「ええ。あちらはもう、ベッテルに任せておりますの」
ベッテルさんの本業とは、いったい?
執事さんじゃなかったのか?
傭兵、執事、レーシングチーム監督と、多才な人だよなぁ――
「そりゃあ早くマリーさんとレースできるようになりたいけどさ、あんまり無理しちゃダメだよ?」
「ふふふっ。またランディ様と一緒に走るためならば、ワタクシ多少の無理などなんともございませんの」
ジーンときた。
嬉しい――
嬉しいけど――
「ダメだ。君の体は、マシンとは違う。マシンは何度ぶっ壊れてもジョージが徹夜で直してくれるけど、人の体はそうはいかない」
俺はそう言ってマリーさんの手を握りしめながら、クマのできた瞳を覗き込む。
真剣な表情でだ。
心配している俺の気持ち、ちゃんと届いたのかな?
横でジョージが、
「マシンの修理も、そう簡単ではないのですよ」
なんて言っているけど、聞き流しておこう。
「わ……わかりました。わかりましたから……その……手を……。それに、そんな近くで見つめられると……」
「ちゃんと自分の体をいたわって、休んでくれるかい?」
頬を赤らめながら、コクリと頷くマリーさん。
素直で可愛い。
ニーサの奴も、これぐらい可愛げがあればなぁ――
「ランディ様……。他の人にはこんなこと、絶対にしてはいけませんわよ」
「あっ! そうだよね、気を付けるよ」
俺は、自分の恰好を思い出した。
メイド服じゃないか。
デカくて筋肉質のメイドが手を握ったり顔を近づけたりしたら、そりゃあ不気味で怖いだろう。
「マリー監督。たぶんランディは、分かっていませんよ?」
「ええ、ランディ様ですから。もう、諦めていますわ」
何やら2人は俺に呆れていたけど、詳しく話を聞いている暇はなくなった。
俺はザック先輩から呼ばれて、厨房へと向かう。
メイドらしい歩き方を、意識しながら。




