ターン92 ピーキーな乙女心
りすこさんの作品、「田中梅子(30)、悪役令嬢になります! ~読み専転生者の夢の乙女ゲーライフ」の第92部分https://book1.adouzi.eu.org/n1704fm/92/から強いインスピレーションを受けて書いたお話です。
何が言いたいかというと、ランディがこんな目にあってしまったのは、りすこさんとキンバリーさんのせいであり、作者は何も悪くない。
「貧すれば鈍する」とは、よく言ったもんだ。
この格言は地球だけではなく、異世界ラウネスにも存在している。
俺は、レース資金の調達に困っていた。
なんせまだ、学生の身分だ。
基礎学校10年生――高等部に上がった俺は、アルバイトができるようになった。
だけど本業は、あくまで学生。
バイトで稼ぐにしても、あまり時間をつぎ込めるわけじゃない。
給料も、そんなに良くないしね。
短い時間で、効率的に稼げるバイトがしたかった。
だから、飛びついた。
話を聞いてはいけないあの人からの紹介だったのに、そのバイトに食いついてしまったんだ。
明らかに俺は、鈍していた。
今になって、後悔が胸に押し寄せる。
思いとどまっていれば、あんなことには――
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■□3人称視点■□
樹神歴2633年、7月。
メターリカ市の中心部、サンドマン町。
ここには多くの人々、様々な種族が行き交うショッピングモールがあった。
大きな三日月状の建物内に、様々な店舗が入っている。
それが広場をぐるりと取り囲む構造が、このショッピングモールの特徴だ。
ショッピングモール内の広場では、2人の少女が待ち合わせをしていた。
ひとりは、ウェーブのかかった黒髪の少女。
年齢的には、間違いなく少女である。
だが妖しく整った顔と豊満な肢体は、そこいらの大人の女性では敵わないほどの色香を漂わせていた。
道行く男達は思わず振り返り、二度見、三度見しながら通り過ぎていく。
彼女はそんな男性達のギラついた視線を、涼しく受け流す。
ミニスカートの腰の辺りから飛び出た、先端がハート型の黒い尻尾。
淫魔族の証であるそれをフリフリしつつ、妖艶な笑みを返していた。
もう1人の少女は、背が高い。
女優かモデルのように、明るく強烈な存在感を放っていた。
日差しを受けて輝く長いプラチナブロンドの髪は、腰の辺りでひとまとめに括られている。
彼女もまた、尻尾が生えていた。
髪と同色の鱗に包まれた、長い尻尾だ。
活力あふれる美しい顔には、蒼玉のような双眸が輝く。
彼女はさながら、歩く財宝といったところか。
ジーンズに包まれた、長い足。
タンクトップとその上に羽織ったシャツの隙間から覗く、白い素肌。
これまた男性陣が、眩しそうに見つめながら通り過ぎて行った。
「久しぶりね、ニーサ」
「ええ。元気にしていた? アンジェラ」
淫魔族のアンジェラ・アモットと、竜人族のニーサ・シルヴィア。
ベーシックスクール初等部から、2人は仲の良い友人同士だ。
中等部の3年間、ニーサはハトブレイク国へと留学してしまっていた。
なので2人は、その間まったく会うことができなかったのだ。
今年ニーサはマリーノ国へ帰国したものの、今度はアンジェラがこのメターリカ市へと引っ越してしまう。
実家がガッデス市にあるニーサとは、なかなか一緒に遊べない日々が続いていた。
今日は久しぶりに、2人でお出かけである。
運転免許を取ったニーサが、メターリカ市まで車で気軽に来れるようになったおかげだ。
ショッピングモール内を歩きながら、少女達は楽しげに近況を話す。
「ニーサの噂は、聞いているわよ~。こっちに帰ってきてからも、大活躍らしいわね」
「まあ、ワークスドライバーだからね。活躍できないと、すぐクビになっちゃうの」
自分の首を、手刀で切るジェスチャーをしてみせるニーサ。
しかしその表情に深刻さは感じられず、16歳の少女らしい屈託のない笑みを浮かべていた。
「ワークスドライバーって、自動車メーカーのお抱えレーサーのことよね? 凄いわ~。ウチの学校にも、ワークスドライバーになりたがっている男の子がいるのよ。だけど、なかなか難しいみたいね」
「ふぅん、そうなの。男の子は特に、レーサーになりたいって子が多いからね。その子に伝えて。『レイヴンワークスのニーサ・シルヴィアが、応援してた』ってね」
「ふふっ……。ニーサのおかげで、その子に話しかける理由ができたわ。彼、とっても美味しそうな子なのよね」
ふっくらとした唇を、舌舐めずりして湿らせるアンジェラ。
その様子を見たニーサは、笑顔をキープしつつもちょっとだけ眉間に皺を寄せた。
欲望に忠実な友人に、呆れているようだ。
「相変わらずね、アンジェラ。また、男の子を食い散らかしているの?」
「愛に生きるのは、私達淫魔族の本能よ。ニーサ。あなたもせっかく可愛いんだから、恋でもしたら?」
「私は……。別に恋なんて、しなくていいよ。男の人と話す時は、なんだか変な口調になっちゃうし……。それに……」
ニーサはその先を言いよどみ、よく晴れた7月の空に切なげな視線を向けた。
「夢に出てくるっていう、黒髪の君?」
「……うん。彼みたいな人に出会ったら、愛せるのかもしれないけど……。それまでは、恋なんてしない」
「ニーサってば、ロマンチストなんだから」
あなたはそれでいいのよとばかりに、アンジェラはニーサに向かって優しく微笑む。
「でも男の子と話すと変な口調になる癖は、なんとか克服したいと思っているの。それが原因で、男の人からは嫌われちゃうことが多いし……」
「男勝りというか……。どっかの王族か、皇帝陛下みたいな喋り方だものね。……そうだわ。男の子が苦手なニーサが慣れるために、ちょうどいいお店があるの」
アンジェラはポンと拳で手の平を叩き、自らの名案に瞳を輝かせた。
「男の人が多いお店とかは、嫌だよ」
「いいからいいから。きっと、大丈夫よ」
尻込みする親友の背中を押しながら、アンジェラは強引にニーサを目的のお店へと拉致するのだった。
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「ここよ、ニーサ。こないだ、雑誌に載ってたの」
「え? でもアンジェラ……。ここって……」
アンティーク調のドアを開け、2人が入った空間。
そこには高級そうなテーブルと椅子、絨毯が設置され、シャンデリアに照らされていた。
地球で例えるならば、ヨーロッパ風の邸宅。
それも貴族か富豪でも住んでいそうな、豪邸の一室に見えるが――
「おかえりなさいませ、お嬢様」
2人を出迎えたのは、茶髪のポニーテールが印象的なメイド。
種族は人間族だ。
つぶらな瞳と、愛らしい顔立ち。
同性のニーサから見ても、かなり魅力的な女の子に思えた。
「どう? ニーサ?」
「どうってアンジェラ……。ここはいわゆる、メイドカフェってやつ? どうしてここが、男の子に慣れるのにちょうどいいの?」
「うふふふ……。この『リンの森』にいるメイドさん達はね、全員男の子なのよ」
「ええっ!?」
ニーサは目を見開き、出迎えてくれたメイドの全身をあらためて眺め回す。
たしかに、声こそ低めのハスキーボイスだが――
どこをどう見ても、女の子にしか見えない。
「本当に、男の子?」
「本当に、男の娘よ」
アンジェラの返答にも、いまだ半信半疑のニーサ。
彼女は狐につままれたような表情のまま、男の娘メイドに案内されテーブルについた。
「ニーサの家も、こんな感じだったわよね?」
「ここまで豪華なインテリアじゃないよ。メイドさんも、いないしね」
「でも、通いの家政婦さんはいたでしょう? この、お金持ちお嬢さんめ~」
「私が稼いだわけじゃないから、自慢にならないよ。それにお父様は商売で儲けていても、趣味の車やレースに散財する人だからね。シルヴィア家はいつか、没落するかも」
「あの個性的なお母さんが手綱を握っている限り、大丈夫なんじゃない?」
2人が笑い合っていると、店員さんが注文を取りにくる。
もちろん、メイドさんだ。
紅茶とセットになっているランチ。
それをニーサが、アンジェラの分も一緒に注文。
すると男の娘メイドはしずしずと、厨房へ向かった。
「ふ~ん。やっぱり、平気みたいね」
「あっ、本当だ」
ニーサはちょっと、驚いた。
注文の際、いつもの王様か皇帝陛下のような口調が出なかったのだ。
どうやら男の娘は、対象外らしい。
「このままこのお店に通い続けたら、そのうち普通の男の子にも慣れるんじゃない?」
「え~っ。そこまでして、慣れなくていいよ」
2人で他愛のない会話をしているうちに、紅茶とランチがティーカートに乗せられてやってくる。
運んできたのは、ブロンドヘアのメイド。
かなり背が高く、180cmぐらいあった。
長袖、ロングスカートのメイド服が、異様なほど似合っている。
だが先程のポニーテールメイドに比べると、動きが少々ぎこちない。
アンジェラが長身メイドの胸元を見ると、名札には「研修中」と書かれていた。
料理を出すその手際は良いのだが、いかんせん全身から緊張が滲み出ている。
顔も仏頂面で、愛想がない。
せっかく、綺麗に整った顔立ちだというのに――
「あら? あなた、どこかで会ったことがあるような……?」
そんなアンジェラの一声に、長身ブロンドメイドはビクリと体を震わせる。
彼女――いや。
彼は覗き込むアンジェラの視線から、顔を隠すように背けた。
店員としては、失礼極まりない接客態度だ。
だがアンジェラが感じたのは、怒りではなく疑念。
やはり、自分の知っている人物なのではないかと。
一方のニーサは、怒りの表情を浮かべていた。
接客態度に対しての怒りではない。
ただ怒りの対象は、やはり長身ブロンドメイドで――
「パラダイスシティGPの予選1番手が、こんなところで何をやっているのだ? ランドール・クロウリィ!」
ニーサの言葉にアンジェラは驚き、目を見開く。
同時に鼻を、ヒクつかせた。
「本当だ! 香水で誤魔化しているけど、この匂いはランディ君!」
――匂いで分かるものなのか?
ニーサはそう思ったが、今は突っ込む気にもなれない。
ランディ(?)は俯いたまま、無言を貫いている。
気まずい沈黙が、店内を支配していた。
そんな時だ。
来客を告げるベルの音と共に、沈黙を破る天使が降臨する。
唐突に開かれた店のドアから、ズカズカと乱入してきたのは――
「ランディ君! ここでバイトしとるって、キンバリーさんから聞いてきたで!」
可愛らしい天翼族女性の乱入に、長身ブロンドメイドは表情を絶望で染めた。




