ターン91 シートの行方は……
樹神暦2033年、1月。
俺はとっくに、マリーノ国へと帰国済み。
忘れたくても忘れられないパラダイスシティGPでの大事故から、早くも1カ月が過ぎようとしていた。
いま俺がいる場所は、地元メイデンスピードウェイにあるドライバーズサロン。
ドライバーやレーシングチームの関係者らが集まる休憩所で、レストランもある。
ここのドライバーズサロンはかなり独特で、お洒落な雰囲気なんだ。
まるで山間にあるロッジのような装いで、サーキット内の施設だとは思えない。
木目調のテーブルと椅子。
壁は丸太を組んで作られている。
それらが作り出す温かい色合いの空間が、狂気じみたスピードの中で荒んでしまったドライバー達の心を癒す。
――今の俺には、全然癒しが足りてないけどね!
1ケ月前の事故の件じゃないよ?
もっと癒しが欲しくなるような話を、目の前のオッサンから聞かされている最中だ。
テーブルを挟んで俺の正面に座っているのは、頭上にウサ耳が生えた獣人族のオッサン。
レイヴン自動車チーム、「ドリームファンタジア」の監督であるディータ・シャムシエル監督だ。
俺達が座っていたのは、サロンの隅っこにある席。
あまり他人に聞かれてはいけない話だったから、こんな目立たない場所を選んでいる。
「……え? なかったことにって……? どういうことなんですか?」
俺は叫びだしたくなる気持ちを、グッと抑え込んだ。
なるべく冷静に、穏やかにと心掛けながら、ディータ監督に訊ねる。
それでも胸に秘めた俺の怒りが伝わってしまったのか、ディータ監督はテーブルに額を擦りつけながら謝罪してきた。
「すまん! 俺の力では、もうどうすることもできん! オファーの話は、無しだ! ……ランディ。お前は今年、『ドリームファンタジア』のドライバーにはなれん」
マジかよ――
何がいけなかった?
「……パラダイスシティでの、あのクラッシュが原因ですか?」
確かに課せられた条件の中に、
『パラダイスシティGPで、そこそこの活躍を』
というのがあった。
だけど予選ではコース最速記録を出して予選1番手だったし、決勝での事故も俺のミスじゃない。
国内選手権で年間ランキング3位という条件の方なんて、軽くクリアしての王座獲得だ。
これでもまだ、レイヴン上層部にとっては実績が足りなかったとでもいうのか?
「それも、ないわけじゃないが……。俺はお前が国内最高……いや。同世代の中では、世界最高のドライバーだと思っている。思っては、いるんだがな……。その……。上層部はもっと、話題性のあるドライバーを乗せたがっていてな……」
どうにも歯切れが悪いディータ監督。
長い頭上のウサ耳も、落ち着きなく揺れている。
いつもはその耳の動きをちょっと可愛いなとか思っていたけど、今日は苛立つ要因だな。
「それで? 俺の代わりに、誰を乗せるんですか?」
ディータ監督は少し迷っていたけど、覚悟を決めた様子で重い口を開いた。
「ニーサ・シルヴィアだ」
その名を聞いた瞬間、心にさざ波が立つ。
あの時も、そうだった。
パラダイスシティでの大クラッシュ後、ピットに戻ってからの話だ。
参加者リストで彼女のファーストネームを確認した瞬間、心臓が大きく脈打つのを感じた。
シルヴィアっていう名前と紛らわしい姓を聞いた時は、なんとも思わなかったのに――
「へえ……。彼女、マリーノ国に来るんですか……」
「ああ。シルヴィアは元々、マリーノ国人だ。ハトブレイク国には、留学していたに過ぎん」
そうか、こっちで戦えるのか。
面白いじゃないか。
いちど、勝負してみたいと思っていたんだ。
俺からシートを奪った借りは、キッチリお返ししとかないとね。
はあ~。
それにしても、ガックリきたな。
やっぱり世の中、そんなに甘くはないね。
もう1年、「シルバードリル」でお世話になるとしますか。
――なんて楽観的に考えながら、ディータ監督とは別れたんだけど――
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マリーさんに「今年も乗せて」とお願いするべく、俺は「シルバードリル」の工場を訪れた。
今日はマリー・ルイス監督だけじゃなく、ポール・トゥーヴィーも来ている。
俺がディータ監督との話を打ち明けた途端、この小鬼族は騒ぎ立てた。
「え? ランディさん来年ワークス入りって話、破談になっちゃったんスか? なんで? どうして? 理解できないっス! 去年、あれだけ活躍したじゃないっスか!」
ちょっと騒がし過ぎるきらいもあるけど、俺を切り捨てたレイヴンワークスに対して真剣に怒ってくれるのは嬉しい。
「去年の国内王者であるランディ様を差し置いて、海外のランキング4位を乗せるだなんて……。パラダイスシティGP勝者の肩書は、それほどのものなのでしょうか?」
マリー・ルイス嬢も、納得がいかないといった表情だ。
そりゃ、そうだろう。
俺もちょっと、納得がいかない。
「いいさ。今年ニーサ・シルヴィアとは直接対決して、どちらが上だったかレイヴン上層部にハッキリ見せてやろう。……というわけで、マリーさん。今年も、お世話になりたいんだけど……」
という申し出に、マリーさんの肩がピクリと震える。
……え?
この反応は、まさか……?
「ランディ様……。その……。申し訳ありません! 今年のドライバーは、もう決まってしまっているのですわ」
頭の縦ロールを揺らしながら、マリーさんは勢いよく頭を下げてきた。
ああ、やっぱり――
「1人は、引き続きポール。もう1人は父の仕事関係者の息子さんで、『スポンサーを持ち込むから、乗せて欲しい』とおっしゃる方が……」
むう――
メインスポンサーである、マリーさんのお父さんのコネか――
それは、断るわけにはいかないよね。
「いやいや、気にしないでくれよ。元々俺が、出ていくって言ってたんだ。それを今さら『今年も乗せてくれ』だなんて、図々しいお願いをしてる自覚はあるよ」
マリーさんが気にしないよう、俺は軽い口調で答えながら手をヒラヒラと振った。
正直、ちょっと残念だ。
俺はこのチームが、好きだったから。
「『気にしないでくれよ』って言いながら、なんで工場の隅にある俺っちのマシンをチラチラと見ているんスか? いくらランディさんでも、あげないっスよ」
あらら――
ちょっと欲望が、漏れ出してたみたい。
本気でポールのシートを奪おうだなんて、考えてないよ?
本当だよ?
だからポール、そんなに怯えるなよ。
「心配するなって。取ったりしないから。……それでマリーさん。君のことだから、もう情報を得ていたりするんだろう? ライバルチーム達のドライバーラインナップについてさ。まだシートが空いているチームの情報を、少しだけ教えてくれないかな?」
ルイス家には、情報収集を得意とするメイド諜報部隊なるものが存在するらしい。
キンバリーさんは、そこのエースだとか。
なぜメイドと諜報員を、兼任しているのかは謎だけど。
そんなメイドさん達の活躍で、マリーさんの情報収集力は凄まじいものがある。
きっとマリーさんなら、ドライバーを募集しているチームの情報も得ているはずだ。
敵に回る俺に、教えてくれるかどうかが問題だけど。
「1チームもありません」
眉をハの字に曲げ、困った表情でマリーさんは答えた。
「……はい?」
「ランディ様がレイヴン自動車メーカーチームに行くという噂は、早い段階から流れていました。なので有力チームは早々とランディ様の獲得を諦め、手頃なドライバーを乗せると決めてしまったのです」
「そうか……。ならば有力チームじゃなくて、下位の個人参加チームでも……」
「ダメです。今年は異様なほど、ドライバーラインナップの決定が早かったのです。フル参戦する全20チーム、40台。空いているシートは、ひとつもありません」
なんてこった――
やっとレースに戻ってこれたと思ったのに、またこのパターンか?
「前年度の王者がシート喪失なんて、珍しい話っスねえ……」
しみじみと呟くポール。
「あ~。俺、今年も……」
「「浪人っスね(ですわ)」」
2人の返答に、俺はガックリと肩を落とした。
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場面は変わって、ここは俺ん家のリビングルーム。
夕食を取った後、ひと時の団欒中。
父さん、母さん、ヴィオレッタと、家族全員が集合している。
「……というわけで俺は、今年もまたスーパーカートには乗れません」
テーブルに肘をついた少々行儀の悪い姿勢で、俺は家族に報告した。
「みんなガッカリするだろうな」という、予想をしていたんだけどね――
クロウリィ家の面々の反応は、予想の斜め上をいくものだった。
炸裂したのは、怒りだ。
俺がちょっと引くぐらい、みんな激オコだった。
「なんだそりゃ!? 自動車メーカーチームだからって、調子に乗りやがって!」
「今更じゃない! もう少し早く言ってくれたらシルバードリルに残留したり、他のチームに滑り込めたかもしれないのに!」
「ディータさんのウサ耳、引きちぎっちゃおうかしら?」
声を荒らげることもなく、残虐なことを言い放ったヴィオレッタの怒りが1番怖い!
「一緒に怒ってくれるのは、嬉しいけどさ……。怒っても、どうにもならないんだ」
俺のひと言で、3人は深く溜息をつく。
それと同時に、怒りの矛先を収めてくれたようだ。
「……だけどよ、ランディ。この状況は、チャンスかもしれねえぞ?」
「そうね。4月からあなたは、基礎学校10年生。高等部だから、自動車の運転免許が取れるわ」
このマリーノ国では16歳になる年――つまりは高等部になってすぐから、運転免許を取得できる。
そして、自動車の運転免許を取れば――
「4輪競技者ライセンスを取得して、ハコ車のレースにステップアップしろってこと?」
カートは自動車の運転免許なしで乗れるけど、市販の自動車をベースにした「ツーリングカー」や「GTカー」みたいなハコ車は別だ。
運転免許を取得後、4輪競技者のライセンスを取得しないといけない。
カートを卒業?
考えてなかったな。
地球ではフォーミュラカーにしか乗っていなかったせいか、ハコ車に乗っている自分というものをいまいちイメージできない。
そりゃいつかは乗らなきゃと思っていたけど、まだまだ先のことだと思っていたから。
それに、乗せてくれるチームがあるのか全然わからない。
チューンド・プロダクション・カー耐久選手権とかメジャーなカテゴリーでない限り、ステップアップどころかステップダウンになる可能性だってある。
なのに父さんと母さんは互いに顔を見合わせるとニッコリ微笑み、勝手に決定を下した。
「決まりね」
「ああ。4月になったらすぐ、自動車教習所に通って免許を取れ」
こうして俺は、春から自動車教習所に通うことになった。
ξξ*'ヮ')ξξ<ワタクシ、マリー・ルイスですのよ。
3章まで読んで下さって、ありがとうございますの。
くっ、3章ではカートの世界一にはなれませんでしたわ。
この借りは、4章で返してみせますのよ。
ところで読者の皆様、評価やブックマークしていただけませんこと?
やり方は簡単ですわ。
画面上に出ている黄色いボタンからブックマーク登録。
この下にある★★★★★マークのフォームから、評価の送信ができますの。
皆様からの評価やブックマークが増えた分だけ、ランディ様への出資額を増やしやすくなりますの。ぜひ、お願いしますわ。
ξξ*'ヮ')ξξ<おーっほっほっほっほっ!




